【カイロ高橋宗男】「機会があれば、ブッシュに靴を投げつけてやりたい」。14日、バグダッドでの記者会見で、ブッシュ米大統領に靴を投げつけ拘束されたイラク独立系テレビ「バグダディヤ」のザイディ記者(29)は、同僚らにそう語っていた。アフガニスタンとイラクへ侵攻したブッシュ大統領の任期終了間際に起きた事件は、アラブ社会の根深い反米、反ブッシュ意識を改めて浮き彫りにし、オバマ次期政権に「米国への信頼回復」という重い課題を突きつける。
同僚の一人はAFP通信に「彼は米国を、米兵を、ブッシュを忌み嫌っていた」と証言した。
イラクからの報道によると、ザイディ記者はイスラム教シーア派対米強硬派のサドル師派が牙城とするサドルシティー出身。しかし政治的には共産党を支持し左翼系思想の持ち主とみられる。自室にはアルゼンチン生まれのマルクス主義革命家、チェ・ゲバラのポスターが張られ、兄弟の一人はAP通信に「米国による物質的占領とイランによる精神的占領を憎んでいた」と語った。
同記者は昨年11月に武装組織に誘拐され、今年1月には米軍にも拘束された。また、米軍とサドル師派の民兵組織マフディ軍の衝突の現場も取材。米軍の爆撃によるイラク人の被害をつぶさに見てきたことで、「占領」に対する憎悪を深めてきたとみられる。
「自己顕示欲の強い性格」(同僚)が「事件」に影響したとの見方もある。
同記者の行為については、イラク国内にも「ジャーナリストは靴ではなくペンで勝負すべきだ」との声が出ている。しかし6年近くに及ぶ米軍の駐留に不満を抱く国民の多くが、「国民感情を代弁した」と留飲を下げたことは確かだ。
アラブ世界でも、同記者の行動を称賛する動きが広がる。リビアのカダフィ大佐の娘が主催する慈善団体が「勇敢な行為」として同記者を表彰したほか、レバノンのシーア派民兵組織ヒズボラは「同記者を英雄とみなすべきだ」と主張している。
同記者は要人侮辱罪で最低2年間の禁固刑を受ける可能性もあるが、内外で即時釈放を求める声が高まっている。
毎日新聞 2008年12月17日 東京朝刊