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自衛隊イラク派遣:「強者に追従」だけなのか=編集局次長・小松浩

 日米同盟の証しと米国に感謝され、一人の戦死者も出さず、無事任務を完了した自衛隊イラク派遣。隊員たちの規律と献身があったればこそだが、これを日本の「成功体験」と呼ぶことには、あえて異を唱えたい。「強い者(米国)につくのが国益」という損得勘定のほかに、私たちはイラク戦争とのかかわりを語る言葉を持たぬまま、今日まできてしまったからだ。

 乱暴な理屈がまかり通った5年間だった。航空自衛隊の空輸活動を「憲法違反」と断じた名古屋高裁判決を、当時の田母神俊雄・航空幕僚長は「そんなの関係ねえ」と笑い飛ばした。司法を軽蔑(けいべつ)する制服組トップ、それを傍観する政治、イラクやアフガニスタンを政局の道具立てとしか考えない国会。安全保障論議がこれほど軽く扱われた時代は、かつてなかった。

 「何を言っても許される」。そんな空気がまん延し、社会のタガが外れた。サマワやバグダッドで汗を流す自衛隊員たちを、どれだけの人が心にとめていただろうか。

 幾万もの死者を出したイラク軍事介入を正当化できるものは果たしてあるか、という真摯(しんし)な議論も、大量破壊兵器情報の誤りに対する悔恨や反省も、日本の政治指導者の口から語られることはなかった。「強い者」への追従を決めた後、多くの日本人にとって、イラクは「人ごと」になってしまった。イラク健忘症である。

 だがこの5年、世界はテロの拡散に加え、欧米社会とイスラム社会の共存をいかに図るか、というイラク戦争の「負の遺産」克服に苦悩してきた。その原因をつくった米国も、軍事力だけで問題は解決しないことをイラク戦争で学んだ。中国やインド、ロシア、欧州連合(EU)などを含む多極化時代が訪れ、新しい世界秩序の模索が始まった。

 米国との半世紀に及ぶ同盟は、日本外交の貴重な資産である。しかし、米国というプリズムを通してしか外を知ろうとしない過度の対米依存は、世界で何が起きているかをしばしば見えなくする。金融やエネルギー、地球環境、食糧。あらゆる危機はもはや、日米同盟というモノサシだけでは、立ち位置すら決められない。

 次はアフガン支援のあり方が、日本外交に問われるだろう。「新しい同盟」「同盟の再構築」を旗印にするオバマ次期米政権は、日本がどんな構想を持っているか、まずは聞き役に回るに違いない。地域の平和に日本は何ができるか、自分たちの頭で考えることから始めよう。「強い者」につく、という狭い国益論で思考停止に陥る愚だけは、繰り返してはならない。

毎日新聞 2008年12月18日 東京朝刊

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