「アニメから見る時代の欲望」のトップへ

アニメから見る時代の欲望

「正義」への欲望が「匿名の正論」を暴走させる

水島精二監督「機動戦士ガンダム00」(1)

 どうしてなのだろうかと。そういった風潮が顕著になったのは、ネットが出てきてからだと思います。ネットというのは、誰が発言しているのかが分からなくても、もっともらしいことが書いてあると、わりあい簡単に、皆が「そうだよな」と納得したり飲み込んでくれるメディアなので。

―― そうなんですか?

 ネットだと、ある種、集合体のように見えるんです。集合体に見えるから、「これがみんなの総意なんだ」と思いやすい。

―― 確かに匿名の場では、たくさんの書き込みがあっても、もしかしたら“声が大きい”一人が何回も書いているかもしれないですよね。その可能性があるかもしれないのに、ひとつのまとまった“世論”のように見えると。

「理屈さえあれば勝てる」、だから空虚な正論が力を持つ

「機動戦士ガンダム00」 水島精二監督

 ネットの登場によって、匿名の意見が、ある種の説得力を持ち始めたという感じはします。匿名なのに効力がある状態というのは、ネットが登場するまではあまりなかったことだと思っています。

 普通の紙媒体、たとえばビラなどは受け取られ方がまた違いますよね。「これは特定の個人の意見なんだ」と思うから、同じ悪口でも説得力を持ちにくい。

 また、発信者が匿名の場合、批判されにくいという側面もあるんです。たとえば新聞に載っている主張だったら、批判ができます。発言が「その新聞社による主張である」という形になって、○×新聞社というバックボーンが見えてくるから。会社が背負っている背景が見えると、「この新聞社は過去にこういう事件を起こしているから、こんな意見を述べる正当性はない」といった理由で、批判する人が出てきますから。

意見だけでも「正義」になれる

 ネットにおける「匿名」の人物というのは、当人の立ち位置がわからないから「対象」として批判することができない。だからネットで強いのは、「匿名」の「正論」なんですね。

 裏付けや背景といったバックボーンがなくてもいいもの、頭の中のバーチャルな理屈だけで完結するもの、誰しもが正義として寄り添えるもの、そういった「正論としか言い様がないもの」が一番の武器になっている。

 だから、匿名でいられない有名人や組織は、失言に対して抗弁しようのない「正論」で突っ込まれたらかなわないと、皆、戦々恐々としているのかなと。

―― 「正論を言えば、相手が屈服する」、という図式がネットの中では成り立ちやすいのでしょうか。見えないネット市民が怖いという状況ですね。

 どのような人間であるかというのはまったく隠された状態で、意見だけが正義として現れるというのが、わりと今の時代の象徴なのかな、と。そちらの企画のタイトルに合わせて言えば「時代は“正義”を欲望している」んじゃないでしょうか。

(次回に続く)

Back
3
Feedback
このコラムについて

アニメから見る時代の欲望

アニメーションは、頭の中で望んだことを描き動かすもの。作り手の嗜好を忠実に映像化することができる。そして作り手は、視聴者の欲望をいかに捉えるかに常に腐心している。アニメにこそ、時代の欲望が見えるのではないか? そんな仮説を手に、日々アニメ制作に臨む監督たちにインタビューを申し込んでみた。

⇒ 記事一覧

著者プロフィール

渡辺由美子(わたなべ ゆみこ)

1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメ・コミックをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。男性と女性の意識の差を取材した記事も多い。著書に「結婚ってどうよ!?」(岡田斗司夫氏との共著)ほか。

Today's NBonline
  • 読者の注目記事
  • ヒット記事
  • 本日の主要記事
BusinessTrend
  • 経営とIT
  • 企業戦略
  • ライフ・投資
  • 仕事術

「経営とIT」分野をお読みのあなたへ!

「企業戦略」分野のおすすめ情報

「ライフ・投資」分野のおすすめ情報

「仕事術」分野のおすすめ情報

BusinessTrend