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社説

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増税への道筋―社会保障の中身を語れ

 安心できる社会保障制度のために、財源をどのように確保していくのか。その道筋を示す税制改革の「中期プログラム」づくりが大詰めだ。

 焦点の一つが、麻生首相が「3年後」と明言している消費税増税の時期を、政府・与党の方針としてはっきり打ち出すかどうかである。

 首相はすでに、基礎年金の国庫負担割合を来年4月から2分の1へ引き上げることを決めたが、財源は2年分の「つなぎ財源」しかめどがついていない。制度の信頼のためにも、増税の時期を明示して財源確保の道筋を示すことは、譲れない一線だろう。

 これまで、政治は負担増の議論から逃げ続けてきた。その結果、社会保障の財源問題が先送りされ、膨大な借金の山ができた。来年秋までには総選挙がある。この時期に「増税」を打ち出すとは、一大転換である。

 政権基盤の極めて弱い麻生首相がそれを貫けるか、なんとも心もとないが、その勇気と責任感は大いに歓迎したい。

 ただそれには、増税の時期だけでなく、中身の議論も深めてもらいたい。何のために、どれだけ増税するのか。お金の規模や使い道の内容だ。

 政府の社会保障国民会議は、社会保障制度にはほころびが生じているとして、「機能強化」を主張している。高齢化に伴う社会保障費の増加も考えると、消費税率に換算して2015年時点で3.3〜3.5%の引き上げが必要としている。

 一方、政府与党内には「増税は財政再建のため」という考え方が根強い。今の社会保障費のうち、消費税分を除いた年13.8兆円の多くは借金との見方がある。経済財政諮問会議はこの解消を掲げるが、それには、消費税の4.2%の引き上げが必要だ。

 いったい、増税した消費税はどちらに使うつもりなのか、それとも両方なのか。方針がはっきりしないのだ。

 政府内には「いまは3年後に増税という方針だけ決めればいい。中身の議論は先のこと」という声もある。だが、漠然と「社会保障のため」というだけで、使い道のはっきりしない増税をお願いされても、有権者は選挙で判断のしようがないではないか。

 そもそも定額給付金のようなばらまきをしながら「財政再建を」といわれても、だれが納得できるだろうか。削減できる無駄は、社会保障以外の分野でまだまだあるはずだ。

 まず消費税の増税は、社会保障の充実・強化や、これから増える社会保障費を賄うためのものだ、という考え方をはっきり示すことだ。

 増税によって医療・介護のサービスや年金制度はどう変わるのか。改革のメニューと必要な財源の全体像を示さなければ、理解は得られまい。

配偶者への暴力―加害者の更生に本腰を

 元妻を人質に自宅に立てこもり、救出にあたった警官や自らの家族ら4人を銃で死傷させた愛知県の男に、名古屋地裁が無期懲役の判決をくだした。

 配偶者への暴力(DV)が原因で離婚に至ったのに、男は浮気を疑い、復縁を迫った。それが事件の発端だ。

 10カ月の娘を残して殉職した23歳の警察官、半身不随になった55歳の警察官、父に撃たれた息子や娘の心に残した深い傷。あまりに重い罪に比べ、その動機は何と思慮に欠けることか。うなだれて判決を聴く男の姿に、やり切れない気持ちになる。

 事件は警察の銃の取り締まりや救出作戦の進め方に教訓を残した。だが、いまもう一度考えたいのは、男が暴発する前に、我が身を省みさせることはできなかったか、ということだ。

 日本では配偶者間の暴力への取り組みが遅れ、01年にようやくDV防止法ができた。被害者への接近を禁じたり、自宅からの退去を命じたりする裁判所の保護命令は年間2千件を超す。

 しかしそれは被害者の緊急避難策だ。加害者の再教育や更生には何の対策も講じられておらず、傷害罪などで立件されない限り放置されている。

 長年見下し、暴力をふるってきた相手が突然姿を消したことで逆恨みしたり、執拗(しつよう)に復縁を迫ったりする。愛知の男のように騒ぎを起こす例も多い。つきまとわれるため、被害者は職や住居探しにも苦労している。

 米国や英国、韓国では、被害者保護と同時に、加害者へ更生プログラムの受講を命じる制度を設けている。加害者同士で話し合わせ、時間をかけて自分を振り返らせている。英国は参加を怠れば刑務所に収監するなど、強制力をもたせている。

 日本でも、刑の執行猶予期間中や裁判所の保護命令時に、そうしたプログラムの受講を加害者に義務づけることはできるだろう。

 公的資金を使うなら被害者支援が先だという意見も根強い。本当に更生するのかという疑問や、受講を隠れみのにして被害者に再接近する危険もあり、政府は結論を先送りしている。

 自治体や民間団体では、独自の更生プログラムを試行するところも出てきた。政府も具体化に踏み出すべきだ。

 米国で研修し、02年から都内の民間団体で取り組む山口のり子さん(58)は、100人を超す受講生をみてきた。何十年間も暴力をふるってきた人が本当に変わったのか、容易に断言はできないが、やる価値はあるとみる。

 「DVは犯罪です。被害者が逃げ回るしかない、という現状はおかしい」

 07年度、全国の支援センターへのDV相談は6万件を超えた。放置すれば、社会のリスクやコストを高める。加害者とて、破滅させていいわけがない。対策に本腰を入れるべきだ。

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