突き詰めて言えば金正日(キムジョンイル)総書記が生存しているという確証は見当たらない。この奇怪な状況で、北朝鮮は米国によるテロ支援国家指定の解除という悲願を達成した。逆に米側は大失態である。解除の理由に挙げた核計画検証手続きの米朝「合意」は口約束に過ぎず、6カ国協議でも文書化できなかった。
ヒル米国務次官補は「合意」を北朝鮮が否定した後、訪米した韓国議員団に嘆いたという。「北朝鮮は交渉すればするほど難しくなる相手だ」。いまさらそう悟るほど予備知識がなかったのかと驚かざるをえない。
米国が北朝鮮の核開発を放棄させようと交渉を始めたのはクリントン政権時代の93年。以来16年近くを経て、問題は解決しないどころか悪化した。米外交史上、稀有(けう)なことである。
さて、金総書記の健康不安説についてだ。確かな現状は今も外部に示されていない。
北朝鮮の官営メディアによる総書記の動静報道は8月15日から50日間途絶えた。脳卒中かそれに近い発作を起こしたというのが韓国情報当局の見立てだ。総書記が軍部隊や各種施設を視察したとする11月以降これまで10件余りの報道を見ると、左手の状態に不自然さの漂う写真が数枚ある。発作の後遺症だとすればつじつまは合う。
ただ、総書記の病状が悪化し義弟が政務を代行しているとの情報もあり、「写真は本物」と太鼓判を押すのがためらわれるのも事実だ。
一方、やはり北朝鮮メディアによると、最近、新年に向けた年賀状が胡錦濤中国国家主席から金総書記に送られてきた。平壌の中国大使館は北朝鮮側の古参幹部を招いて宴会を催し、協調を誓い合った。
これとは対照的に、拉致問題を理由に北朝鮮へのエネルギー支援を見合わせている日本と、政権交代で北朝鮮の希望通りには動かなくなった韓国に対しては、ののしるような非難報道が連日続いている。対米批判もあるが、こちらはさほど激越なトーンではない。
込められている意味は明白だろう。北朝鮮は引き続き中国を命綱とし、日韓の軟化を狙って揺さぶりをかけ、米国の新政権とはうまく取引しようと考えている。金総書記その人の戦略かどうかは別にして、いかにも北朝鮮らしい。
すると特に中国と米国がしっかりした「対話と圧力」の路線で北朝鮮に向き合うことが重要だ。両国が甘い姿勢で臨めば北朝鮮の核廃棄は実現しない。日本も知恵を出して一翼を担い、未曽有の成果につなげたい。
毎日新聞 2008年12月21日 東京朝刊