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社説

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米ゼロ金利―世界デフレを食い止めよ

 米国のデフレが世界経済を奈落に引きずり込む。そんな悪夢を振り払おうと、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が腹をくくった。

 米国がもしデフレの悪循環に陥れば、金融が縮小し、生産や雇用は大幅な減退を迫られる。経済の落ち込む力が強すぎて、金融政策でも財政政策でも手に負えなくなるかも知れない。そうなれば、世界が巻き込まれる悪夢の連鎖が始まる。

 FRBが発表したのは、いわゆる「ゼロ金利政策」だ。米国の金融政策史上初めて政策金利を0〜0.25%に引き下げた。金利はマイナスにできないので、伝統的な金融政策はこれで打ち止めだ。

 そこでバーナンキ議長は、市場に大量の資金を供給する「量的緩和政策」にも思い切って踏み込む。各種の債券や住宅ローンを担保とする証券などを大胆に買い入れ、企業の資金繰り支援や金融システムの安定を図る。長期国債を買い入れることで、長期金利の引き下げと景気刺激も狙う。

 量的緩和政策は、日本銀行が01〜06年にとったことがある。この時は取引先の銀行に現金をじゃぶじゃぶ供給し、銀行が企業への融資を拡大するよう促した。日本では、企業の資金調達の主要ルートが銀行だからだ。

 米国では証券市場での資金調達が中心だ。FRBがしようとしている量的緩和は、企業が発行する債券や手形の一種であるコマーシャルペーパー(CP)などを直接買い取り、資金調達市場を丸ごと支えることだ。

 中央銀行が企業にじかに資金供給するようなもので、焦げ付きや不渡りになれば、中央銀行の財務基盤に傷が付く。その場合は米政府が損失を補う。

 損失があまりにも膨らみ、財政負担が増えすぎると、米政府と中央銀行双方の信認が低下し、ドルが暴落する心配さえある。だからといって、目前のデフレの危機を抑え込まなければ、すべてが失われる。そんな、のるかそるかの勝負どころに米金融政策は来た。

 程度の差はあれ、世界の中央銀行が直面する課題は同じだ。欧州中央銀行(ECB)は2.5%、英イングランド銀行は17世紀末の創設以来最低の2%まで金利を下げているが、今後も追加利下げは不可避だろう。

 日銀は10月に0.2%利下げして0.3%とした後、市場への資金供給策を拡充してきた。だが、これまではCPなどを担保にして銀行に現金を貸す範囲にとどまっている。

 企業は資金繰りに窮しており、日銀もFRBのように債券やCPの買い取りをタブー視すべきではない。焦げ付きや不渡りへの備えは、米国のように政府と協力するしかない。きょうから金融政策決定会合が始まる。今度は、白川方明総裁が腹をくくる番だ。

09年春闘―雇用最優先に仕切り直せ

 雇用危機が正社員へも及び始めたなかで、09年の春闘がスタートした。すでに闘争方針を決めた連合に続いて、日本経団連も春闘の指針をまとめ、労使の立場が出そろった。

 連合は「8年ぶりのベースアップ要求」を目玉にした。だがいまは、雇用を守ることが緊急で最大の課題ではないか。労使に政府も加わって、雇用対策に全力で取り組むべきだ。

 今年は消費者物価の上昇率が一時2%を突破し、賃金が目減りした。労働分配率も6年連続で低下している。「だからベア要求は当然」という空気の中で春闘の準備が進められた。金融危機が深まっても、「急減する外需を補うために内需を支える」という論理でベア要求が維持された。

 「ベアより雇用」へ切り替えると、要求のハードルを下げて経営側の土俵に乗ることになり、春闘の求心力が失われるとも心配したようだ。

 もちろん雇用にも目は配っているものの、政府による対策を求めることに重心が置かれている。

 一方の経営側は、ベア要求は当然のごとく退ける構えだ。さらに雇用の安定についても、初めに検討されていた「最優先の目標」から「努力目標」へ格下げした。こちらも政府による雇用対策を求める大合唱である。

 政府による雇用対策が大切なのは言うまでもないが、労使の取り組みも不可欠だ。このまま春闘が本番を迎えると、労使の主張がかみ合わないまま、雇用への取り組みが二の次になるのではないか、と心配になる。

 連合はこの際、非正規を含む雇用全体の安定に焦点を絞り直すべきだ。仮に方針通り正社員のベアが実現しても、一方で非正規を中心に雇用がどんどん削られては、内需の下支えにはならない。全体の雇用を守ることで内需の崩壊をどう防ぐかが問われている。経営側を「雇用最優先」の土俵へ引きずり込むことが大事なのだ。

 日本の経営は、規制緩和や外国株主の増加を背景に、目先の業績確保のためには雇用削減もいとわない体質へと変わってきた。このままでいいのか、この金融危機で問い直されている。

 株主や働き手をはじめとするさまざまな利害関係者のバランスをとりながら成長を図る。そんな新しい経営モデルを模索すべき時代に入った。

 かつて企業の労務担当には、国民経済や社会全体の中で雇用を考え、人員削減は苦悩しつつ最後に回す伝統があった。単純に昔に返れとはいわない。新時代に合った形で伝統を復活させることがポイントではないか。

 雇用を大切にする新しい経営の理念や仕組みをどう再構築するか。労使が徹底的に知恵を出し合う。振り返って「あの春闘で日本の経営は変わった」といわれるような取り組みが必要だ。

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