余録

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余録:災害報道

 地震で落石が続く険しい山道を、小柄な男がぐったりした若者を背負って歩いている。通り掛かった医師が助けようと声を掛けると、男はこう言って断った。「私の息子です。もう死んでいるんです」。崩れた校舎に押しつぶされた高校1年の長男を、25キロ離れた実家に連れて帰る途中だった▲5月の四川大地震で被災地に一番乗りした中国青年報の林天宏記者はその場面を見て、激しい衝撃を受けた。6日後、男の家を捜し当て、改めて話を聞いた。息子に最後の1日を自宅で過ごさせてやりたいと、あの日、9時間歩き続けたのだという▲まだ入社3年目、28歳だった林記者はメモを取りながら、涙が止まらなかった。現場で走り回った2週間、小学生の息子を失った父や、左足を切断して救出された生存者などを取材して多くの記事を書き、反響を呼ぶ▲その林記者が先週、関西のジャーナリズムを振興する財団などの招きで来日した。阪神大震災を経験した関西で、記者や学生と交流した林記者は「人の死に直面しながら、何もできない記者という仕事に無力感も味わった」と心情を吐露し、それでも書き続けていく決意を述べた▲共産党1党支配の中国は報道は自由ではない。林記者も「災害発生直後は、政府批判はすべきではない」と話したが、権力の監視が使命だと考える日本のメディアとは違いがある▲だが、被災者や遺族に寄り添い、一人でも多くの人に現状を伝えようとするジャーナリスト精神は私たちと違わない。心のこもった災害報道は国境を超えて世界の人々に訴えかけ、国際社会が連帯する力を生み出す。これも国籍や言葉が違っても変わらない。

毎日新聞 2008年12月23日 0時01分

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