中日スポーツ03/1/31
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中日スポーツ03/2/26
【現場発】
今から10年前、武豊に続き「今度はオレたちの時代をつくろう」と
誓い合った競馬のG1ジョッキーが二人、岡潤一郎と岸滋彦。
ほどなく岡は落馬で他界し、岸も落馬により騎手生命を縮め、
今月末で調教助手に転向する。 岸滋彦。希代のクセ馬ダイタクヘリオスを乗りこなし、
マイル王へと導いた彼もまた、相当なクセ者だった。
スポーツ紙の記者には通り一遍のコメントしかせず、 中身のない取材には返答もしない。
当時、競馬担当になったばかりの私など、 どうやって取材したらいいのか困惑していた。
どうしてもカレの、血の通ったコメントが聞きたい。
そこで小倉出張時、減量のため競馬場を走る彼に”ダメもと”で 直撃。
真夏のジョギングでともに汗を流すことで話を始め、 飲めないお酒に付き合うことで、
次第に心を開き取材に協力をしてくれた。 負けん気が強く、真っすぐな人柄。
それが彼の印象。だが勝負師らしい この性格が、彼の引退を早めた。
落馬が影響とはいえ、成績を残せない自分が許せな かった。
「10年前はテングになっていました。謙虚さがあれば、もっと騎手として長続き
していたかも。
G1は勝ったけど騎手としては負け犬。でも、人生の負け犬には なりたくない」と話す彼の目標は調教師。
「今の反省を、調教師になって生かしたいです」。 一記者、一ファンとしてその日を待っている。
(武田和則。栗東トレセンにて)
大阪スポーツ03/2/23
【杉本博の厩舎情報】
今年、騎手免許を更新しなかった中に岸滋彦がいる。
武豊の1年後輩で内田、芹沢、千田らと同期の33歳。
平成2年にはエイシンサニーでオークスを勝ち、
弱冠21歳若さでG1ジョッキーの仲間入りを果たした。
その後も毎年重賞を勝ち続けたが、数年前に落馬と
交通事故によるケガをしてから騎乗馬がめっきり減り、
昨年など39レースに騎乗しただけ。「2度のケガのあと 騎乗馬が減って、
ジョッキーとしてのモチベーションが 切れてしまった」ことが騎手引退へ追い込んだ。
乗せてもらえないのではG1ジョッキーとしての プライドも許さなかったのだろう。
今後は現在所属の 梅田厩舎で調教助手として第二の人生を歩む。
iモード馬三郎
◎岸騎手引退
ダイタクヘリオスでのマイルCS連覇(91、92年)などで
一世を風靡した岸滋彦騎手(33)=栗東・梅田=が
2月いっぱいで引退することになった。今後は梅田厩舎で
調教助手に転身する。 同騎手は88年にデビューしJRA通算431勝。
89年のエリザベス女王杯では20番人気のサンドピアリスで勝って
大波乱を演出した。翌90年のオークスをエイシンサニーで制して
一躍全国区に。ダイタクヘリオスのマイルCS連覇を合わせて
GT4勝、重賞16勝。近年は乗り馬に恵まれず、昨夏以降は 攻め馬に専念していた。
岸滋彦騎手「これからの人生のほうが長いわけだし、
今後を考えて決めました。本当はもう少しいい形で やめられれば良かったのですが、
いつかは来るもの。 これからは調教助手として頑張っていきたい」
サラブレ2003年9月号(塩村助手のオマケ付)