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10歳で永久歯失う子も―子どもや若者に歯の「健康格差」

 歯の健康への意識が高まる中、子どもや若者の間で、重症の場合は10歳前後で永久歯を失うなど、口腔内の「健康格差」が深刻化している。歯の健康と生活格差の問題に取り組んでいる「健生会相互歯科」(東京都立川市)では、「背景には、親の経済格差や複雑な家庭環境、非正規雇用など不安定な生活基盤がある」と指摘。歯科医療では低所得層の受診抑制が特に顕著で、一部の子どもや若者は、虫歯や歯周病が進行してようやく受診する状況だという。所長の松澤広高さんは「『口腔崩壊』とも言うべきだが、経済の先行きが不透明な今、こうした患者が増える可能性が高い」と危惧(きぐ)している。(萩原宏子)

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■親自身も「口腔崩壊」
 黒ずんだ奥歯。表面のエナメル質の部分はもとより、虫歯が歯髄にまで進行し、歯の「根っこ」しか残っていない。歯肉は真っ赤に変色し、腫れ上がっている。「相当、痛かったはずだ」。松澤さんは5年ほど前、10歳くらいの小児患者の口の中を見てがくぜんとした。「なぜ、ここまで我慢してきたのか。なぜ、親は何も手を施さなかったのだろうか」。抜歯以外に手の施しようがなかった。

 歯は、個人差はあるものの、永久歯は普通6歳くらいから徐々に生え始め、12歳くらいで乳歯から永久歯にすべて生え変わる。最終的には、親知らずを除いて計28本の歯が生えそろう。国などは「80歳になっても自分の歯を20本以上保とう」をスローガンに、「8020運動」を進めている。
 しかし、この子どもは永久歯が生えそろう前に、永久歯を失ってしまった。松澤さんは、「多くの親が子どもの歯の健康に関心を持つ中、ここまでひどい状態になるのはおかしい。何かあるのでは」と、子どもを取り巻く家庭環境を意識するようになった。

 その後も、同様の問題を抱える子どもが断続的に訪れた。歯科衛生士の小玉奈緒美さんは、「必ずしもこのような小児患者がたくさんいるわけではない」と話す。むしろ全体的には、子どもの歯の健康レベルは上がっている。だが、「歯のきれいな子どもと、ひどい状態の子どものギャップが非常に大きい」と指摘する。

 子どもの口腔内に広がる「格差」の背景について、小玉さんは、「子どもの付き添いの方に聞くと、原因が必ずしも『甘い物の食べ過ぎ』などの問題とは限らないことが分かる」と語る。「片親で生活に余裕がない人、非正規雇用で生活が不安定であるために『子どもの歯医者のために仕事を休めない』という人など、背後に厳しい生活状況がある場合が多い」という。一度来院しても、「お金がない」「仕事を何度も休めない」などの事情で、子どもに治療を続けさせられない親も多い。こうした親の場合、自身が『口腔崩壊』の問題を抱えているケースが少なくない。松澤さんらは、「社会の格差が、子どもの口腔内の健康格差につながっている」と口をそろえる。

 健生会相互歯科がこの10年でかかわってきた子どもの「口腔崩壊」に関する顕著な事例は、約25例あるが、副所長の岩下明夫さんは、「これらは、あくまで『氷山の一角』である可能性が高い。ひどい状態とはいえ、彼らは歯科に来ている。歯科に来ることすらできず、虫歯の進行を放置せざるを得ない子どもは、もっと多いのでは」と懸念。小玉さんも歯科衛生士の立場から、「虫歯を放置すると、食事をするのも大変になる。しっかり食べられず、発育に悪影響を及ぼす可能性もある」と指摘する。
 同歯科では、「景気悪化で雇用の不安定化が進んでいる。今後、格差は一層大きくなるのではないか」と危惧している。


■働き過ぎで治療に時間なく
 「口腔崩壊」の問題を抱えるのは、子どもだけではない。岩下さんは、「ひどい虫歯や歯周病など、口腔内の状態が悪い人には、非正規雇用などによる、過酷で不規則な生活を送る若者が多い」と語る。

 テレホンアポインターと事務員のアルバイトを掛け持ちしながら、バンド活動をする21歳の男性は、来院して「歯茎が痛い」と訴えた。「歯茎に潰瘍ができている…」。岩下さんは驚いた。「抵抗力のある若者は普通、歯茎の潰瘍にはならない。だが彼は、免疫力が落ちてしまうほどの働き方をしていた」。

 また、高校時代から親元を離れ、飲食店でのアルバイトで週に平均70時間近く、長い時には1日17時間も働く時期があった10歳代の女性は、「来院した時、舌にコケのようなものが生えた状態」だった。「口腔内で真菌が増殖したことによるもので、疲労やストレス、不規則な生活なども、要因として考えられる」と岩下さん。この女性は、同じ日に医科も受診したが、膀胱炎だったという。岩下さんは「激しい働き方で、歯だけでなく体も壊していることが分かった」と事態の深刻さを語る。

 こうした若者について、岩下さんは「完全に治っていなくても、痛みが治まると来なくなる人が多い。本人の歯科医療に対する意識の問題もあるかもしれないが、治療に時間を割くゆとりがないのが一番の問題」と指摘する。

 加えて、歯科健診の機会が十分にないことも、若者の「口腔崩壊」に拍車を掛けているという。歯科健診は、小中高では定期的に行われているものの、「高校を卒業した途端になくなる」(岩下さん)。「企業でも歯科健診をしているところはあるが、ないところも多い。健診がないため、気付かないうちに虫歯が進行してしまう」という。
 さらに、「進行した虫歯の治療には時間がかかり、多くの治療費もかかる。すると、経済的な理由から治療をどんどん先送りにしてしまう。さらには、虫歯や歯周病が全身の健康にも害を及ぼす。悪循環だ」と懸念を示す。子どもの場合と同様、「受診に至るケースは、むしろ少ないと思われる。気付かないまま、あるいは痛みなどがあっても放置している人も多いだろう」とみている。

■「口腔内の健康」も国の責任で
 子どもや若者の口腔内に広がる「健康格差」―。解決策について、岩下さんは、「日本では、歯の健康の問題を『自己責任』で片付けてしまうが、スウェーデンなど北欧では、成人までの健診と治療を無料で行い、予防教育も徹底するなど、口腔内の健康は『国と社会の責任』という考え方が定着している」と語る。
 「日本では今後、経済的な理由で歯科を受診できない人がもっと増えてくると思う。口腔内の健康にも、きちんと国が責任を持つべきではないか」


更新:2008/12/15 22:37   キャリアブレイン

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