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社説

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浜岡原発―置き換えしかないのか

 古い原発2基を引退させ、代わりに最新の原発1基をつくる。そんな国内初の「原発の置き換え」に中部電力が踏み切る。静岡県の浜岡原発だ。

 70年代後半に営業運転を始めた1号機と2号機は、事故や修理で01年と04年から運転を止めている。耐震強度を最新の水準にする工事の後、11年度の運転再開をめざしていた。

 ところが、耐震補強に計3千億円の巨費と10年以上の歳月がかかる見通しになった。このため、「1、2号機を廃炉にして6号機を新設する方が経済的だ」と判断したのだという。

 浜岡原発は、30年以内に87%の確率で起こるとされる東海地震の想定震源域の真ん中にある。耐震強度が心もとない2基を廃炉にする判断は妥当だ。

 だが、その代わりに6号機を新設するというのはどうだろうか。

 電力の安定供給を確保しなければならない電力会社にとって、廃炉にする2基の合計出力(138万キロワット)と同じくらいの発電施設を新たにつくるのが責務であることはわかる。

 しかも、いま電力業界は地球温暖化を防ぐ努力を迫られている。廃炉分を火力発電で補えば、二酸化炭素(CO2)の排出が増えてしまう。全発電量に占める原子力の比率が全国平均を大きく下回る中部電力が、CO2を出さない原発の新設をめざそうと考えるのは自然ななりゆきではある。

 だが、東海地震で激しく揺れる危険が大きい場所に原発をつくれば周辺住民はさらなる不安の種を抱え込む。中部電力は「耐震性に十分な余裕があれば安全だ」と説明するが、1〜4号機の運転差し止め訴訟の控訴審が続くなか、6号機の新設に理解を求めることには無理があるのではないか。

 中部電力はまず、他社の原発から調達する電力量を増やしたり、新たな立地を模索したり、といった代替策を幅広く検討するべきだ。

 一方、今回の決定は「廃炉の時代」が近づいていることをまざまざと見せつけた。これは浜岡原発にとどまる問題ではない。

 全国の原発55基のうち、運転開始から30年以上のものが17基ある。最長60年間の運転を想定しているものの、維持コストを考え、廃炉にして新しい原発をつくる判断もあろう。今後、原発の置き換えが珍しくなくなるはずだ。

 気がかりなのは、廃炉の道筋が完全には整っていない点である。

 110万キロワットの原発を廃炉にすると50万〜55万トンの廃棄物が出る。高レベル放射性廃棄物こそないものの、放射能で汚れたものが3%ほど出る。このうち、原子炉や周辺設備などの廃棄物をどこに埋設するかといった懸案は解決されていない。

 「廃炉の時代」の本番までに、その行程表を詰めていかねばならない。

高校指導要領―英語で授業…really?

 高校の英語の先生たちの中には、頭を抱える人も少なくないだろう。

 「英語の授業は英語で指導することを基本とする」

 13年度から全面的に実施される高校の学習指導要領案が公表され、初めてそんな一節が入ったのだ。

 指導要領は、文部科学省が小学校から高校までの学年ごとに教える内容や時間数を定めたものだ。ほぼ10年ごとに改訂されている。

 それにしてもreally(本当)?と、いいたくなるお達しである。

 たしかに日本人の英語下手はよく知られるところだ。ノーベル賞を受賞した益川敏英さんのスピーチは、その象徴といえるかもしれない。中学、高校と6年間学んでも、読み書きはともかく、とんと話せるようにならない。

 ますます国境の垣根が低くなる世界で、英語は必須の伝達手段になってきた。だから英語教育を変え、会話力を育てたい。それはその通りだ。そのために授業自体を英語での意思疎通の場と位置づける。その発想もいい。

 ただ現実の授業を想像してみよう。

 あいさつや簡単な呼びかけを英語でするだけなら、これまでと大差はない。しかし、文法を英語でわかりやすく説明したり、生徒の質問に英語で答えたりすることは簡単ではないだろう。できたとしても、どれほどの生徒が理解できるだろう。

 すでに英語での授業を実施している学校もある。だが、実際は現場の教師や生徒の能力に左右されるところが大きい。無理やり形だけ整えても、効果は乏しいだろう。

 もう一つの懸念は、大学入試を意識する進学校などにとっては、利点がそれほど大きくないということだ。大学入試センター試験などでリスニングが導入されているとはいえ、相変わらず読解問題や英作文などが主流では、おいそれと余分な負担を引き受けるわけにもいかないだろう。

 いきなり英語で授業、と言われても現場は混乱するばかりだ。使える英語を身につけるためには、どうすればいいのか。そのために英語教育をどう変えるべきなのか。その道筋と環境作りを大枠で整えることが先決であり、文科省の仕事ではないか。

 教師の育成やカリキュラムの検討はもちろん、入試問題の改革も視野に入れなければならない。11年度から全面実施される小学校高学年での英語活動も含めて、総合的な検討が必要だ。

 ただ文科省が指導方法まで一律に決めても、右から左にできるものではない。実のあるものになるかどうかは、各学校の生徒と教師のレベル、学習環境などによって大きく左右される。

 指導要領は大枠にとどめて、実際の運用は学校に任せる。それが現場の力を引き出すことにつながる。

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