科学は意識の謎を解けるかT(NHK/ETV特集)
アナ(女):
アメリカアリゾナ州のツーソン。ここで今年4月、意識について考えようという国際会議が開かれました。「意識の科学を求めて」2年前から始まった会議です。
研究者:
意識とは何か、私にはわからない。誰かに教えてもらいたいよ。
多分に意識は、神経系の1部だと思いますよ。
まだ、完全な謎の領域だと思う。僕はナゾが好きなんだ。
アナ(女):
会議には、アメリカ国内をはじめヨーロッパ、カナダ、日本などから800人を超える参加者がありました。
発表者は、神経科学、物理学、哲学から宗教学までさまざまな分野にわたり立場の違いを超えて議論を交わしました。意識という未知の領域を科学で説き明かそうとする試みが始まっています。
科学は「意識」の謎を解けるか
第一回
意識とは何か
アナ(男):
今までタブーとされてきた科学の領域に、科学のメスが入り始めました。今日明日の2回にわたって科学の面から中心に考えてみたいと思います。今私が見ている世界というのは、こうやってこのほかにもいろいろな音が聞こえたり、スタジオににおいがあったりあるいは自分で硬い床の上に立っていたりする感じがします。その他にもどんな新聞を読んだとか、どういった人にあったとかそういう記憶が一瞬の間に浮かんだりします。そういったものを一切含めて、さらに一瞬一瞬のうちに移り変わるそういうものを私たちの意識という風に読んでいいかと思います。それを完全に言葉にすることもできませんし、そうかといって私のブット感じとあなたの感じが同じかということを考えるとそういう保証もないわけです。いわ大変個人的で、曖昧な意識というものはこれまで科学で扱うことはできない、あるいは扱ってはいけないに言ってみれば科学のタブーとされてきた部分です。
アナ(女):
1番身近かでありながら掴み所のないもの、意識私たち人間はいつからそのような意識を持つようになったのでしょうか。意識を持つのは果たして人間だけなのでしょうか。会議に出席した科学者たちは意識をどのようなものとしているのでしょう。
人工知能技術者MIT ダニエル・ヒリス教授:
機械にも意識があるといえるかどうか、私はその機械を人間と同じ基準に当てはめて考えました。人間なら話し合ったり、冗談を言ったりしておもしろがあったりします。だから人間には意識があると思えるのです。私は全く同じように機会と話し合ってみます、もし機械が人間のように話しかけてくれば機械にも意識があるといえます。
動物学者 ラトガース大学 ダイアナ・リース教授:
イルカはお互いに意思を伝えやっています。そのほかの動物や哺乳類も自分たちなりの形でそうしています。意思の疎通は多くの面で認識の重要な特徴となりえます。例えば私たちがここに一緒に座っていますが私は、あなたの存在を意識しあなたの存在に気づいています。私が何か言えば、あなたに影響を与えることもわかっています。そういう意味では意思の疎通は私たちの意識の反映だといえるのです。
数学者 アリゾナ大学 ・スコット教授:
意識とは、非常に複雑で、入り組んだ視線系の現象だと思います。意識はおそらく宇宙の歴史の中で最も複雑な視線系現象でしょう。このろうそくの火もロウソクのろうとロウソクそのものの構造、そしてこれに火をつけたマッチの熱が織り日なす視線系の現象だと言えます。ある意味では、この神経細胞の発するインパルスとも似ています。この現象と、ろうそくが燃える現象は、視線系力学という観点では、よく似ているのです。しかし、脳の構造は、ろうそくの構造よりも遙かに複雑です。ニューロンやシナプスなどあらゆるレベルで、活発な動きがあるからです。そしてそれぞれのレベルは、非常に複雑な時間構造と、空間構造を持っていて、しかもお互いに別のレベルとも関連しあっています。だからこそ意識は、例えば詩の創作のために意識が働いた結果など、ろうそくの火のようには予測はできないものなのです。
神経科学者 クリストフ・コッホ教授 (カリフォルニア工科大学):
感情は、脳の一部です。脳は、感情を発生させるものなので、脳のこなどとがわかってくれば、感情の事もわかると思います。一方、痛みを感じるとか、色彩感覚を持つということは、脳の主観的な側面だといえます。例えば、私たちが感じる怒りや愛情、そして痛みなどこれらは主観的な問題であり、難しい問題なのです。その難しい問題を科学で解決できるかどうかは、私たちにはわかりません。できるかもしれないし、あるいは無理かもしれません。特定の神経細胞が、特定の意識と関係することはわかってきたのです。視覚や嗅覚の意識、そして記憶などと関係しているのです。
アナ(男):
意識と言っても、非常に広い範囲を含んでいて、そう簡単に説明できませんが、大きく考えて次の3つの段階を考えることができると思います。さてその第1段階ですが。これは、目覚めている状態、つまり覚醒です。この状態は、刺激を受け入れる準備ができている状態。機械で言えば、電源が入っている状態とでも言うべきだと思います。そして、その次の段階が知覚です。つまり物が見えているとか、音が聞こえる、あるいは痛みとか温度を感じると、そういった物事に気づくことができる状態、私たちが普通に何かに気づいている状態を考えればいいと思います。そして、もう1つの段階が、自分の存在あるいは自分が考えていることに気がついている、つまり自意識の段階です。この段階が意識の中では1番深い、あるいは高い段階であると考えることができます。
覚醒しているときは、生存にどうしても必要なこの脳幹と大脳皮質、その両方が働いているわけです。この生存にどうしても必要な部分以外に、この大脳皮質が働いて意識が成立すると言うことは、意識とは何か生きるためとはプラスアルファーというのか余分な物と言う感じがするわけです。ところで、意識があると言うことと、意識するというのは少し違うことです。私たちが、歩くときにいちいち足の動きを意識しているわけではないのです。むしろ足の動きを意識するのは、怪我をするといった特別の場合に限られてきます。
アナ(女):
日常生活の中で繰り返される私たちの体の動きは、ほとんど意識に上ることはありません。こうした動きは、そのつど意味や手順を考えなくてもスムーズに行うことができるのです。これに対してあるものにはっきりと注意を向けている状態が、意識するあるいは知覚のある状態といえます。
アナ(男):
知覚の働きというのは、目が見えるとか耳に聞こえるとか、刺激が入ってくる、そういったことを意味します。そして、そうした入ってきた刺激に対して何らかの反応が生じます。この箱で説明します。上から白い玉を入れますと今度は下から何かでてくると、ちょうどこれは、機械で言いますと、重力と出力と言う関係になります。この入力と出力の間で起こっている何か、それが意識だと言うことになるわけです。これは、入力と出力の間で何かやると言うことは実は、一種の情報処理と言うことができるわけで、これは機械でもやるわけです。例えば、この湯沸かしポットはお湯をちょうどいい温度に保つ働きがありますが、その中に入って働きを調節しているのがサーモスタットです。これは、サーモスタットの模型です。これは温度が上がるとスイッチが入って、温度が下がるとスイッチが切れるということになっています。これは、そういう意味では温度が高い、低い、ちょうどいいという情報を処理しているわけです。ですからこのサーモスタットにも、一種の意識の働きが備わっているということができます。このように、外界の情報を受けて別な行動に変えることが、意識の第1歩ということができます。しかし、これだけでは決して十分な出力とは言えません。この入力をどう出力に結びつけるかが問題になります。
このロボットは、壁に沿って進む自立型のロボットです。障害物をさけたり、あるいは移動するものに沿って進むということもできます。東部にあるセンサーからでる超音波で知覚の壁を探して、壁までの距離を測って、そしてこうやって進んだり、曲がったり、止まったりするわけでするわけです。こういうセンサーの与える情報が動きをコントロールしています。ちょうどこれは、私たちが情報をあるいは感覚を意識するという、そういう壁までの距離を測るということ、そういった感覚的な意識とされるもの、それからそれが車輪の動きという、私たちでいえば、いわば意識に上らない足の運動に相当するものですが、こういった随運動の組み合わせで動いています。このロボットは壁に沿って動くということを原則としてプログラムされていますから状況に従って動くようになっています。これに対して、最近では自分で学習し、その結果行動を自分で変えるというロボットも作られるようになっています。
アナ(女):
自己学習ロボットGEO(ジオ)。4本の足を持ち、自発的に歩き方を学んでいくロボットです。ジオのコンピュータには、初期条件として前進するという目的と平衡感覚とが組み込まれています。しかしどのように足を動かすかはプログラムされていません。バラバラな動きの中からジオ自身が動きを作り出していくのです。まず、電源が入るとモーターが作動し、腰や足などの関節が動き始めます。そして関節に付いたセンサーから、頭部にあるコンピューター情報が集められます。ジオは体の傾きや足の位置などの情報を同時に計算し、再び足を動かす命令を出します。これが
繰り返されることによって、より効率のいい歩き方ができるようになります。
ロボット工学 UCLA アンソニー・ルイス教授:
現在の多くのロボットは、人間が作った環境ではうまく機能しますが、私たちは、自然界で動けるロボットを作ろうとしました。自然界には、不確定要素がたくさんあるので、動物が持っているような一種の意識が必要となります。そこで、動物の知性についての情報をジオの神経系に組み込んで、ジオも動物のように環境にとけ込むことができればと思ったのです。
アナ(女):
ジオは電源を入れてから一週間あまりで歩き始めます。腰をひねることによって足を持ち上げることを覚えたのです。試行錯誤の中から、目的にかなった行動を選び取っていく、これは赤ちゃんや、動物の子供が歩き始める時と同じ、自発的な行動なのです。
アンソニー・ルイス教授:
センサーを使う事で、ジオは自分の体や、周りの環境を認識するようになります。自分の関節の位置から自分の体がわかり、さわった感じや、目で見たかんじで環境を知ります。知覚は、一種の原始的な意識と考えられますから、ジオは特定の意識を持つようになるでしょう。
アナ(男):
学習することができるとういのは、意識の条件と考えられます。自分の行動の結果を新しい条件として受け入れて、その結果行動を変える事ができる、そういう入力と出力の間のフィードバックが成立すると、より有効な行動ができるようになります。赤ちゃんが外の世界を手で触って知っていくように、ジオも感覚を使って、自分と外の世界に気づいていきます。こうして、自分と外の世界、それを知っていくこと、気づいていくことが意識の第1段階という風に言うことができるかと思います。
アナ(男):
私たちの周囲は、機械が出会うよりも遙かに多い様々な刺激からなっています。これを、生物はどう処理しているのでしょうか。
アナ(女):
地球上の生物は、それぞれその住む環境に合わせて進化してきました。そしてまた生物は、変わりやすい環境のなかで生き抜くために、どんな機械よりも柔軟なフィードバック機能を備えるようになったのです。
生物の中でも、もっとも原始的なバクテリアの運動から、意識の問題を考えようという研究者がいます。
生物学者 ビクトル・ノリス博士 (レイチェスター大学):
バクテリアは、非常に複雑で組織的で、しかも活気にあふれた生物です。そしてこれは、今まで考えらレなかった事ですが、バクテリアの中の何らかの機能が意識と関係しているのではないか、バクテリアがきわめて基本的な形で、意識の役割を演じているのではないかと考えています。さらにこのことは、私たちの主観的体験による意識とも関わってきます。これは、意識を考える上で、いくつかの問題提起となるでしょう。
アナ(女):
バクテリアは、いままである刺激に対して、単純な決まった行動を取ると考えられてきました。しかし、観察していると、彼らは特に必要のないときでも絶えず動き続けています。その運動の理由を説明することはまだできないと言います。
ビクトル・ノリス博士:
意識の研究者の中には、バクテリアの情報処理の方法が意識の発生と関係があると考える人もいます。バクテリアは実際に情報処理をしています。バクテリアは周りの環境からの情報を汲み上げ、それを解釈して遺伝子の組み替えなどを行っているのです。
アナ(男):
生物の一つの特徴は、その予測不能性にあります。これは、要するに入力と出力との関係が必ずしも1体1にならないということを意味しています。同じ1つのものを入れてやっても、場合によって出てくるのもが違うこともありますし、それから、いっぺんにたくさんのものをいれますと思いも寄らないものが出てきたりするということが起こります。これは、生物がとても微妙な条件に反応する、きわめて複雑なものであるということを意味しています。されに生物は、必要もないのにいつも動いています。これは、自分というシステムを維持する手段とも言えます。そのことによって、生物は刺激に対して直ちに反応することができるのです。
アナ(女):
生物の絶え間ない動きは、外界の突然の変化に備えて、いつもエンジンをかけていることを意味します。そして、自発的に状況に合わせた行動につなげていきます。この一見目的を持たない動きの中から、生物は生きていく為に必要な刺激を選び取っているのです。バクテリアから人にまで共通している生きるために動くということ、これは、自分自身を保つことを目的とした生物の意識の現れと考えられるかもしれません。
アンソニー・ルイス教授:
意識とは、非常にやっかいな概念です。それを言葉にすることは難しくても、実際にある状況を目にすれば、それを認識することは簡単です。つまり、動物は状況に応じて自分たちや環境にとっていつも正しい選択ができる能力を持っているということです。
アナ(男):
生物は、そのものの世界ではなくて、自分の都合のいいように世界を再構成して受け止めることができます。これは、記憶とか学習といった働きが生じて、そのおかげでできるようになります。例えば、すでに出会ったことに対して、速やかに反応したり、あるいは、たくさんのことの中から自分にとって大切なものを選び出すといったことができるようになります。これは、生物の生存にとっては、大変有利なことだったはずです。こうして、自分の中に外の世界に対応するような何かのパターンが生じてくるということになります。例えば、今私がこうやって目をつぶりますと、目の前にない風景が浮かんできます。これを絵に描くということもできるわけです。つまり、入力と出力との間に、外の世界に対応する何かが生まれてくる。そしてこれを、世界像と呼んでもいいし、あるいは、内面と呼んでもいいかもしれません。
犬や猫など、人間以外の動物にも内面と呼んでいいものがあるでしょうか。間違いなくあると思います。なぜなら、なぜたり、声をかけたりするとそれに反応してくれるからです。でも、それは本当でしょうか。
アナ(女):
動物学者のペッパー・バーグ教授は、オウムの知能を人間の言葉を手がかりにに探っています。オウムに単語や簡単な文章を教え、人と同じような物や数の概念が理解できるかどうかを調べます。オウムは、赤や青といったものの色や形、数を単語で答えることができます。
ペッパー・バーグ教授:
赤いブロックは何個あるの?
オウム:
4つ(four)
アナ(女):
文字をみてそれを発音する事もできます。
ペッパー・バーグ教授:
なんて読むの?
限られた範囲では、オウムは人間の子供やいくつかの動物と同じくらいの能力を持っています。オウムは幼い子供たちと同じようにしゃべる訳ではありませんが、私たちに意志を伝えられます。自分がどこに行きたいか、何を食べたいかどのおもちゃで遊びたいかなどを教えてくれます。私たちも、物の形や大きさなどをオウムに質問するという形で意志を伝えています。
アナ(女):
オウムの使える言葉は限られています。ただ、彼らは態度や仕草から何かを訴えたり、表現したりしようとしている様に見えます。これは、人間の様な感情や意志の現れなのでしょうか。
ペッパー・バーグ教授:
私たちは感情については研究してきていません。それには理由があります。例えば、オウムが私をかんだとしたら、起こっているとか、疲れているとか、イライラしているとか、たくさんの原因が考えられます。でも、私がオウムのその時の気持ちを理解する方法はありません。それを、人間の感情に基づいて分類してしまうのは適切でないと思うからです。確かに、オウムには感情があります。いつもそれはわかります。何か食べている時などは、体や羽の位置が決まっていますし、目線も特定の方向にあります。オウムが気に入らない事を私がすると、体全体の位置や動きが変わります。だから、オウムには感情があると思います。
オウム:
帰りたい(I want to go back)
アナ(女):
帰りたいという言葉で、オウムは何を伝えようとしているのでしょうか。オウムが、本当に帰りたがっているなら、言葉によってその内面が覗けることになります。
ペッパー・バーグ教授:
私たちは、オウムの知能を研究しています。オウムが何かを要求するとき、私たちは彼らが望んでいる事について多少は理解することができます。しかし、オウムであるというのがどういうことなのか、私たちが訓練できること以外、彼らがどう感じ、何を考えているのか正直なところ判りません。私たち自身が魔法の杖でオウムになってみないと彼らの頭の中を知ることはできないでしょう。
アナ(男):
人間の意識は言語、つまり言葉によって特別な物になったという風に私は思います。人の脳は、大変大きくなりましたが、それによって目と耳をつなぐ分野が広くなってしまって、そこに言葉ができてくるという風に考えています。つまり文字を読んでも耳から聞いても、日本語は日本語なわけです。そういう言葉という能力を持つことによって人は、一つには今ここ、目の前にない物について考える事ができるようになりましたし、また、自分の内面が表現できるようになった、そういった能力を得たわけです。このことがさらに、自意識という深い意識に通じて来ることになります。自意識というのは、自分がほかの物と違った自分、そういったものの存在に気づいているということ、あるいは、今自分が何をしているかということに気づいていることです。私は、自分が人間であり、男であり名前があるということを知っています。また、このスタジオに今立っているという事も知っています。しかし、この犬ははたしてそれを知っているでしょうか。
アナ(女):
人間が、ほかの物とは違う自分に気づくということは、どういうことでしょうか。現在の自分は、今までに経験した様々な過去の記憶とともに存在しています。それと同時に、同じ自分が将来変わらず存在していくことも理解しています。
人は自分に関わる様々なものに強く心を動かされるのです。
人間以外の動物にこのような心の働きはあるのでしょうか。
人間ともっとも近いと言われるチンパンジー。このチンパンジーで自意識と社会性の発達を調べている研究者がいます。
比較行動学者 ダニエル・ポビネリ教授:
チンパンジーは、非常に単純な形の自意識を持っていると思われます。彼らは、いつでも自分たちが何をしているかを理解し、表現できるようです。ただ、人間の自意識とチンパンジーの自意識との違いは、人間は相手が何を知っているのだろう、何を考えているのだろうなどと、常に内面の精神状態に照らしていますが、チンパンジーは彼らの取り巻く世界がどう変わるかという、単純なレベルの出来事について理由付けをしているにすぎないのです。
アナ(女):
この研究所では、チンパンジーに人間の心理状態が解るかどうか調べています。
実験者が、目配せで餌の在処を教え、それをチンパンジーに読みとらせるのです。
チンパンジーは、実験者の体の向きと視線を手がかりに2つの箱のうち1つを選びます。
ダニエル・ポビネリ教授:
実験者はこちらの箱を見ています。私たち、チンパンジーが自分に実験者が何かを教えようとしているのが解るかどうかを知りたいのです。
アナ(女):
チンパンジーは、正しい箱を開けて餌を見つけることができました。
人間の子供ではどうでしょうか。3歳の女の子で同じ実験をしてみました。この女の子も実験者が目で指している方を開けることができました。次に、本当に視線を理解しているかどうかを確かめるため、2つの箱を近づけてみます。実験者は奥の箱に視線を送っています。
女の子は今回も視線のある方向の箱を選びました。チンパンジーでも同じ条件で行ってみます。視線の当たっている箱ではなく、単に実験者に近い方の箱を選びました。
ダニエル・ポビネリ教授:
人間の意識や心の理論に属するものの一つは、お互いの気持ちを解り合う能力だと思います。人間は、自分を他人の立場に置き換えて、もし誰かが困っていたら自分だったらどうするか想像して、その問題を解決してしてみることができるのです。
アナ(男):
人間は、自意識を持つと同時に他者の意識に気づく存在です。これが可能になったことによって、人は感情移入といった能力を持つことになります。人が社会生活をしたり、あるいは共同で暮らすということのためには、こういう能力は大変有利に働いたに違いないと思われます。さらにその他に人の意識は、これまでになかった物を作り出すというような、いわゆる創造性という能力をもつようになります。誌を作ったり、絵を描いたりするという実用的には役に立たない様に思われることができるろうになったのも、人のそうした意識の現れであります。そうした意識を準備したのが大きくなった人の脳であります。この脳の中からそうした意識が生じてくるということになります。しかし、もう1度考え直してみて、意識があるというのはそもそも、定義ができるでしょうか。例えばですね、この犬に意識があるという風に私が言った場合、これはどういうことを意味するかというわけです。それは、ひょっとするとこの犬に意識があるように私が感じているということであるかもしれない訳です。結局は、犬が私と同じように感じているかどうか、そんなことは解らないわけです。ですから、私たちは、人間にとってと言うべきかもしれませんが、自分の意識と通してしか他者の意識に触れることができないということになります。また、別の言い方をしますと、全世界は意識の中にある、こう言ってもいいかもしれません。
アナ(女):
アメリカのマサチューセッツ工科大学では、これまで人間だけが持つとされてきた自意識をCOG(コグ)という機械の中に見出そうという研究を行っています。
コグが作られたのは4年前。 コグは4つのレンズを通して外界をとらえ、動く物を追うことができます。将来は、暑さ寒さや痛みを感じることができる皮膚も身につけることになります。コグが人間と同じ様な体をもち、周囲の人との接触を繰り替えすという経験を積めば、自然に自意識が育ってくるのではないか、そうなればコグが自分の内面について話し始めるのも夢ではないと研究者はいいます。
哲学者 タフツ大学 ダニエル・デネット教授:
コグは、社会学的、心理学的におもしろい事実をもたらしています。コグの認識能力はこれまで作られたロボットとはまったく違うのです。コグの目は見えませんが、人の動きを追うことができます。人が部屋の中を歩くとコグの目はそれを見つめ、動きを追うのです。これを経験したひとは非常に奇妙な思いを抱きます。すでに、コグは意識を持っていると思うのです。コグの研究者でよく知っている人でさえもコグに見つめられると、自分たちは見られているという強い感覚を持ってしまうこともあるのです。このことは、私たちに大切なことを教えてくれます。意識というものについての私たちの考え方は、いかに表面的なことに影響されるかということです。つまり、何らかの生物学的理由で私たちは自分たちににているという内面的なことに非常に強い印象を受けてしまうのです。今、私たちコグの研究者にとっての課題は、コグにはまだ意識はないのだと多くの人を説得しなければならないことです。実際、コグはまだまだ意識を持つに至っていないのに、人間の方がコグに意識を持っていると確信してしまっているわけですから、まったくおかしな事です。
アナ(男):
意識の中で意識を考える、あるいは意識を使って意識を考える、これは一種の自己研究という状況を起こします。この状況は、しばしば論理的な矛盾を起こすというので有名な状況です。
「私のいうことは全部嘘だ」と私が言ったとします。言っていることが本当だとおかしなことになってしまう。つまり、言っていることが、本当なのか、嘘なのか、それがわからなくなるということが考えてみるとわかると思います。結局、意識が意識を考えるということは、たとえて言えば、鏡の中の鏡みたいなもので、どういうことかというと、意識を考えている意識があって、それを考えている意識があってと。あるいは、自分を考えている自分と言ってもいいんですけれども、その自分を考えている自分というのがあって、次々と小さくなっていって、いわゆる無限後退ということをおこしていきます。意識というのは、外の世界を映す鏡であるわけですが、それと同時に自分自身をその鏡が映してしまうというそういうものです。これが、意識の大変不思議な部分と言うこともできるかと思います。しかし、こういった無限後退に陥るような考え方は、普通は取らない。それで、次回は、意識というものを作り上げている物は何か、物質と意識の関係について考えてみたいと思います。