深刻化するアフリカ東部ソマリア周辺海域での海賊被害に対し、国連安全保障理事会は同国の領土・領空に入って海賊を制圧することを認める決議案を全会一致で採択した。すでに決議されている領海への進入とあわせ、陸海空からの作戦が可能となる。
未遂も含めて、全世界で起きている海賊事件の約三分の一がソマリア近海に集中している。今年は、十一月現在で三十五隻の船が乗っ取られ、計約六百人の乗組員が身代金を目当てに人質に取られたという。日本の船も乗っ取りや発砲の被害を被った。安全航行の確保へ、国際社会の連携した取り締まり強化が急がれる。
今回の安保理決議は、一向に後を絶たない海賊行為への強い危機感の表れといえよう。決議は、採択後一年間ソマリア暫定政府の許可を受けた上で、各国に海賊阻止のため「ソマリア国内で必要なすべての措置」を取ることを認めた。主権国の領土や領空への進入容認は異例のことだ。背景には、長引く内戦で事実上の無政府状態が続き、暫定政府が有効な海賊対策を取れない現状がある。
日本にとっても重要な物資の輸送ルートに当たる。政府は、外務省にテロ・海賊対策や航行の安全を担当する海上安全保障政策室を設けた。麻生太郎首相は、海上自衛隊艦艇の派遣を可能にする法整備を指示している。自衛官の正当防衛に加えて、海賊が武力で抵抗した場合の武器使用を容認し、護衛の対象に外国船を含めるなどが柱となりそうだ。
この海域では、すでに欧米などの艦艇が警戒活動に当たっている。日本政府には「他国頼みでなく、取り組みをアピールしたい」との思いがあるのだろう。海賊の根絶へ向けて国際協調を強めるのは当然だ。自国の船を守るため海自艦艇が公海上で取り締まることは認められている。しかし、海賊から攻撃された場合に憲法が禁じている海外での武力行使との兼ね合いや、外国籍の船が攻撃された時の対応も「集団的自衛権」との線引きなど難しい問題を抱えている。なし崩し的に自衛隊の海外派遣が拡大せぬよう、慎重な検討が求められる。
ソマリアの近海で海賊が横行する大きな原因は、一九九〇年代の国連平和維持活動が失敗に終わって以降の国際社会の無関心さにあるといえよう。国際社会は、海賊の制圧という対症療法だけでなく、安定へ目を向けることを忘れてはならない。
タイの新たな首相に野党民主党のアピシット党首が就任し、連立政権を発足させた。民主党は約八年ぶりの政権奪還となったが、国民間の亀裂修復など抱える課題は多い。
混乱が続く背景には、北部や東北部の貧困農民層を中心とするタクシン元首相派と、都市部の保守・中間層に多い反タクシン派の根深い政治対立がある。反タクシン派の市民団体は、ソムチャイ前政権を「タクシン元首相のかいらい」として政権打倒を掲げ首相府や空港を占拠、混乱をきたした。
今月二日に憲法裁判所が、昨年の総選挙で連立与党三党の選挙違反関与を認めたことで事態が大きく動いた。三党への解党命令とソムチャイ氏の政治活動禁止で政権は崩壊した。これを受けた新首相選びで、財界や軍の後押しを受けた民主党が多数派工作に成功した。
タイの再生は四十四歳の若き首相に託された。だが、政権基盤の弱さは否めない。新連立政権内で民主党以外はタクシン派主導の旧連立政権を構成していた中小政党だ。政権運営次第では離脱の可能性もあるだけに閣僚人事にも民主党以外への配慮がうかがえる。手堅い顔ぶれとする一方で、論功行賞重視だと不満の向きもあり、「もろ刃の剣」となりそうだ。
新政権が直面する最大の難題は二分された国民の和解だ。今回の政権交代で亀裂は一層広がった。タクシン派が多い農村部の貧困対策に力を注ぎ、公正な政治を進め、対話による和解の道を模索する必要があろう。
経済の再建も急務である。世界的な金融危機に加え、反タクシン派の空港占拠など政情の混迷が観光に影を落とし、海外からの投資にも不安を抱かせた。信頼を取り戻すためにも混乱の再燃は避けたい。
(2008年12月22日掲載)