Q&A’01(「ガイア・アセンション」シリーズ)

 

頂いたメールへの応答の中から、共通の関心事と思われるものを抜粋して掲載しています。

原文のまま掲載していますが、固有名詞はアルファベットなどに置き換えてあります。

また、冒頭・末尾の挨拶やテーマに直接関係ない部分は省略してあります。

 

【目次】

(01/09) アセンション・プロセスの心身への影響

(01/09) 「死」というものの本質

(01/09) アセンションの方法論

(01/09) 求道組織のあり方に違和感

(01/09) アセンションへの肉体の変容(DNAとチャクラ)

(01/09) アセンションが早く来てほしい[2](関連Q&A

(01/09) アセンションが早く来てほしい

(01/09) 「選択の機会」

(01/09) アセンション情報はどこから

(01/09) アセンションと家族の離散

 

 

(01/09)アセンション・プロセスの心身への影響

 

Q4年前に、それまでものすごいパジテイブでいた私が突然躁鬱病にかかってしまい苦しみました。

かれこれ一年以上もご無沙汰していたのですが、例のテロ事件をテレビで見て以来、またまた鬱に悩まされています。ほかにも友人であの日以来、病気になった人もいます。

これも一瞬の気の緩みから起きた事なのかと考えたりもします。

ところで地球の波動レベルの変化と最近のうつ病の多さとはなにか関係あるとお考えでしょうか。


(A) アセンションのプロセスは、心身に少なからぬ影響を与えることは事実です。

しかしこれとは別の、その人に固有の原因があるケースが圧倒的に多いので、まずはそれを点検することをお勧めします。

 

特定の心の状態が、独立的に起こることはあり得ないことで、ほとんどは、肉体の健康状態、人間関係そして経済状態などに由来しています。

それを精査することが先決ではないでしょうか。

そして、何か思い当たることがあったら、逃げないで、正面からそれに取り組むことが要諦です。

多くの場合、思いや行動(必要なときに行動しないことも含めて)の修正が必要になるでしょう。

一般論で解決できることはほとんどないし、また一般論の中に(逃げ込み)安住して、状態を放置するのは良いことではありません。

 

アセンションについて言えば、その過程では、細胞の隅々まで体が再構成され、少しずつ生物学的に変容していくので、それに伴なって様々な症候が現れてきます。

これには個人差がありますが、人によっては、心の状態にまで影響することもあるでしょう。

最も多いのは、疲れです。「慢性疲労症候群」として認識されているものの多くは、アセンションのプロセスそのものです。

また、むしょうに眠くなることもあります。

敏感な人は、痛みを感じることもあります。

いずれも、過渡的な現象と考えてください。

これは、アセンションを意図していない人にも、多かれ少なかれ起こります。

 

このような症候は、医学的には「原因不明」として処理されることが一般的で、医学的に「治療」しようとすることは、意味のあることではありません。

別の手段、例えば毎日の散歩や入浴、ヨガやその他の軽い運動、ハーブやアロマテラピーなどを試みるといいでしょう。

食事は、なるべく生きたもの、または生に近い鮮度のいいものを食べるようにすることです。

さらに、コレステロール、動物性タンパク質そして塩を、からだの要求に応じて十分に摂ることも、肉体の変容のために必要なことです。

78時間以上の睡眠はムダで有害という「俗説」は気にしないで、9時間から12時間の睡眠も有益だと考えてください。

また、「気(生命エネルギー)」をとられる(盗られる)状況から離別することも必要です。

 

以上について、本シリーズの下記を参照してください。

[地球人の覚醒]「アセンション(4」《からだの浄化》

[同]「アセンション(5」《アセンションにおけるグループ・組織・団体の識別》

[同]「アセンション(6」《ビジネスとアセンション》

[同]「アセンション(8」《アセンションへのヒント》

[時代の分水嶺]「地球の魂が語る これからの地球」《これまでの思考様式を変える必要があります》

[アセンション・オンゴーイング]「旅立ちの時」《自分の「環境」を創る》

 

なお、ご質問に関連すると思いますが、心の持ち方として重要なことがひとつあります。

社会の中で、これまでは、他者の痛みに思いを寄せることが立派なこととされ、その人の痛みや怒りや恐れを、無警戒に心に取り込んできたと思います。

アセンションでは、自分に固有の表現や感情だけに責任を持つようにする必要があります。

自分が責任を取れないことを、むやみに抱え込まないようにすることです(これに関連して、「Q&A'0101/09):このページです」《「死」というものの本質》を参照してください) 。

自分のものでないものはどんどん放出し、新たに取り込むことがないようにすれば、アセンションのプロセスは、はるかに簡単になりスピードも上がるでしょう。

いつも言っていることですが、個人としてアセンションを達成することが、いま人類と宇宙への最大の貢献です。

これを、決して忘れないようにしましょう。

 

(01/09)「死」というものの本質

 

Q「神との対話」を読むことを勧められていますね。私もこの本は読みましたが、共感する部分も多々あり、その内容については信頼できるような気がしています。
小松様もその本に書いてある内容を信用されているから勧められているのですよね? どの程度信頼されているのでしょうか?
というのも、私には理解できない部分があったからです。

それは「ナチスによるユダヤ人の迫害において、犠牲者というのは存在しない」という部分です。これに限らずに、我々の周りで起きている悲惨な事件等についても、犠牲者はいないということが書かれています。
悲惨な事件や事故等に遭遇して、自分の意志に反して苦しみながら死んでいった人たちは、明らかに犠牲者であるように私には思えるのですが。今回のテロ事件でも、苦しみながら死んでいった人たちも犠牲者ではないのでしょうか?
犠牲者がいないということは何を意味しているのでしょう? 

これらのことに関して小松様のお考えをお聞きできたら幸いです。


(A)ご質問の件を含めて、『神との対話』の内容を信頼しています。

ご質問の文面自体に、すでに仮定(死についての、この世的な定義[先入観])が含まれているようですね。「自分の意志に反して」死んでいったという部分です。
人間は肉体と自我だけの存在だとすれば、そういう説明になるでしょうが、実際は「魂」が私たちの本体で、よく言われるように肉体は仮の姿、言わば着物です(といっても、電車の中で他人の着物を切り刻む行為が認められないように、戦争や殺人が正当化されるわけではありません)。

魂のレベルでは「意志に反して」死ぬことはなく、すべての死は魂の選択です。そのことは本人しかわからないので、周りの者は、別の判断をするわけです。

これの傍証として、死後の世界、いわゆる霊界などからの通信があります。ご存知のように、書物になっているだけでも膨大な数があります。

その中には、厳密な検証が添えられているものもあります。例えば、通信の媒介者が絶対に知っているはずのない遠い国や古い時代の事象(出来事)が伝えられており、その正確性を、事後的に調査班が立証したケースです。

また、内容において、この世界でこれまで語られたことのない、高遠な思想や知見を含むものもあります。
それらの中で、「死者」が死んだことを嘆き悲しんでいる事例を見つけることは、不可能と言っていいでしょう。残された者がどういう判断をしようとも、魂にとっては、死は解放であり救済なのです。

一方、死が魂の選択であるというのは、「この世に偶然は無い」という真理の一面です。

当事者の思いが、事故などの現実を引き寄せることはよくあります。

一般的には、カルマ的な因果関係が絡んでいることが多いようです。例えば、ある事件の被害者は、その人の過去生(ちなみに、『神との対話』の著者ニール・ドナルド・ウォルシュは、過去に647回生きており、この間、ありとあらゆることを経験したとのことです。王、女王、農奴。教師、生徒。男性、女性。戦士、平和主義者。英雄、臆病者。殺人者、救済者。賢者、愚者などなど)のどこかで、同種の出来事の加害者だったというケースです。

この場合でも、このカルマの精算のために、この機会を「生かした」わけで、決して「被害に遭った」わけではないのです。

 

Q魂が人間の本体だということは私も信じています。

“魂のレベルでは「意志に反して」死ぬことはなく、すべて の死は魂の選択です。”と言われていますが、それも理解できます。
また、“全ての出来事に偶然は無い”ということも信じられます。
ということは、魂は死を選択したのだが、自我はそれを意識してはいないということでしょうか?
と言うのも、例えば今度のテロによって飛行機の衝突によって即死した人々は、自分がこれから死ぬことを意識して了解していたとは思えないからなのです。
また、私はまだ死にたいとは思っていませんが、そう思っている間は死ぬことはないということでしょうか?
「神との対話」に、“この世に生まれる前に、悲惨な目に遭うことを承知して生まれてくる”ということが書かれていましたが、この世にいる間はその事を忘れているだけということなのでしょうか?

 

A魂の選択を、自我(顕在意識)が気づかないということは、少なからずあります。
魂が死を選択していないなら、そもそも危険な場所に近づかないのです。
例えば、突然腹痛を起こして会社を休むとか、もたもたしているうちに予定の便に乗り遅れたりするわけです。

逆に、自我が望んでいないことを魂が選択することもあるわけです。

したがって、顕在意識が望んでいないことは現実化しない、というものではありません。
魂の選択は、自我よりも、広く大きい視点から行っています。

しかし、アセンションのプロセスで、魂と自我とが少しずつ「統合」され、「思い」の実現が容易になり、そして早くなっていきます。

この場合もちろん、「思い」の内容がバランスの取れたものでなければなりませんが。
「統合」と表裏の関係で、「カルマの浄化」も進行します。

一方、今生での魂の目的、つまり「転生前の約束」を思い出せないというのは、ごく普通のことです。

その方が、この世での学習(多様な人生経験)には好都合ということもあります。
しかし、多くの場合、その人の傾向として、少しずつ「約束」に収束していくことが多いようです。

 

(01/09)アセンションの方法論

 

Q肝心なのは、心のあり方というのは、よくわかります。
それで、日々自分の心を点検することで、アセンションの波に乗れるのか、しかしながら、そこに皆さんも疑問点が集中するのではないかと思うのですが、-----私もそれは余程、過去に徳を積んでいないと難しいのではないか、また今世における家庭や社会で身に付いた考え方を払拭するのは、容易なことではないように思います。
即ちそこには、方法論がないと絵に描いた餅で終わることになるのではないか、そんな危惧があります。
もちろん、自分なりに探して手応えのあるものもあります。
そこで小松さんの場合について、そのような方法論があるようでしたら教えてください。他の多くのこのHPの読者も関心が深いでしょうから(自然に接して感動する以外にですよ)。


(A)アセンションを意図するかどうかが、すべての基本です。
(始めに)それがあれば、いいテキストがあるならアセンションにトライしてみよう、そうでなければ止めておこう、ということにはならないでしょう。
アセンションは、誰にとってもたいへん息の長いプロセスで、それを短縮する魔法のような特効薬はないといっていいでしょう。
日常生活とのかかわりの中で、自分で探求するのが一番です。

過去に徳を積んだかどうかなどは、まったく関係ありません。

そもそも、「徳」についての価値判断が、この世では誤解に満ちています。
自分がこれまでやってきたことは、自分にとっても、人類や宇宙全体にとっても、最善のことだったと考えればいいでしょう。
そして、教育や渡世の中で身についた古い考え方を変えることは、決して「息の長いプロセス」ではなく、それこそ一瞬でできることです。
その気になるかどうか、変えられることを信頼するかどうかだけの問題です。
否定的な想念を持ち込まないことが肝心です。

今回のアセンションは、大量の人類をアセンションさせるための仕掛けが用意されている点で、過去のマスターたちの単発的なアセンションとは決定的に違います。
したがって、アセンションを意図する(泳ぎ出る)ことが先決で、その先は、どの時代よりも、「波乗り」が容易にできる波動が与えられているのです。
あまり重々しく考えず、まずは出発することです。
私の場合、方法論的なことは、ある程度このシリーズの「地球人の覚醒」に書いたので、今のところ、別の角度からアプローチしているわけです。

(01/09)求道組織のあり方に違和感

 

Q私は、ある求道組織に身を置く者ですが、しばらく前から、自己の内面に自立志向心のような感情と、同じく、この場に身を置く人々に対しての違和感のような感情を抱くようになりました。

以来、この組織の動きに、あらためて積極的に関わっていこうという気がすすまない状態です。

 

もともと私は、友人のすすめで入会したSを契機に、自己の内なる真理探求心から、バグワン・シュリ・ラジニーシ、「日月神示」から「火水伝文(ひみつつたえふみ)」などを経て、現在の組織へと縁してまいりましたが、それは、自身にとって、当初の自己の内なる真理探求から神の御用に仕えるというあり方への変遷とも思えます。

私は、この間の経緯から、あらためて、自身を通じての普遍意識の顕現(=自身のアセンション)への関心が復活し、密かに、独自に、大天使アリエル&タシラ・タチ-レンによってもたらされた「チャクラ融合瞑想」や「ゲーリー・スミス式マカーバ瞑想法」などを試行錯誤、実践しています。

 

さて、その組織では、神と人のあり方について、礼節、順序、(分相応の)分に加えて、(神に対する)態度や心構えについて、厳としたあり方の中に、指導者より、日常生活を通じて指導を受けてきましたが、私にとっては、どれほど身についたかと問われれば、あまり体得するには至っていないように思われます。

指導者の物事の見方、考え方や処し方、等々を、取り巻く人々はモデリングし、一方、私には、それらが、時として、独善的にも、排他的にも、閉鎖的で秘密主義的にも見えることがあります。しかし、そう思える自分のあり方がむしろ課題であるとして、自身が学習し、指導を受ける立場をわきまえ、素直さと謙虚な姿勢を自らに言い聞かせ、もって、少なからず、自己規制を強いていた面がありました。

 

ガイア・アセンション・シリーズ第2部のアセンション(4)にあるとおり、私個人の廃棄すべき「モチモノ」にあてはまる感もし、一方で、同アセンション(5)にある「アセンションにおけるグループの識別基準」からすると、指導者の側近の人々は個人崇拝に近く、(各自の意思による自由選択を標榜し、強要はないが)自己選択が指導者の意向に沿わない選択であれば、全体の流れに乗り遅れるかのような雰囲気が醸される気がするのです。

神の御用に仕えるという大義に身を置きたい自分と、先の内的感情が、実は廃棄すべき「モチモノ」ではないのかと思いつつ釈然としないが、なお抑えられない自分との間に、今一歩自己選択・自己判断に躊躇する自分があります。

 

それと、もう一方で、大局的な問題があります。

葦原瑞穂氏著の『黎明』に、地球創造に携わった魂の系列として、神代の日本民族と関わりの深いスメラの魂についての記述があります。経綸上のこととして、アクエイリアスの時代に、スメラの魂が、世界の雛型地形として形成された今日の日本に転生し、集まって、人類の霊的指導に携わるとされ、永らく封じ込められていたスメラの魂の解放作業が、1980年代後半に、主にヨーロッパ民族の指導系列である聖白色同胞団の支援のもと、長野県戸隠にて行われた、とあり、日本の指導系列であるスメラの魂とは密接な協力関係にある、とされています。

また、大本教の母体や「日月神示」などの難解な表現をとるものは、「龍神界」の表現領域なるもので、日本神道の神霊界であるスメラの魂とは関係がない、とされています。

 

私が身を置く組織も、物質主体から霊主体へ世の建直し(=ガイア・アセンション)が大元神(=根本創造神)自らの采配のもと行われるとして、少なくとも現時点においては、古代神系の復活と因縁のミタマの再生をもって、アセンションに際して現実界に事成そうとしているようにも思えます。

 

「高次元のジャングル」の複雑さや難しさ、各々の波動領域の及びうる範囲を越える意思や情報は、さらなる高次からでしかわからないだろうし、ましてや鳥瞰的に真実を知ることははなはだ難しいことでしょう。

しかし、少しでも、より真実が知れれば、各々の、より正確なアセンションに対する意識化や志向への啓発には、相応に意味があることかもしれません。

どうか、ぜひとも、以上のことがらもふまえつつ、自己選択、自己判断のための、小松様の審神的所見をお聞かせ願います。

 

(A)ご質問への答えのほとんどは、私のHPQ&Aを含む)に書いてあるし、必要な個所をご覧になっているようですので、 追加することは特にありません。

既に、ご自分で答えを出されているのではないですか。

 

これまでのことは、勉強のプロセスとして意義があった。しかし今や卒業の時が来た。

これからは、自分が自分の主人公になって自由に羽ばたく、ということではないでしょうか(「自分の現実」についての最高の権威者は、自分自身であることを決して忘れないようにしましょう)。

この世で神として崇拝されている者のほとんどは「偽神」です。

ご存知の「全てはひとつ」という宇宙の不動の真理に照らせば、威張る神、脅す神、裁く神、そして特定の民族や宗派の優位を説く神は、全て「偽神」だということがおわかりいただけると思います。これは、求道組織の指導者についても言えることです。

人間を支配しコントロールし続けるために、さまざまな教義や様式を造ったのも「彼ら」またはマインドコントロールされた「弟子たち」です。

そんなものに仕えるよりは、日々に、自分自身のアセンションと地球のサポーターを意図することをお勧めします(それが今、人類と宇宙全体への最大の貢献です)。

 

なお、人類の母なる地球は、全人類を平等に愛していて、日本人だけを特別視しているわけではないことを知っておくといいでしょう。

 

もし、まだお読みでないなら、『神との対話』(サンマーク出版)をお薦めします。

最近、文庫版も出ているようです。

 

(01/09)アセンションへの肉体の変容(DNAとチャクラ)

 

Q星座はめぐる」の《それでもアセンションは進む》でDNA2鎖から12鎖に、チャクラが7から13になるとのことですが、アセンションを達成するにはDNA12鎖に、チャクラが13になることがMUST(必要条件)ということですか?

また、アセンション後にも、人類は肉体をもって生きていくのでしょうか?


(A)細かい話になりますが、一口にアセンションといってもレベルがあって、この世で信仰の対象になっているようなマスターのアセンションでも、ほとんどは「不完全アセンション」です。

12鎖のDNA13のチャクラは、「完全なアセンション」の、最低限の条件と言っていいでしょう。

 

意識(心)の状態に応じて、少しずつその方向への肉体の変容が、宇宙の摂理によって実現していく時期が来ています。

今が、「天」から与えられたアセンションの「機会」であるというのは、この意味です。

 

ただ、ほとんどの人類にとって、この「機会」を生かすための環境条件は、たいへん厳しいものがあります。

お気づきと思いますが、現在の世界では、3歩進んでも2歩後退させられるような要素があまりにも多いのです。

この状況への転機は、いずれ来るとみていますが、それを待って手をこまねいているわけにもいきません。

山登りと同じで、頂上を眺めているだけでは、決して頂上を極めることはできないでしょう。

1歩ずつ着実に上がっていけば、いつかは頂上に達するわけです。

 

なお、アセンションは肉体を持って行うことが眼目で、当然、アセンション後もその肉体を持つわけです。ただ、現在よりかなり「軽い」のもになるはずですが。

 

(01/09)アセンションが早く来てほしい[](関連Q&A

 

Q(01/09)アセンションが早く来てほしい」に対するお答えが、私にはよく理解できません。
「皆がめでたく楽になる」ようなことはないだろうとは私も思いますが、(アセンションは)未来のどこかの時点で起こる現象なのではないのですか? 貴殿のHPを拝見すると、そういうふうに書かれているようですが。
実際、「そのタイミングは、宇宙の同胞といえども明示することはできず」と書いておられるので、タイミングがあるわけですよね。違うとしたら矛盾した表現だと思います。

もし、違うとしたらもっと具体的に分かりやすく説明して頂けないでしょうか?
未来のある時点において、アセンション(地球およびそこに棲息している全ての生物の次元上昇?) という現象が起こるのではないのですか?
これはアセンションに関心があろうがなかろうが、将来物理的に地球に対して起こる出来事なのではないのですか?

「アセンションは、基本的に心の状態のことです」---これも理解できません。心の状態とはなんでしょうか?具体的に説明して頂ければありがたいのですが。物質的に地球がアセンションするのではないのですか?

(A)アセンションに関しては、個人に対して約束されたものは、何ひとつありません。
今回のアセンションの機会を生かすかどうかは、各人の心がけ次第です。
それが「心の状態」の意味です。

「タイミング」というのは、そこに書いたように、「介入のタイミング」のことです。
したがって、「それ自体はアセンションではない」ことを、強調しているわけです。

おわかりと思いますが、人類社会が現状のままでは、「マス・アセンション」の可能性はありません(個人として個別のアセンションはありますが)。
アセンションを意図している人も、それに無関心な人も、隣り合って住み、(ほぼ)同じ風景を眺めているのが、今の地上の姿です。
もし、「宇宙」からの「介入」が認められれば、その時点で第1段階の「個人的選択」が行われ、「マス・アセンション」に向けて共同歩調を取りやすい環境に変わる可能性があります。
しかし、その環境においても、実際に(期限までに)アセンションするかどうかは、個人の(意図、選択、努力の)問題です。

地球は、(フォトン・ベルトに関係する)期限のギリギリまで待ってくれると思いますが、最終的に地球がアセンションを達成しても、(それまでに)アセンションしない(できない)人も出てくるわけです。
一方、意識や波動レベルの上昇に注力して、地球より早くアセンションする人も、たくさん出るでしょう。

 

(01/09)アセンションが早く来てほしい

 

Qアセンションを日々意図していると現実社会との乖離が生じてしまい、話題をシェアできるのは極くわずかです。本来なら、おっしゃるように同じような感覚の人達と共に自然の中での生活環境に身を置きたいところですが、諸般の事情から行動に移せないと思っています。
アセンションすることは当然大変なイベントだと思いますがそれまでの期間も、私にとってはとても不安定で厳しい状況だと感じています。

個人的にも世界の環境状態、経済状況から考えても何年も先だとちょっときついと思いますが、誰にもわかるアセンションの兆候が現れるのは、大体いつ頃になるでしょうか、ご回答いただきたくよろしくお願いします。

 

(A)アセンションの本質について、誤解されているように思います。
アセンションは、例えば、《何もしないでただひたすら待ち望む、すると未来のどこかの地点で、「アセンション」という出来事が起こって、めでたくみんなが楽ができるようになる》というたぐいのものではないのです。

もしみんながそのように考えたら、それはアセンションの堕落であり、失速です。
「宇宙」からの介入が、「天」によって中々認められないのは、このような思いが地上の人類に蔓延することを危惧するからです。
この状況は、今も変わりません。したがって、「介入(それ自体はアセンションではありません)」が認められるとしても、そのタイミングは、宇宙の同胞といえども明示することはできず、文字通り「神のみぞ知る」です。

アセンションは、基本的に心の状態のことです。
それと無関係に、周りの状況がアセンションを創ってくれる---ということはありません。したがって、早く来てくれれば助かるが、遅くなると自分としては苦しい---ということは、アセンションの性質上ありえないことです(アセンションは誰かにやってもらうものではなく、期限までに、「自分でする」ものだからです)。

どんな境遇にあっても、この地上で個人としてアセンションを実現することはできます。

逆に、心の状態がそのままなら、周りの状況がどんなに変わっても、アセンションに近づくことはないでしょう。
よく言われることですが、過去・現在・未来は、実際には1つで、「永遠の現在」があるだけです。常に、「現在」においてアセンションを実現する、またはそれに接近するという、心構えを持つことが必要です。
逆に、「マス・アセンション」が早く来るか遅く来るかは自分には関係ない(時期は重要でない)---という境地を実現したとき、アセンションに最も近づいたといえるでしょう。

 

(01/09)「選択の機会」

 

Qシャンバラへ疎開の話ですが、選択する機会というのは、どういう方法で行われるのかわかりますか?

 

(A)「選択の機会」は、今のところ、「救助」に前後する、TVやラジオ(自動的に切り替わる)の放送を通じて、あるいは上空からの音声での呼びかけで、知らされるとみています。
なお、(小学生以下の)小さい子供は、原則として母親と行動を共にすることになるでしょう。もし何かの事情で、たまたま孤立していたとしても、無条件で「救出」されるでしょう(これについて、あまり心配し過ぎないようにしましょう)。

 

(01/09)アセンション情報はどこから

 

Qとても詳しく書かれていますが、このHPの情報はどこからのものですか?

「アセンション情報は、私のものを含めて、情報の由来よりも、内容において心に響くのもがあるかどうか、事実がついてきているかどうか、などで評価すべきものと考えています」とコメントがありましたが、情報源を教えて頂きたいと思います。
宇宙の同胞、天の存在、地底の人達という表現がありますが、そういう方たちからのメッセージを受け取っているために、詳しい情報が書かれているのですか?それとも、文献などで調べる事で私も同じような情報をもてるのでしょうか?

 

(A)情報源については(その他に)、「Q&A’01」(01/05)《アセンション情報の信憑性》 をご覧ください。
また、下記も参考にしてください。
アセンション時局」(01.07.26)(宇宙暦)新年のご挨拶
同(01.07.17)シャーリー・マクレーンの『カミーノ』

判断が偏らないために、精神世界の本やインターネット情報など、ご自分で探求することをお勧めします。
それなりの成果が得られると思います(いまさら言うまでもないことですが、アセンションについては、「宇宙」から膨大な情報が降りてきています。それらを鵜呑みにするのでなく、自分の「心眼」で判断することが大切です)。

 

(01/09)アセンションと家族の離散

 

Q今回のシャンバラへの疎開という話しは衝撃過ぎです。
確かに台風がバラけてみたり異常なことが多くなりつつある現状、アセンションが近づきつつあるのかなぁなどと他人事のように感じております。
が、「しかし、あなたが決断し準備をする時間は、多くても数時間しかないかもしれません」の文章には正直びびりました。
家族が居るぶん、会社にいっている間にそんなことが起きたらと思うと。。。
こういう事態の想定と対処法を家族で話しておいた方がよいでしょうか。

なんか絵空事のようで、こんな質問をしている自分がバカに思えてくるのですが。(笑)

私生活の方もいろいろな変化が出てきております。
自分はこの流れに任せて、自分の天命が全うされるように割りとのんびり構えているのですが、「アセンション」とか「シャンバラ」とかそういうのにまったく無関心な奥さんには、どういう風に伝えれば効果的でしょうか?

 

(A)無関心な方に、アセンションの重大さを理解してもらうのは至難のワザです。
一般に、関心がないのは魂(ハイアー・セルフ)からの知らせがない、というより知らせを感知できないほど表面意識を別の思いが支配している人たちです。
典型的には、メディアの世界にどっぷり浸っている人です。
逆にメディア(の影響)にまったく無縁でも、これまで教えられ学んできた(範囲の)ことに強く支配されている人もいます。その多くは、学校や家庭で「いい子」だった人です。
もちろん、ビジネスマンなどは、文字通り“busy”で、アセンションどころではないわけですね。
また、政治家や学者は、本能的に自分の因って立つ土台が崩れるのを察知して、入り口で逃げてしまいます。
この人たちにとっては、まだ「時」が来ていないわけです。したがって、無理に「道連れ」にしようなどとは思わないで、時期が来るまでそっとしておいてあげるのが親切というものです。

しかしその人が、家族や親族に含まれていると(実際このケースが多いのですが)、心情として割り切れないものが出てくるわけですね。
1
つのやり方は、これと思う個所を12ページだけプリントして、「これ、読んでおくと、何かのとき役に立つかもしれないよ」という感じで渡しておくことです。
実際に「その時」が来たとき、その記憶がよみがえって、自分の意思決定(選択)の参考にするかもしれません。その場の、「雑音」に惑わされなければの話ですが---
この地球上のどこにいても、「選択の機会(これはシャンバラへ疎開するかどうかの選択であって、アセンションそのものではありません)」は、すべての人に等しくやってきます。
したがって、選択が同じなら「疎開先」で落ち合うことができるでしょう。

「その時」は、地上の都合やスケジュールには、いっさい関係なしにやってくるでしょう。もっと高いレベルで、タイミングが判断されるからです。
しかし、誰にもわかる「前兆」はあるはずです。
今のところ、地球の主要国の政府による、「宇宙の存在たち」についての、これまで隠蔽してきた事実の公式表明が、その後の「宇宙(銀河同盟)」の作戦の前提になっているとみられます(もちろん、その裏に、「宇宙」の使節と地球の「秘密政府」との壮絶な折衝があります)。
この手順を挿入したことは、地球人の意識レベルの実情への、せめてもの配慮です。
いったんこれが行われると、その後は、電撃的にコトが進む可能性があります。

このような形での「宇宙」からの介入は、宇宙の同胞たちの切実な思いにもかかわらず、これまでは「天」によって認められませんでした。
「過剰介入」が、アセンションの「失速」をもたらした事例が、少なからずあったからです。

しかし、地上世界の現状は、明らかに放置できないところまで来ています。
地球を取り巻く環境で現に起こっている異変を、農業や漁業関係者だけでなく一般市民でも、まったく感知していない人は1人もいないでしょう。
これは、太陽系や近傍宇宙で起こっている、もっと巨大な変動の一部で、地球の学者や研究者の「観察網」にかからないことは、ありえないことです。
ところが、公式に私たちが知らされているのは、「何も特別のことは起こっていない」という印象付けです。
そのために、国際紛争、政治の茶番劇、景気の浮沈についての騒動、ローカルな事件やスポーツ、エンターテイメントそしてコマーシャルで、メディアを埋め尽くすわけです。
気象、地球物理、そして天文物理などの学界は、完璧に「機能停止」を決め込んでいます。
人類にとって、これほど重大なことはないのに、これについてのオープンな議論が、完全に封殺されているわけです。

この状況をみて「天」の忍耐(地球人自らの覚醒を待つ)が限界に達して、「積極介入」に方針を変更したのです。
アセンションの期限が迫るなか、この状態を放置すれば、これまで数万年以上にわたって準備してきた「天(神)の計画」が水泡に帰して、宇宙全体として失うものがあまりにも多いからです。
いまや「天」も「宇宙」も(「地底」も)、同じ目的に対する共通の「グランド・プラン」で、意思統一されています。
あとは、タイミングについての「天」の判断だけといっていいでしょう。

[このページのトップへ戻る]
[ホーム]

Copyright© 2001 Eisei KOMATSU