『空の穴』『青春☆金属バット』など、ダメ男を描いてきた熊切和嘉監督が女性映画に挑戦。
主人公は36歳のダメ女。リアルにダメさを感じる、この女性像はどこからきたものなのか。
久しぶりのオリジナル脚本で新境地を見せる
映画監督・熊切和嘉。大学の卒業製作だったスプラッター映画『鬼畜大宴会』の衝撃デビューから早10年。長編映画では'01年の『空の穴』以来のオリジナル作品『ノン子36歳(家事手伝い)』を完成させた!
「最近は原作モノが続いていて、それでも“渋谷が舞台”みたいな自分とかけ離れた話は断っていたんですが(笑)、今回は久々のオリジナルだけに原点回帰をしてみたかったんです。原点といっても『鬼畜…』より『空の穴』の方ですけど」
血みどろの『鬼畜…』は「フラれた腹いせに作った」と苦笑する熊切監督だが、ダメ男の身勝手な恋を描いた『空の穴』も実は「同じ女性にフラれた体験がもとネタ」とか。ただし今回の趣向は得意の“ダメ男映画”ならぬ“ダメ女映画”。元アイドルの三十路女性の実家暮らしを、驚くほどリアルに描いてみせた。
「僕も成長したというか、さすがに大人になったというか、昔に比べると女性をもっと本気で好きになったりもしたわけです(笑)。見た目だけじゃなく、内面も。情緒不安定な部分だって愛おしいみたいな。あと僕も脚本の宇治田隆史もわりと年上好きで、ノン子みたいにくすぶってる女の人っていい……みたいな妄想ですね(笑)」
愛おしく思う“年上の女性”像が、無気力だけどプライドは高く、酒癖が悪くてグチっぽい──というのが熊切監督の面白さ。そして本当にグダグダなヒロインが、特にいいところを見せないばかりか嫌な部分まで赤裸々に暴かれるのに、観客の共感を勝ち得てしまうのが素晴らしい。
「たぶん嫌われ者を描きたいんですよね。普通なら主人公にならなそうな人の孤独や哀しみに寄り添って、ウソ臭い希望には持って行かず、最終的に愛おしく思えたらいいなと」
イタ過ぎる女の生き様を、優しく辛らつに、そしてエロティックかつユーモラスに描いた熊切監督の新境地。男性も女性も必ずや身近に感じられる“三十代の青春映画”である。
大胆な性描写に注目!?
主演の坂井真紀と話し合って臨んだ長いラブシーン
本作で話題を呼んでいるのが、ノン子役の坂井真紀が演じた大胆で濃密な性描写。女優が脱ぐと「体当たりで演技開眼!」と騒がれるのが日本映画の伝統だが、特に鶴見辰吾を相手にした長いラブシーンは、本当に他人の私生活を覗き見している気分にさせられる──という意味でショッキングですらある。
「坂井さんとも、ウソっぽいものにはしたくないねと話していました」
と熊切監督は言う。
「飯食ったり、煙草吸ったりと同じように、当たり前にそういうシーンも描きたかったんです。あと、ふたつあるラブシーンは全然違う撮り方をしてますが、共通しているのは“その過程を省略することは止めよう”ですね。ハリウッド映画って外でキスをして、オーバーラップすると次の場面ではベッドにいたりしますよね。それが嫌で。こっちはしつこいくらいに過程もリアルタイムで描こうと。単に僕がしつこいだけなのかもしれませんけど(笑)」
見事、熊切監督の狙いに応えた坂井真紀。性描写に止まらず、完全に“あて書き(役者を想定して脚本を書く)”だっただけに、一世一代のハマリ役になったことは間違いない。
「ぴあ」1.8号より
文:村山章
くまきり・かずよし
'74年、北海道生まれ。'97年のPFF準グランプリとなった『鬼畜大宴会』が一般公開されて監督デビュー。
(C)2008「ノン子36歳(家事手伝い)」Film Partners
大火災に見舞われたデパート跡の警備員に雇われた元刑事のベン。夜勤担当となった彼は、焼け残った大鏡に底知れぬ恐ろしさを覚える。やがて彼の前任だった警備員の変死体が発見され、火災に関する新聞記事がベンのもとへ届く…。
[監督]熊切和嘉
[出演]坂井真紀/星野源/津田寛治/佐藤仁美
『ノン子 36歳(家事手伝い)』作品情報 & 予告編
「坂井真紀の魅力を語る」東京フィルメックスレポート
埼玉先行上映での初日舞台あいさつ