【28歳のシロクマ・総括】(2004.1/30)

  去年の自分がいかに上滑っていたか、比較してみると解る。

  再び齢をとる日が近づいてきていた。
 もうすぐ、私ことシロクマは28歳であることをやめ、29歳へと加齢する。
 もちろん実際は一気に老け込むわけではなく、この変化は連続的なもの
 だけれども、誕生日という「節目」は、自分自身のライフイベントを概括
 するには非常に適している。

  かつてない挫折と失敗、迷惑と罪にまみれた一年だった。

  四国八十八カ所巡りに行きながらも、御仏の教えに多大なる興味と敬意を
 抱きながらも、一方では同居人を裏切り、そして最後には別れてしまった
 (いや、視点を変えればこれは必然だったとも言える。あるいは、よくある
 痴情のもつれ、とも言える。だが、だからと言って私の罪業が正当化される
 わけではない)。彼女一人に迷惑をかけただけならまだしも、双方の家族に
 多大なる負担と落胆を与え、私の知人にも多くの心配をかけてしまった。
 これまでの人生の中でも他人に迷惑をかけたり申し訳が無いことをしてしまった
 ことは多々あるが、自分の意志が原因になって、しかもここまで多数の人を
 巻き込んだ罪業は生まれて初めてのものであった。今後、いかに徳行を
 重ねようとも十善戒などを守って節制を守った生活を志向しようとも、
 28歳時に「主体的に」犯してしまった罪は決して消えることはない。
 流れ流され犯した罪よりも、自分の意志がもとで犯した罪は遙かに罪深い。
 いや、これは個人的な感傷に過ぎないのかもしれないが、しかし私は
 そう思う。人によっては「主体的に犯した罪なんぞ、現代的な新しい風潮や
 思想を奉じればそれで帳消しにされるという見方もできなくもない」とか、
 もうちょっと古く「君の行いも、所詮構造的なものなのだよ」と言い切って
 しまうかもしれないが、そんなのは私の好みではないし、そんな考え方
 だけを採用しては、人生が無味乾燥になってしまう可能性が高い。
  これらの事を肝に命じながら、これから先の長い旅路を歩いていこう。
 自らの主体性と責任性を失わずに生きていこうと思う以上は、自分の
 行動で得られた収穫は全て自分のものである一方、自分の行動で犯した
 過ちや罪もまた全て自分のものであることを、決して忘れてはならない。
 ゆえにこそ、同じ過ちは決して繰り返してはならない。
 もし未来の私がこのことを忘れたなら、28歳の私は未来の私を侮蔑するだろう。

  また、今年は(精神科医としては得難い経験とはいえ)二度と経験したくない
 かなりひどい病を得てしまった点でも、かつてない試練の年だった。
 うつ病、それもメランコリー親和型の典型的なうつ病にかかるとは。
 うつ病は、原因があってはじめて結果として発病することが多く、
 今回の私の発病も、複数の発病因子が複合して発生したことは疑う余地が
 無い。今回の発病リスクファクターの中核には「愛する人も、自分自身も、
 周りの人も裏切った罪悪感」が存在し、それに関係して引っ越し・生活リズム
 の乱れ・やけになって仕事や旅行や勉学に没頭等々が付随して破綻に至った
 ことは明白である。また、2001年末にスタートした、脱オタク&コミュニケーション
 スキル獲得のための五カ年計画によって、自分自身が急激に改造されて
 いったことによる疲弊や無理が、どこかに溜まっていたのかもしれない。
  ともかくも、いったん発病してしまった後の地獄は、もう二度と経験したく
 ない、異様な世界だった。精神科医としては得難い経験とはいえ、一個人と
 してはあんな世界に逆戻りは死んでもなんでも嫌である。
 だから、私は今回のような発病を繰り返してはならない。
 節制を守り生活を律していかなければならない。
 発病予防という観点からも、主体的悪行・主体的罪業は避けなければならない。
 そして自己啓発五カ年計画も、ペースが速すぎたような気がするから、スロー
 ダウンしなければならないだろう。実際、うつ病がまだまだひどかった頃は、
 殆ど寝て過ごしていたし、快復の兆しが見え始めた頃も、コミュニケーション
 にはあまり貪欲にならず、かつての故郷――オタク趣味という故郷――に帰って
 自らの傷を癒していた。シビライゼーション3との出会いは、そういう意味で
 非常に大きかった。箱庭療法に似て、かのゲームは私の精神を随分と楽に
 してくれた。Double your Pleasureの日本語化も、モノづくりの幸福を存分に
 味わう機会を与えてくれた。これらは、うつ病がかなり快復してきた時期に
 大きな支えとなった。
 やはり、私は本質的にオタクなんだろう。
 辛い時には、やっぱり故郷が恋しくなる。
 本当は、私はオタクワールドに漬かりきっていたほうが気楽で、外部の
 人達とのコミュニケーションを少なくしたほうが楽なのかもしれない。
 もちろん、今更後戻りなぞ出来る筈もないのだが。


  大きな罪と、大きな病。
 そしてそれらが、自分の意志で招いた不徳の結果であるということ。
 私は自分自身の判断によって、28歳の私の一年間に決定的な打撃を与えた。
 それは、誰にも罪をなすりつけることのできない、自分自身の失敗である。
 28歳の私は、いかにも若造らしく、自分に全ての権利がある一方で自分に
 全ての責任があると考える。そして28歳は、そのような観点から見ると
 大いに自己責任を問われる一年だったと総括することができる。
 間もなく始まる29歳の一年間、そしてその後の何十年間(??)は、
 28歳の私が犯した罪業や失敗を教訓として、生きていかなければならない。
 もし、同じ間違いを繰り返すのならば、私も所詮そこまでの人間だということだ。
 厚顔無恥でエレガントさに欠けた、我田引水と責任転嫁と無反省を旨とする
 「ある種のモダンスタイル」に堕ちることになるだろう。
 それが嫌なら、28歳の私の事を未来の私は忘れてはならない。
 今年日記に綴った様々な省察を、若気の至りと笑ってはならない。

  忘れてはいけない、全てを記憶せよ。
 失われた可能性と犯した罪を。
 それらを引きずって生きていくことを、私は未来の自分に要求する。
 苦しく辛いことかもしれないが、28歳の私と同じ過ちを繰り返すよりはマシだ。
 もっとマシな自分になるために、汚い自分から目を逸らさずに生きよ。

  頼むぞ、29歳以降のシロクマよ。
 お前の過去である私は、こんなにも非道いことをやって滅茶苦茶になって
 しまったが、お前達は同じ馬鹿は繰り返すなよ。そして、教訓と内省を
 胸に、必ず復興を成し遂げろよ。28歳に失ったものを補って余りある未来を、
 自らの判断と節制によって築きあげろ。いつまでも懺悔はしなければ
 ならないけれども、いつまでも後悔するのはあまり良くない。
 罪と過ちを引きずりながらも、活動と自己改造の限界に注意を払いながらも、
 再び前を向いて立ち上がれ。28歳末の私はまだナイトブルーの暗闇の世界を
 彷徨しているが、東の空は、少しづつ明るくなり始めている。

  29歳の私よ、新しい日の出の時は決して遠くはない。
 復興を果たせ、そして今以上に強くなれ。
 今までだって何度も切り抜けて来たんだから、今度も何とか出来るはずだ。
 努力と節制と学習によって、この試練を克服するんだぞ。





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