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児童ポルノの単純所持禁止の実現を

 本年3月、児童ポルノの「単純所持」の禁止を柱とする児童買春・児童ポルノ禁止法の改正を求めるアピールが日本ユニセフ協会、ストップ子ども買春の会等よりなされました。国民に署名を募り、各政党に今国会での法改正を要望しています。私も呼びかけ人の一人して活動しています。
 わが国は「児童ポルノ天国」と諸外国から厳しい批判を浴びてきました。99年、議員立法によって児童買春・児童ポルノ禁止法が制定されましたが、児童ポルノの単純所持(他に提供する意図のない所持)は禁止されず、コンピュータグラフィックスや写実的な劇画で写真やビデオと同じぐらい残虐なものであっても「児童ポルノ」には含まれず、罰則も軽いなど極めて不十分なものとなっているのが実情です。
 世界的にみれば児童ポルノは所持しただけで犯罪です。ほとんどの欧米諸国で禁止され、スウェーデンは憲法を改正してまで禁止しました。単純所持の禁止は、需要(児童ポルノの所持)を抑えることにより供給(児童の性的虐待)を少なくすることができ、また、被写体とされた子どもの苦しみの源であり、別の子どもの性的虐待に利用されるポルノの流通(特にインターネットでの流通)を防ぐこともできるものです。ところがわが国では制定以来、単純所持の禁止は見送られてきました。G8各国で単純所持を禁止していないのは日本とロシアだけとなっています。
 07年の世論調査では9割以上の国民が児童ポルノの単純所持の禁止に賛成しています。今回の署名活動に対しても約10万人の署名が集まっています。国民の大多数は児童ポルノの単純所持の禁止に賛成なのであり、あとは立法府の対応を待つのみなのです。
 本年6月、自民党・公明党の与党と民主党の双方から改正案が出されました。与党案では児童ポルノの単純所持の禁止が打ち出され、国会に改正案が提出されました。しかし、民主党の改正案(08年6月11日民主党中間報告案)では単純所持を禁止せず、「有償あるいは複数回の取得」を禁じるのみとなっています。  民主党案では、児童ポルノの単純所持を禁止しないことから、需要を抑えて供給を少なくするという効果はなく、現在「所持」している児童ポルノは合法のままですので、今と全く変わりません。また、「取得」罪として検挙するためには、いつ・どこで・誰から取得したことの立証が必要となりますが、かかる証拠を得ることは著しく困難で、ほとんど検挙できないことが予想されます。(さらに民主党案では、現行法の「児童ポルノ」の定義の第2条第3項第3号を削除するとしていますが、現行法は民主党も賛成して成立させたにもかかわらず、なぜ児童ポルノの範囲を狭くする必要があるのか、理由・必要性が不明です。)
 わたしは本年5月、本問題を検討する民主党のヒアリングに呼ばれるなどし、彼らの意見を聞く機会が何度かありましたが、民主党の懸念は、児童ポルノの単純所持を禁止すると、警察の不当な捜査で冤罪が生じてしまうということでありました。たとえば、ある人を陥れようとする者に、その人の家の庭に児童ポルノを投げ込まれたら、警察に逮捕されてしまうおそれがある、というような話でした。言うまでもありませんが、「所持罪」には「所持」の認識・故意が必要で、庭に投げ込まれただけの人が「所持罪」に問われるわけがありません。警察は以前からそのような容疑のある者、児童に対する性犯罪の前科のある者など一定の嫌疑がなければ、庭に児童ポルノが落ちていたからといって捜査を開始することなどありえませんし、逮捕や捜索差押えは裁判所の令状がいるのです。
 また、児童ポルノ画像が添付されたメールが送られてくれば、単純所持罪になってしまい、やはり冤罪となるという懸念もあるようです。しかし、これも庭に児童ポルノが落ちている場合と同様で、所持罪は「所持」の認識・故意がなければ成立しませんので、児童ポルノが添付されたメールが送られてきたというだけで「所持罪」が成立することはありません。念のため、整理しておく問題があるとすれば、送られてきたメールの添付の画像を開いたが、児童ポルノが奥の方に置かれており、見ていないにもかかわらず、見たと思われ、所持の認識・故意があるとされるのではないかという問題ぐらいでしょう。こういう場合には、添付の画像を開いただけでは、児童ポルノの所持の認識・故意があるということには当然になりませんので、この点の懸念も理由がないものです。どうしても懸念が残るというのであれば、このような点につき捜査機関に国会で答弁させるなどいくらでも懸念を解消する手立ては可能です。
 このような民主党の懸念を聞かされる度に思うのは、どうして子どもの保護を第一に考えないのかということです。捜査機関による冤罪の問題はもちろん重要な問題です。しかし、それはもっと大きな枠組みで検討されるべき課題です。児童ポルノについてのみ生じる問題ではないのです。
 平成20年8月18日毎日新聞によれば、民主党は「「規制を、買い取りなど明白な行為にしないと、捜査権乱用による冤罪を招きかねない」と指摘して「取得」にこだわりを見せている。」とのことですが、既に覚せい剤や麻薬の「所持」は罰則付きで禁止されています。これらも民主党によれば「冤罪を招きかねない」ので廃止すべきだとなるのでしょうか。
 冤罪のおそれなどということを理由に児童ポルノの単純所持を禁止するべきでないというのは、子どもを児童ポルノの被害に遭うことから守ることの重要性の認識に欠けているとしか思えません。民主党の懸念を正当化してしまえば、すべての犯罪で冤罪の危険はあるわけですから、殺人でも強姦でもあらゆる行為を罰してはいけないことになってしまうのではないでしょうか。それは明らかな暴論であり、児童ポルノの単純禁止に反対するためにこのような理由を持ち出すことも、同様ではないでしょうか。他の先進国ではこのような点はクリアされ、当然のことですが、子どもの保護が優先されています。
 子どもの保護を最大限に優先してほしい。ポルノの被写体とされることは子どもにとっては虐待そのものです。さらに顔をさらされたままインターネット上にそれが流通することは虐待が永遠に続くこととなるのです。「所持」するだけでは誰も傷つけていないわけではないのです。そのような観点からは、民主党案は極めて大きな問題があります。
 次に、与党案、民主党案双方で触れられてない大きな問題があります。現行法の定義では児童ポルノが「18歳未満」の児童を対象としたものとされているため、警察が摘発するには被写体とされている子どもが18歳未満であることを立証する必要があるとされていることです。ところが、被写体とされた子どもが何歳であるかということは通常は分からないものですから、医師の判断で第二次性徴の出ていない概ね12歳以下程度の子どもを被写体としているものしか警察は検挙することができません。そのため多くの児童ポルノと思われるポルノが、違法と確認できないという理由で放置されています。この点、諸外国は、児童ポルノにつき「子どものように見えるもの」などと定義し、このような問題をクリアしています。わが国でも同様に定義規定を見直す必要があります。そうでなければ、仮に、児童ポルノの単純所持が禁止された場合でも、年齢の分からない多くの児童ポルノが違法かどうか判断できないこととなり、実態上は何も変わらないことになってしまいます。
 児童ポルノは「諸悪の中の最大の悪」です。是非とも早急に、実効ある児童ポルノの単純所持の禁止を実現してほしいと思います。わが国ではあまり子どもの保護に関することが政治の争点になりませんが、本来は大人社会にとって最も大事なことではないでしょうか。来たるべき選挙でも子どもの保護をどこまで本気で考えているかが争点となっていいのではないでしょうか。この問題が多くの国民の関心事項となり、各党のマニフェストにどのような政策が打ち出されるかを国民が注目する、という事態になることを期待します。
以上
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