世界一過酷な清掃活動:野口健(アルピニスト)(1)
死の世界で捨てた酸素ボンベ
最近、私を登山家と知らない人が増えている。先日、食堂で食事していたら店の主に「アルピニストの野口健さんですよねぇ」と声を掛けられ、「ファンなんですよ! サインください」と色紙を渡された。たしかに彼は「アルピニスト野口健のファン」と発言した。そこでシンプルに「エベレスト登頂 野口健」と色紙に書いたら「えっ 野口さん! エベレストに登ったことがあるんですか!」と驚かれ「そりゃ 登山家ですから!」とついついムキになってしまった。そうしたら「えっ! 登山家だったんですか!」ときた。「さっきアルピニストのファンっていっていたじゃない。何だと思っていたの?」と聞いたら「いやぁーアルピニストって……ほら、野口さんゴミ拾いやっているじゃないですか。つまりゴミ拾いの専門家というか……」と真っ赤な顔させながら、しどろもどろになっていた。
そしてとんでもない電話が私の事務所にかかってきて、いきなり東北弁なまりで「野口さんですか? おらの裏山を綺麗にしてくれんかね」と自身が保有する山の清掃を依頼してきた。不法投棄に悩まされていたとか。「僕はべつに清掃屋じゃないので」とやんわりと断ったら「テレビで山を綺麗にするといっていたでしょう!」と一方的に叱られ、「冗談じゃないぜ!」と反論しようとしたら「あんたは嘘つきだ!」とガチャンと電話を切られた。
こんな事はまだ序の口。あるときには、事務所のスタッフと気持ちよくバーで飲んでいたら隣にいた見知らぬサラリーマン連中が「あんたらは、ゴミ拾ってテレビに出ているんだ! こんなところで飲む暇があったら表でゴミでも拾っとけ!」と噛みついてきた。これにはカチンとなり「表に出ろ! おまえらをゴミ箱にぶち込んでやるわい」と声を上げたら、スタッフの「野口さん、我慢です。我慢してください。暴力事件はヤバいです」の声に我に返り、たしかにここで殴ったら大変なことになると自身を落ち着かせようとしたその瞬間、中年サラリーマンが私のスタッフに蹴りを入れた。それでもスタッフと耐えなければならない。よく有名税といわれるが、こういうときはつらい。ただ、人様を蹴っておいてタダとはいかないので、その蹴ってきた中年サラリーマンのワニ革の高級ベルトを取り上げ、スタッフに「これで辛抱してくれ」と渡したら「マジっすか! ちょうどベルトがほしいと思っていたんですよ!」と喜んでくれた。驚いたことにその酒乱おじさんの名刺を取り上げてみたら、某大手メーカーの広報部長だった。なんてこった。
富士山やエベレストでゴミを拾いつづけて約10年間。本当にいろいろな事がありました。そもそも私は環境問題なるものに興味も関心もなかった。高校時代に落ちこぼれ、イライラし喧嘩に明け暮れ、先輩を殴り停学となる。停学中に登山家の植村直己さんの著書『青春を山に賭けて』と出合う。そこで植村さんも落ちこぼれだったことを知る。狭い日本でつらそうにしていた植村さんが世界に飛び出し冒険活動を続けているうちに生き生きとしていくのを感じ、それがきっかけで私は「何か」を求めて登山の世界に飛び込んだ。つまり、元は落ちこぼれの悪がきである。落ちこぼれ少年が環境問題に関心をもつわけがない。自身の居場所、表現手段を求めてがむしゃらに山に登る日々が始まる。いつしか世界七大陸最高峰登頂が私の夢となり、10年間に及ぶ各大陸最高峰への挑戦が始まった。
あまり大きな声でいえないが、世界中の山に登りながら私も「ポイッ」としたことがある。とくに酸素ボンベは重たかった。中身は純酸素であり、満タンであろうが空であろうが背負っていて感じる重たさは同じ。山頂に向けてのアタック中ならまだしも、登頂後に下山が始まったころからボンベの重たさが苦痛になる。エベレストでは最終キャンプから頂上往復でざっと18時間はかかる。1本の酸素ボンベは6時間ほど吸える。したがって通常3本の酸素ボンベを背負い空になったら交換するのだが、この空ボンベを下ろすのがじつに大変。エベレストの遭難者のうち6〜7割が下山中。階段を上っているときに転んでも手がつくが、階段を下っているときに転んだら転がり落ちていくのと同じ。また山頂に到達した達成感から緊張感の糸がプツンと切れてしまうこともある。また下山中は午後になり天候が不安定となる。つまり遭難への要素がたっぷりと含まれている。初めて8000メートル級のヒマラヤに挑戦したときも下山中はフラフラとなり、また遭難者の凍りついた遺体が至る所に放置されたまま。まさしく死の世界なのだ。余裕がなくなり空になったボンベ3本を岩陰に並べて置いてきた。このとき、まさか将来ヒマラヤで清掃活動を行なうなど微塵にも感じていなかったので、ボンベにマジックで大きく「KEN NOGUCHI」と名前を書いてしまった。いずれあのゴミが発見され「野口健のゴミだ!」と批判されるのだろう。しかし、先に述べたように環境問題などまったく頭の片隅にもなかった。
最近、私を登山家と知らない人が増えている。先日、食堂で食事していたら店の主に「アルピニストの野口健さんですよねぇ」と声を掛けられ、「ファンなんですよ! サインください」と色紙を渡された。たしかに彼は「アルピニスト野口健のファン」と発言した。そこでシンプルに「エベレスト登頂 野口健」と色紙に書いたら「えっ 野口さん! エベレストに登ったことがあるんですか!」と驚かれ「そりゃ 登山家ですから!」とついついムキになってしまった。そうしたら「えっ! 登山家だったんですか!」ときた。「さっきアルピニストのファンっていっていたじゃない。何だと思っていたの?」と聞いたら「いやぁーアルピニストって……ほら、野口さんゴミ拾いやっているじゃないですか。つまりゴミ拾いの専門家というか……」と真っ赤な顔させながら、しどろもどろになっていた。
そしてとんでもない電話が私の事務所にかかってきて、いきなり東北弁なまりで「野口さんですか? おらの裏山を綺麗にしてくれんかね」と自身が保有する山の清掃を依頼してきた。不法投棄に悩まされていたとか。「僕はべつに清掃屋じゃないので」とやんわりと断ったら「テレビで山を綺麗にするといっていたでしょう!」と一方的に叱られ、「冗談じゃないぜ!」と反論しようとしたら「あんたは嘘つきだ!」とガチャンと電話を切られた。
こんな事はまだ序の口。あるときには、事務所のスタッフと気持ちよくバーで飲んでいたら隣にいた見知らぬサラリーマン連中が「あんたらは、ゴミ拾ってテレビに出ているんだ! こんなところで飲む暇があったら表でゴミでも拾っとけ!」と噛みついてきた。これにはカチンとなり「表に出ろ! おまえらをゴミ箱にぶち込んでやるわい」と声を上げたら、スタッフの「野口さん、我慢です。我慢してください。暴力事件はヤバいです」の声に我に返り、たしかにここで殴ったら大変なことになると自身を落ち着かせようとしたその瞬間、中年サラリーマンが私のスタッフに蹴りを入れた。それでもスタッフと耐えなければならない。よく有名税といわれるが、こういうときはつらい。ただ、人様を蹴っておいてタダとはいかないので、その蹴ってきた中年サラリーマンのワニ革の高級ベルトを取り上げ、スタッフに「これで辛抱してくれ」と渡したら「マジっすか! ちょうどベルトがほしいと思っていたんですよ!」と喜んでくれた。驚いたことにその酒乱おじさんの名刺を取り上げてみたら、某大手メーカーの広報部長だった。なんてこった。
富士山やエベレストでゴミを拾いつづけて約10年間。本当にいろいろな事がありました。そもそも私は環境問題なるものに興味も関心もなかった。高校時代に落ちこぼれ、イライラし喧嘩に明け暮れ、先輩を殴り停学となる。停学中に登山家の植村直己さんの著書『青春を山に賭けて』と出合う。そこで植村さんも落ちこぼれだったことを知る。狭い日本でつらそうにしていた植村さんが世界に飛び出し冒険活動を続けているうちに生き生きとしていくのを感じ、それがきっかけで私は「何か」を求めて登山の世界に飛び込んだ。つまり、元は落ちこぼれの悪がきである。落ちこぼれ少年が環境問題に関心をもつわけがない。自身の居場所、表現手段を求めてがむしゃらに山に登る日々が始まる。いつしか世界七大陸最高峰登頂が私の夢となり、10年間に及ぶ各大陸最高峰への挑戦が始まった。
あまり大きな声でいえないが、世界中の山に登りながら私も「ポイッ」としたことがある。とくに酸素ボンベは重たかった。中身は純酸素であり、満タンであろうが空であろうが背負っていて感じる重たさは同じ。山頂に向けてのアタック中ならまだしも、登頂後に下山が始まったころからボンベの重たさが苦痛になる。エベレストでは最終キャンプから頂上往復でざっと18時間はかかる。1本の酸素ボンベは6時間ほど吸える。したがって通常3本の酸素ボンベを背負い空になったら交換するのだが、この空ボンベを下ろすのがじつに大変。エベレストの遭難者のうち6〜7割が下山中。階段を上っているときに転んでも手がつくが、階段を下っているときに転んだら転がり落ちていくのと同じ。また山頂に到達した達成感から緊張感の糸がプツンと切れてしまうこともある。また下山中は午後になり天候が不安定となる。つまり遭難への要素がたっぷりと含まれている。初めて8000メートル級のヒマラヤに挑戦したときも下山中はフラフラとなり、また遭難者の凍りついた遺体が至る所に放置されたまま。まさしく死の世界なのだ。余裕がなくなり空になったボンベ3本を岩陰に並べて置いてきた。このとき、まさか将来ヒマラヤで清掃活動を行なうなど微塵にも感じていなかったので、ボンベにマジックで大きく「KEN NOGUCHI」と名前を書いてしまった。いずれあのゴミが発見され「野口健のゴミだ!」と批判されるのだろう。しかし、先に述べたように環境問題などまったく頭の片隅にもなかった。
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月刊誌『Voice』は、昭和52年12月の創刊以来、激しく揺れ動く現代社会のさまざまな問題を幅広くとりあげ、つねに新鮮な視点と確かなビジョンを提起する総合誌です。
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- 野口健公式WEBサイト
- エベレストに放置された日本のゴミ - 野口健 (環境goo)
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