2008.12.16
若い人はご飯が遅い
外来もようやく一段落して、14時だとかその後半だとか、ずいぶん遅い時間になって、 アルバイトに来てくれている若い先生がたは、やっとお昼ご飯を食べに、医局に戻ってくる。
ベテラン勢、それでも自分が一番年下なんだけれど、この仕事をずいぶん長くやっている人達は、 たいていもっと忙しいのに、同じ時間帯にはほとんどの人が、もうご飯を食べ終わってる。
忙しいときにはまず飯を食え
研修医期間を過ごした病院には、そもそも昼休みという考えかたはなかった。
朝病院に来て、病棟で仕事して、後はもう1 日中バタバタとかけずり回って、 自分の手は今より圧倒的に効率悪くて、仕事の量も多かったけれど、 食事だけは、それでも3食、きちんと食べてた。
研修医になって最初の頃、先輩から「忙しくて何から手を付ければいいのか分らなくなったら、まず飯を食え」なんて習った。
「これから心肺蘇生の患者さんが入ります」なんて一報が入ったら、そのあとしばらくは、 もう他の仕事は一切出来なくなる。だからみんな、放送聞いたら真っ先に食堂に駆け込んだ。
病院には、「昼休み」とか、ましてや「ご飯の時間」なんてものは一切無くて、 病院は、「食事をする間もないほど忙しい」状態が常に続いていたけれど、 それでもみんな、ないはずの食事時間をどこかから調達して、3食きっちり食べていた。
機動歩兵が習うこと
小説「宇宙の戦士」の訓練風景にも、しばしばそんな描写が出てくる。
兵士は早朝にいきなり招集をかけられて、部隊長が、「今から行軍訓練を行う」なんて宣言する。
どこに行くだとか、どれぐらいの期間行軍するとか、情報は一切無いし、集まった訓練兵には、 食事や水といった物品は渡されない。
新兵は、何も分からないままに行軍を続けて、どこまで行ったら休むとか、何を達成したら食事が取れるとか、 もちろんそんなことは教えてもらえない。
行軍中、主人公が仲のいい上官に、「食事はいつ取れるのですか?」なんて尋ねると、 上官はニヤリとして、「俺は食堂からクッキーをくすねてきている。お前も食うか? 」なんて問い返される。
このとき主人公もまた、招集前に食堂に忍び込んで、ちゃんと自分の食べ物を盗んできている。
こんな訓練が行われた頃は、新兵も「軍隊のやりかた」を心得ていて、主人公以下、 行軍に参加した全ての兵士は、みんな思い思いの食料を「装備」して、 休憩だとか、食事の配給だとか、一切行われないまま、訓練はたしか、60時間ぐらい続けられてた。
不備なシステムと個人の技量
人間に食事が必要なのは当たり前なのに、それを最初から用意しない、 昔の研修病院だとか、SF だけれど軍隊だとか、こういう組織に共通するやりかたというのは、 不備なシステムに対峙したときでも、それを個人の技量で補えるようになるための、 やはり「訓練」の一環なのだろうなと思う。
病院組織が、昼休みとか、食事時間を最初から設定しておけば、 CPRコールがかかってから食堂に飛び込むだとか、「非常食」を自分の机に常備しておくだとか、 こんな生活の知恵みたいなノウハウは、必要なくなる。実際問題、今の研修制度はそのあたりが 整備されて、昔みたいな小細工をしなくても、みんなご飯を食べられる。
整った研修環境で育った今の人達は、その代わり、外来がちょっと忙しくなったりすると、 そこから食事時間をひねり出したりすることが難しいみたいで、悪い意味でまじめすぎて、 ときどき心配になる。
システムの不備はシステムを描いた人間の責任だけれど、 完璧なシステムは、たいていの場合構築不可能で、不備というものはだから、 その時になって初めて現れることが珍しくない。
人も時間も足りない現段階で、すでに医療のシステムは破綻していて、 それはもちろん、これから現場に出てくる若い人達には何の責任もないはずだけれど、 若い人達が現場の不備に対峙して、状況はしばしば、「出来ません」を許してくれない。
こういうのはどうしたって「昔はよかった」なんて昔語りになってしまうんだけれど、 「何とかする技術」というものを伝えられなくなった今の研修制度は、やっぱりどこか怖いなと思う。
極めて斬新な切り口の記事で吸い込まれました。
加えて、自分の遥か若かりし研修医時代を思い出しておりました(当時は研修医という言い方はあまりなかったように思いますが。。。)。
確かに、食物確保の工夫をしていたように思います。しかし、不思議なことに辛い思い出ではなく生き甲斐の思い出になっているようにも思います。
核心をついた、しかもユーモラスな記事をありがとうございました。
Posted at 2008.12.16 9:27 PM by 金沢大学 血液内科・呼吸器内科
医療業界の人間でないのですが、
無能な若手世代の一人(31歳)として思ったことが。
1食事と休みは決められた時間以外に取ってはならない。
2決められた時間内に業務が生じたら業務を優先せよ。
という2つのルールが暗黙にあるような気がします。
よくよく考えなくとも破綻必至の考え方なのですが…
Posted at 2008.12.16 10:32 PM by めけ
>システムの不備はシステムを描いた人間の責任だけれど、完璧なシステムは、たいていの場合構築不可能
身に染みます。
Posted at 2008.12.16 10:57 PM by hau
[…] が一番年下なんだけれど、この 仕事をずいぶん長くやっている人達は、たいていもっと忙しいのに、同じ時間帯 にはほとんどの人が、もうご飯を食べ終わってる。… original article […]
Posted at 2008.12.17 1:02 AM by 次なるもの » Blog Archive » 若い人はご飯が遅い - レジデント初期研修用資料
何か核家族化で共同体が崩壊している現状を一切スルーして、
「最近のパパママは子育てが危なっかしいねえ」っていうじいさんばあさんを彷彿とさせるエントリーだと思った。
時間をひねり出す小細工が肌身で感じられる文化が失われているのならそれができなくなるのは当然だと思うけどな。
周りに言葉を話す大人がいない環境で育って、
ウーウーうなるばかりの子供ができて、
「あの子はまともに言葉もしゃべれないけれど大丈夫なのかしらん?」
っていうのって、あんまりに無責任じゃねえか。
Posted at 2008.12.17 1:30 AM by dd
自分の研修医時代を思い出して、大いに共感しました。
夜中に同僚と食べながら
「今食べているのは、朝御飯かな」
「俺なんか昨日の晩御飯だよ」
みたいな会話をする日々でした。
食べることと寝ること。
突き詰めると、この2つに行き着くわけですね。
私の場合は、寝ることの方が優先だったかな。
いいオッサンになった今でも、
食べられる時に食べる、
寝れる時に寝る、
出そうになったらすぐ出す、
という軍隊的な習慣が残ってしまっています。
決して身体には良くないですけど。
Posted at 2008.12.17 6:18 AM by エリヤフ先生
地下鉄の運転手さんの喫煙によるボヤ騒ぎは、このエントリに当てはめるとどう解釈するのがいいのかな、なんて思いました。
Posted at 2008.12.17 9:36 AM by 忍冬
周りに言葉を話す大人がいない環境で育って、
ウーウーうなるばかりの子供ができて、
「あの子はまともに言葉もしゃべれないけれど大丈夫なのかしらん?」
っていうのって、あんまりに無責任じゃねえか。>
そう思うのなら厚生労働省のとった医療政策を強く批判してください。現状のような医療崩壊が作為的になされてしまった事が問題なのです。医者の卵やひよこ達を育てる「システム」自体を壊したまま放置していますし、今思うと「必要悪」だった医師の派遣制度=医局も人為的にそれもある官僚の個人的な考えのもとで独断的に行われたことは知っておいて貰いたいと思います。
「医師が恵まれすぎているからそれを壊してやる」という執念の元に行われた医療改革ですが、結論から言えば昔の研修医よりも今の研修医の方が「恵まれて」います。そして、医師ではなく患者さん達がより不利益を被っています。
Posted at 2008.12.17 10:19 AM by 黒猫
僕の研修医時代も過酷でした。。2年間の研修医時代は完全に休暇が取れた日はゼロでした。土日、祭日、正月も必ず病棟回診してました(平日にはやりきれない仕事もここでさばいてました)。日給は9000円で毎日8時から夜中の12時過ぎまでの勤務でした。家に帰ってもずっと医学書を読んだり、自分なりのマニュアル作ったりしていましたから平均睡眠時間は4時間前後だったと思います。5分の昼休みが取れたら3分以内に食事を済ませ、あとは睡眠です。勉強会とかでスライドが始まったら、概要がつかめた時点で熟睡。通勤の赤信号では片目ずつ閉じて半分睡眠。検査とかの見学中は立ったまま睡眠。便器に腰掛けたまま熟睡したこともあります。研修とは言っても上司はほとんど何も教えてくれず「技術、知識は盗め!」みたいな世界でしたからみんな必死でした。早く技術を身につけないと死んでしまうとさえ思いましたし、自分は医者に向いていないのかもしれないと思った事もたびたびあります。
何とかそんな時代を乗り切って身につけた技の数々
1.いつでも、どこでも寝られる、あるいは寝ないでも動ける:これは学生時代に身につけていたのかもしれません。試験勉強で2日完徹なんて結構ありましたから。バイトで土曜の朝から月曜の朝までの当直バイトなんていうのもありましたし。。。
2.多数の患者さん達の同時並行処理;カルテ5冊くらい同時に開いてガンガンさばいていく。今のマルチコアコンピュータみたいな能力。→電子カルテ導入時に「複数の患者さんのカルテを同時に開ける機能」ってSEに要求したけど実現しなかった、、、ので患者さんをさばくスピードは悪化。平均で20パーセントのパフォーマンスダウン。導入前から想定されていたけど。
3.外来で「めんどうな患者さん」を相手にしている間に他の患者さんの検査とか処置のオーダーなどをどんどん発行。聞いていることとしゃべってることと書いていることが別々という異常な行為。→これも電子カルテのため不可能となってしまった。。
4.演技力;本来演劇は苦手で「本音勝負」だったのにいつの間にか「自信がないのに自信たっぷりな医師」とか「大丈夫でない状況なのに大丈夫だと思わせる医師」とか「できるんだけどやりたくない場合に、できの悪い医師になる」とか。相手の期待する医師になったり、相手の嫌がる医師になったりすることで危険を回避したり、自分の思ったような医療ができるようになった。
特に内科系では「患者さん達に有益な医療」と「患者さん達が求めている医療」にはギャップがあって、その間で上手い落としどころを見つける事が大切と思うので、患者さんを見て瞬間的にキャラクターを認識しそれに最もふさわしい医師になるということはとても大事。
結構そんなことが分からない「純粋に理系」の医師が増え、マニュアル通りとかガイドライン通りにやろうとしてトラブルに巻き込まれているような気がする。
Posted at 2008.12.17 11:05 AM by 黒猫
忙しい病院の医師は、だから乱暴でアバウトに見えて、喰うから太るんですよね。。
Posted at 2008.12.17 12:40 PM by medtoolz
↑笑
僕、自分の病院のドックでスタッフの健康診断の判定していますが、医者はリアルにメタボです。。DM専門医や循環器専門医が脂肪肝だったりして微笑ましいです。。そんなドクターの指導するのも結構快感。。
Posted at 2008.12.17 12:45 PM by 黒猫
服装に関しての過去のエントリーを見てちょっと面白かったので、、、
僕は今の地方の公立病院に勤務する前、大学病院に勤務して増したが、教授回診でもネクタイはおろか白衣さえ着ませんでした。そして頭は茶髪。。。教授とかには怒られましたが、患者さんからのクレームは一度もありませんでした。7年間。何だか教授の後について白衣とネクタイで病棟回診する、白い巨塔みたいな儀式に反発していたのだと思います。教授よりも臨床能力は僕の方が高い。上司よりも患者さんとのコミュニケーション能力は格段に高い。白衣とネクタイ、聴診器で武装することへの抵抗感。いろいろありますが、外見で自分の実力とか人格、患者さんへの想いを判断して貰わず、武器なしで戦うことで自分の技術、能力を高めていこうって研鑽していました。。
意外にも高齢の患者さん達からの受けは良く(たぶん子供や孫も茶髪だったのでしょう)。主治医でない患者さんからも「先生に主治医になって貰いたいたかったなんて」褒められる事の方が多かったです。
今は白衣も着ますし、髪の色も黒くなり。当時よりは老けたなと思っています。反骨精神が弱くなってしまったのかもしれません。
大学で学生を教えていた時には、学生の時はみんな茶髪なのに、現場に出るようになると黒い髪になるのをみて「ただのファッションでやっていたんだ。主義主張があったわけでは無いんだ」とがっかりしました。。。
髪を染める・・・それは心理学的には「現状への不満の表明」「現状を変えたいという深層心理」なのだそうです。。
型破りな人が現実を変えて行くと思うので、自分の信条に正直に行動して欲しいと思います。
自信がない人はマニュアル通り、みんなと同じっていう選択でいいかと思いますが。。。若い医者でそういう態度を取る時点で弟子にはしたくないなって思ってしまいます。
Posted at 2008.12.17 9:00 PM by 黒猫
早食いは食後高血糖のもと。最近は、食事記録減量法が流行していますが、私はとにかくゆっくり食べるように指導します。β細胞を疲弊させる食習慣、私も身につけてしまいましたが、30年後がとても怖いです。GLP1アナログとDPP4阻害薬が待ち遠しいです。私が糖尿病になる前に長期成績が出ていて欲しい(笑)
Posted at 2008.12.17 9:48 PM by たぬき(私は内科医)