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パリの路地裏小割烹、ミシュラン星のワケ

2008年03月23日

 今月6日に発売されたミシュランガイドの仏国内版で、和食として初の一つ星を獲得したパリの割烹(かっぽう)「あい田」は、店内たった18席。仏最小規模の星付きレストランだ。大規模店を評価してきたミシュランの方針が変わったのか。フランスに和食ブームが到来するきっかけとなるか。

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「あい田」のシェフ相田康次さん=パリで

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住宅街に溶け込むようにたたずむレストラン「あい田」=パリ7区で

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「あい田」の所在地

 ■カウンター接客貫いた

 子牛と牡蠣(かき)のたたき、ホタテのからすみあえ、ブルターニュ産サバの棒ずし。90ユーロ(約1万4千円)、110ユーロ、160ユーロと3種あるコースで次々と出てくる料理は、フランスの新鮮な食材と日本から取り寄せた材料を掛け合わせた工夫が光る。日本人好みの微妙な舌触りの中に、明確な味わいが息づいている。

 「あい田」があるのはパリ中心部、仏最古の百貨店「ボンマルシェ」裏の路地。気をつけないと通り過ぎてしまいそうな地味な店構えだ。

 「わざと目立たない場所を探したのです。少しずつお客様が入ってくれた方がいいと思って」とシェフの相田康次さん(39)。店内はカウンター中心。日本だと横丁の小さな居酒屋程度の大きさだ。スタッフは7人だが、名物の鉄板焼きなど主な調理は相田さん自身が1人で担う。

 相田さんは元「いいとも青年隊」という経歴を持つ。新潟県三条市の割烹旅館に生まれたが、17歳の時、所属していたモデル事務所の紹介で86〜87年の1年半、フジテレビ系「笑っていいとも!」に、アシスタントのコンビ「いいとも半熟隊」(4代目いいとも青年隊)の1人としてレギュラー出演した。

 ただ、もともと芸能界への関心は薄く、実家が経営する東京の割烹店で調理人として修業を積んだ後の97年、あこがれていたパリに渡航。レストランで働いたりアルバイトをしたりして生活を築き、ワインの日本への輸出に携わりながら高級ワインを買い集めて開店準備を進めた。こうした経緯から、あい田のワインリストの充実ぶりは、ミシュランからも高く評価された。

 ただ、店のスタイルは星付きレストランとしては異色だ。通常の星付き店では、シェフのもと何十人ものスタッフが働く。ミシュランは運営・経営の安定性を重視してきたからだ。小規模店は味にばらつきが出たり、突然店を閉めたりする恐れがある。

 相田さんも実際、ミシュランのこの傾向を知る人々から助言を受けたという。

 「このスタイルでは星は取れないよ」

 「デザートを強化しなければ。チョコレートケーキを用意したら」

 そう言われると、気にかかった。05年の開店当初から、星獲得は最大の目標だったからだ。しかし「やはり自分は自分のやり方で」と思い、客一人ひとりの料理に目配りできるよう、少数席カウンター方式を貫いた。今年2月には、店内改修でさらに2席減らしてしまった。それでも星を獲得できたことについて、「時代がよかった。10年前なら取れなかったでしょう」と相田さんは言う。

 ■フランス人に和食ブーム

 追い風の一つは、仏国内での和食の広がりだ。

 健康志向の高まりから、カロリーが比較的低く、しかも素材の持ち味を生かしているとして、すしを中心とする和食への関心が近年急速に高まった。いまパリの和食店は数百店。人気を当て込んで和食店にくら替えする中華料理店が後を絶たない。しょうゆもかつお節も、フランス人にすっかりおなじみだ。

 フランス料理の有名店でも、近年は和食の要素を採り入れるところが多い。多くの有名シェフたちは日本を定期的に訪れ、和食の調理法や食材を学ぶ。

 ビジネス客の増加から、時間も費用もかかる伝統的な店よりも手軽で小規模な店が人気を呼ぶ傾向が出てきたことも、プラスに働いた。ミシュランも最近、小規模店や軽い料理の店の紹介に力を入れている。

 逆に、伝統的な名門レストランへの評価は年々厳しい。今回も、2世紀近くパリの社交界の中心としてユゴー、デュマ、サルトルら多くの文化人を集めてきた三つ星「グラン・ヴェフール」が二つ星に格下げされた。昨年は、33年間三つ星の座を守り続けて「三つ星レストラン」の代名詞と言われた「タイユバン」が二つ星に降格。これは「あい田」の星獲得と表裏の現象といえる。

 フランスで星を持つシェフは、その名声を元に系列店を展開するなど華々しくビジネスに乗り出すケースが多い。「だけど、私は職人として、この店でずっとやっていきたい。プロデューサーになる気はありません」と相田さん。その心意気はフランス人にも伝わっていると考えている。

     ◇

 〈ミシュランガイド〉 仏タイヤメーカー「ミシュラン」が発行するガイドの総称。特に、ホテルやレストランを格付けする赤い表紙のシリーズを指すことが多い。仏国内版やニューヨーク版など21種類のガイドが22カ国の都市をカバーしており、昨年アジアで初めて出た東京版も含まれる。公式には、星の基準は「世界共通」だが、実際にはパリでの星の獲得が最も難しいといわれる。今年の仏国内版はホテルやレストラン計8655軒を掲載。レストランは最高の三つ星が26店、二つ星が68店、一つ星が435店だった。

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