どこもかしこも不況のご時世、やたらと活発な場所があった――フィナンシャル・タイムズ
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(フィナンシャル・タイムズ 2008年12月7日初出 翻訳gooニュース) ルーシー・ケラウェイ
ここ1カ月の間に、私は247人もの男性とお知り合いになった。たった4週間で素早く数字を積み上げていったわけだが、それだけ身を入れてがんばったのだから当然の成果だ。フィナンシャル・タイムズ(FT)からサバティカル(長期休暇)をもらっていた間、私はネットの不倫サイトに足しげく通って、ひたすら、滅多やたらと、赤の他人にメールをしまくっていたのだ。不況で沈滞する街でいまや最もホットで活発な活動に、そうやって参加していたというわけだ。
ネットで新しくボーイフレンドになった人たちの中には、かつては権勢を誇るヘッジファンドのマネージャーだった人もいるし、今回のことで急に手持ち無沙汰になった元銀行マンも何十人といる。そのほか起業家が何人か、会社社長もいろいろ、有名なミュージシャンもいるし、企業顧問の弁護士も何人か。法廷弁護士が数人のほかに、なかなかセクシーな建築作業員が約1名。
「記者には4年に1回、自己啓発のために4週間の有給休暇を与えるべし」とFTが決めたとき、さすがにこういう時間の使い方は想定していなかったと思う。考えてみれば私自身、こんな風に長期休暇を費やすつもりはなかった。休暇に入る前、私はこの時間を使って小説を書くつもりだったのだ。
問題のサイト「Illicit Encounters(秘められた出会い)」は、熱気でむんむんする公衆浴場のような場所だ。23万人の会員のほとんどは専門職についている既婚者。お互いにお互いのことを、バーチャルな湯気の合間から覗きあって品定めして、そしてこの人なら愛人にと思う相手を探している。
このサイトを訪問していて、私はあることに気づいた。職業欄に「金融関係」とある人たちの動きが、やたらと活発なのだ。IDが「アルファ123」とか「Civilised(洗練された)1」とか「シティの紳士」とかいう人たちが何度も何度も、私にアプローチしてきた。そういう人たちの話はみな同じ。いわく、「仕事順調な銀行マンです。いま少し時間に余裕があるので、ときめき(あるいはラブ、あるいはロマンス、あるいはお手軽なセックス、などなど)を求めています」なのだそうだ。
興味をひかれたので、いったいこれはどういうことなのかと、サイト運営者に質問してみた。運営会社によると、今年9月以来、金融業界で働くロンドン在住男性の登録数は300%近くも激増したのだという。どうやら、雇用市場が冷え込めば冷え込むほど、不倫の市場は熱気を帯びるようだ。
数字だけでもびっくりしたのが、実際にサイトに登録していた男たちはもっと驚きだった。私がやりとりした相手は皆、決して女たらしなどではなく、いやらしく物欲しげでもなかった。ほとんどの場合、不倫しようなどという体験は今回が初めてで、かっこいい色男というよりは、お隣に住む禿げかかった銀行マンという典型的なタイプがほとんどだった。
このサイトを実際に使ったことがあるから良く知っているという以外の読者のみなさんに、サイトの仕組みを少し説明した方がいいかもしれない。まず、秘密を守るために、全員が仮名を使っていて、自分の顔写真は気に入った相手にだけ見せることになっている。ただしこれは私にとってネックだった。というのも、FT読者のオンライン率が実に高かったからだ。私の写真を一目見るや、「うわっ! あなた、ルーシー・ケラウェイ?」と怯えて逃げていってしまった人は複数人になる。
FTを読んでいる人たちにこうやって会ってしまったばかりか、かつてFTで書いていた人に出くわしてしまったりもした。おかげで私は、オフィス・エチケットの全く未知なる新分野に触れる羽目になったわけだ。つまり、不倫サイトで知り合いに出くわしてしまったら、どう振る舞うのが正解なのかと。そういう事態は今や、しょっちゅう発生しているのではないだろうか。
そして実のところ、不倫男たちの生活に4週間たっぷりかけて潜入した結果、私が得た結論とはまさにそれだ。男たるもの全て、この世の全ての男が、このサイトを使って二重生活を送っているのではないか。私はそう疑っている。
先週のことだが、ハーバード・ビジネス・スクールでマーケティングを教えるジョン・クエルチ教授と昼食をご一緒した。そのとき私は教授に、これはいったいどういうことだと思うか尋ねてみた。これほどのたくさんのビジネスマンが、しかも責任ある立場の幹部クラスのビジネスマンが、不況となった今、こんなにも不倫を求めているというのは何故なのだろうかと。
教授いわく、不況となると誰もが、ギュッと抱きしめてハグしてもらいたいのだそうだ。けれども私は、それは説明としてはお粗末だなと思った。ハグしてもらうだけなら、何も自分の結婚生活をリスクにさらさなくても良いのでは? もっと簡単な方法があるはずでしょう。たとえば自分の子供をギュッとハグするとか。あるいはそこまで必死なら、自分の伴侶をハグするとか。その方がずっと簡単だし安全なのに。
まさにそこがポイントなのだと教授は言う。リスクがあるからこそ、引きつけられるのだと。銀行マンたちは今、リスク欠乏症に陥ってるのだと。彼らのビジネスライフは今や否応なく、強制的に、リスクを排除したものになってしまった。なので銀行マンたちは今度はプライベートにリスクを増やして、そうやってバランスをとっているのではないかと。
もしこれが本当ならば、マクロ的な影響はどうなるのだろう。金融市場でリスクをとる代わりに、家庭生活の市場でリスクをとるという大規模なシフトがあったのだとして、今後その結果、家庭生活が大々的に不安定となって乱高下し、離婚率が急騰するなどの影響が出るのだろうか。
不倫のためのお行儀のいい市場を提供することで、むしろ家庭生活の安定を提供しているのだ、というのがこのサイトの創始者たちの言い分だ。そしてこのサイト利用者の7割は、離婚する代わりに不倫関係を求めているのであって、離婚に至る前段階として不倫を求めているのではないと答えている。これはただ笑い飛ばせばいいというものでもないだろうが、いずれにしても、白か黒か結論を出すにはまだ時期尚早すぎるように思う。
とはいえ、このサイトで1カ月過ごした経験から、私は3つの結論に至った。これに関しては決して時期尚早ではない。ひとつは、まだ仕事がある人たちはなぜか9時から5時までの間に異様なほど暇を持て余している様子だということ。そしてもうひとつは、嘘をつかない人はいないということ。誰もが、自分の年齢を少なく申告して、自分の魅力の程度やジムに行く回数やユーモアのセンスを過大評価している。
最後の結論は、もう前から分かっていたこと。つまり、男の方が女よりも不倫に興味があるのだ。このサイトはこの男女間格差を解消しようと、価格設定に男女差をつけている。男性は月額119ポンド(約1万8000円)なのに対して、女性はタダなのだ。しかしそれでも、登録人数の格差は解消されずにいる。おかげで私は気づいてしまった。私に求愛してくれた247人は、必ずしも私の魅力に参っていたのではないのかもしれないと。女友達にこのサイトのことを教えてあげると、彼女はただちに登録。登録からわずか1週間、彼女はなんと295人ものボーイフレンドを集めたのだった。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。
(翻訳・加藤祐子)
ここ1カ月の間に、私は247人もの男性とお知り合いになった。たった4週間で素早く数字を積み上げていったわけだが、それだけ身を入れてがんばったのだから当然の成果だ。フィナンシャル・タイムズ(FT)からサバティカル(長期休暇)をもらっていた間、私はネットの不倫サイトに足しげく通って、ひたすら、滅多やたらと、赤の他人にメールをしまくっていたのだ。不況で沈滞する街でいまや最もホットで活発な活動に、そうやって参加していたというわけだ。
ネットで新しくボーイフレンドになった人たちの中には、かつては権勢を誇るヘッジファンドのマネージャーだった人もいるし、今回のことで急に手持ち無沙汰になった元銀行マンも何十人といる。そのほか起業家が何人か、会社社長もいろいろ、有名なミュージシャンもいるし、企業顧問の弁護士も何人か。法廷弁護士が数人のほかに、なかなかセクシーな建築作業員が約1名。
「記者には4年に1回、自己啓発のために4週間の有給休暇を与えるべし」とFTが決めたとき、さすがにこういう時間の使い方は想定していなかったと思う。考えてみれば私自身、こんな風に長期休暇を費やすつもりはなかった。休暇に入る前、私はこの時間を使って小説を書くつもりだったのだ。
問題のサイト「Illicit Encounters(秘められた出会い)」は、熱気でむんむんする公衆浴場のような場所だ。23万人の会員のほとんどは専門職についている既婚者。お互いにお互いのことを、バーチャルな湯気の合間から覗きあって品定めして、そしてこの人なら愛人にと思う相手を探している。
このサイトを訪問していて、私はあることに気づいた。職業欄に「金融関係」とある人たちの動きが、やたらと活発なのだ。IDが「アルファ123」とか「Civilised(洗練された)1」とか「シティの紳士」とかいう人たちが何度も何度も、私にアプローチしてきた。そういう人たちの話はみな同じ。いわく、「仕事順調な銀行マンです。いま少し時間に余裕があるので、ときめき(あるいはラブ、あるいはロマンス、あるいはお手軽なセックス、などなど)を求めています」なのだそうだ。
興味をひかれたので、いったいこれはどういうことなのかと、サイト運営者に質問してみた。運営会社によると、今年9月以来、金融業界で働くロンドン在住男性の登録数は300%近くも激増したのだという。どうやら、雇用市場が冷え込めば冷え込むほど、不倫の市場は熱気を帯びるようだ。
数字だけでもびっくりしたのが、実際にサイトに登録していた男たちはもっと驚きだった。私がやりとりした相手は皆、決して女たらしなどではなく、いやらしく物欲しげでもなかった。ほとんどの場合、不倫しようなどという体験は今回が初めてで、かっこいい色男というよりは、お隣に住む禿げかかった銀行マンという典型的なタイプがほとんどだった。
このサイトを実際に使ったことがあるから良く知っているという以外の読者のみなさんに、サイトの仕組みを少し説明した方がいいかもしれない。まず、秘密を守るために、全員が仮名を使っていて、自分の顔写真は気に入った相手にだけ見せることになっている。ただしこれは私にとってネックだった。というのも、FT読者のオンライン率が実に高かったからだ。私の写真を一目見るや、「うわっ! あなた、ルーシー・ケラウェイ?」と怯えて逃げていってしまった人は複数人になる。
FTを読んでいる人たちにこうやって会ってしまったばかりか、かつてFTで書いていた人に出くわしてしまったりもした。おかげで私は、オフィス・エチケットの全く未知なる新分野に触れる羽目になったわけだ。つまり、不倫サイトで知り合いに出くわしてしまったら、どう振る舞うのが正解なのかと。そういう事態は今や、しょっちゅう発生しているのではないだろうか。
そして実のところ、不倫男たちの生活に4週間たっぷりかけて潜入した結果、私が得た結論とはまさにそれだ。男たるもの全て、この世の全ての男が、このサイトを使って二重生活を送っているのではないか。私はそう疑っている。
先週のことだが、ハーバード・ビジネス・スクールでマーケティングを教えるジョン・クエルチ教授と昼食をご一緒した。そのとき私は教授に、これはいったいどういうことだと思うか尋ねてみた。これほどのたくさんのビジネスマンが、しかも責任ある立場の幹部クラスのビジネスマンが、不況となった今、こんなにも不倫を求めているというのは何故なのだろうかと。
教授いわく、不況となると誰もが、ギュッと抱きしめてハグしてもらいたいのだそうだ。けれども私は、それは説明としてはお粗末だなと思った。ハグしてもらうだけなら、何も自分の結婚生活をリスクにさらさなくても良いのでは? もっと簡単な方法があるはずでしょう。たとえば自分の子供をギュッとハグするとか。あるいはそこまで必死なら、自分の伴侶をハグするとか。その方がずっと簡単だし安全なのに。
まさにそこがポイントなのだと教授は言う。リスクがあるからこそ、引きつけられるのだと。銀行マンたちは今、リスク欠乏症に陥ってるのだと。彼らのビジネスライフは今や否応なく、強制的に、リスクを排除したものになってしまった。なので銀行マンたちは今度はプライベートにリスクを増やして、そうやってバランスをとっているのではないかと。
もしこれが本当ならば、マクロ的な影響はどうなるのだろう。金融市場でリスクをとる代わりに、家庭生活の市場でリスクをとるという大規模なシフトがあったのだとして、今後その結果、家庭生活が大々的に不安定となって乱高下し、離婚率が急騰するなどの影響が出るのだろうか。
不倫のためのお行儀のいい市場を提供することで、むしろ家庭生活の安定を提供しているのだ、というのがこのサイトの創始者たちの言い分だ。そしてこのサイト利用者の7割は、離婚する代わりに不倫関係を求めているのであって、離婚に至る前段階として不倫を求めているのではないと答えている。これはただ笑い飛ばせばいいというものでもないだろうが、いずれにしても、白か黒か結論を出すにはまだ時期尚早すぎるように思う。
とはいえ、このサイトで1カ月過ごした経験から、私は3つの結論に至った。これに関しては決して時期尚早ではない。ひとつは、まだ仕事がある人たちはなぜか9時から5時までの間に異様なほど暇を持て余している様子だということ。そしてもうひとつは、嘘をつかない人はいないということ。誰もが、自分の年齢を少なく申告して、自分の魅力の程度やジムに行く回数やユーモアのセンスを過大評価している。
最後の結論は、もう前から分かっていたこと。つまり、男の方が女よりも不倫に興味があるのだ。このサイトはこの男女間格差を解消しようと、価格設定に男女差をつけている。男性は月額119ポンド(約1万8000円)なのに対して、女性はタダなのだ。しかしそれでも、登録人数の格差は解消されずにいる。おかげで私は気づいてしまった。私に求愛してくれた247人は、必ずしも私の魅力に参っていたのではないのかもしれないと。女友達にこのサイトのことを教えてあげると、彼女はただちに登録。登録からわずか1週間、彼女はなんと295人ものボーイフレンドを集めたのだった。
フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。
(翻訳・加藤祐子)
- Biography - John A. Quelch (ジョン・クエルチ教授のプロフィール;ハーバードビジネススクール、英語)
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