戦後の日本を代表する評論家の一人とされる大宅壮一氏は、造語の名人としても知られた。「駅弁大学」「恐妻」「太陽族」などが有名だが、「男の顔は履歴書」というフレーズも大宅氏の作である。その理由を自著「大宅壮一エッセンス 男の顔は履歴書」でこう記す。
 「若いころの顔は、親がつくってくれたもので、自分の顔とはいえない。活気にあふれた中年者や、たくましく生きぬいてきた老人を見ると、よく使いこなされた家具、調度のように、新品に見られない色つやが出ているような気がする」。
 男性に限らず、女性も含めた人間全般に共通する指摘だろう。無意識のうちに人の顔は形づくられ、歩んできた歴史が刻まれるようだ。
 食品の産地偽装などが相次ぐ中、今度はとんだ不祥事が発覚した。愛知県の食品会社が、中国産の原料を使用したタケノコの水煮などを国産と偽って販売した際、従業員の顔が写った写真を「竹林農家の皆さん」と偽装して商品のパックに掲載していた。
 開いた口がふさがらない。食品の安全性に消費者の関心が高まり、「顔が見える関係」を重視する取り組みとして、農家の顔写真を表示する動きが活発化している。
 顔写真は生産者の誇りと責任感が刻まれた履歴書といえる。それを偽るとは、悪質極まりない。