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タイ新首相―国民和解にまず対話を

 タイはこれで、東南アジアの民主主義の先達として安定を取り戻すことができるだろうか。

 タクシン派から反タクシン派へ、政治の振り子が大きく振れた。

 今月初めから続いた連立政権交渉で、タクシン元首相派と対立してきた野党民主党が多数派工作に成功した。下院は、44歳のアピシット民主党党首を新首相に選んだ。

 90年代に2度政権の座にあった民主党にとっては、7年10カ月ぶりの政権返り咲きである。

 この間、東北部を中心に農民や貧困層が支持するタクシン派と、首都を中心とした中間層や富裕層、既得権でつながるビジネス層が支える反タクシン派との激しい政治対立が続いた。

 元首相が軍のクーデターで追放されて2年がたつというのに、互いの敵対心は社会を二分するまでに広がっている。新首相はなによりもまず、この対立と憎悪を解消する手を打ち、国民和解を通じて政治の安定を取り戻さなければならない。

 ただ、その使命を実行することがどれほど大変なことか、新首相自身が痛感しているに違いない。

 新首相の選出には、軍部が背後で動いた。しかも新政権は総選挙の洗礼を受けておらず、十分な正統性があるとは言い難い。新首相が民意の支持を得るためには、国会を解散して総選挙を行うのが民主主義の筋道だろう。

 ところが、新首相がすぐ国会解散に打って出ると見る向きはタイでは少ない。ここ数年、総選挙をやるたびにタクシン派が勝利し、反タクシン派政党は、昨年末の総選挙でも過半数を取れなかったからだ。

 国際社会のタイへの信頼はすでに大きく損なわれている。反タクシン派による空港占拠事件では、日本人を含む多くの外国人観光客が足止めを食らい、進出企業にも影響が出た。

 国民の統合に大きな役割を果たしてきたプミポン国王の健康不安も気がかりだ。今月81歳となった国王は、誕生日前の演説を行わなかった。

 タイが内外の信頼を回復し、不安を解消させなければ、日系企業の長期戦略の見直しが必要だ。政府はこうした懸念を新首相に伝えるべきだ。

 東北部の貧困対策に力を入れ、貧富の格差を是正する。反タクシン派の情実人事を排し、タクシン派との対話を進める。新首相にはこうした政策に果敢に取り組むよう求めたい。

 長期的な民主制度の定着のために、王室と政治がどのような役割を果たすのか、国民に開かれた議論も必要だ。王室に依存する体質を改めなければ、政治の安定は得られまい。

 タイは日本外交の重要なパートナーでもある。一日も早く混迷から抜け出してほしい。

温暖化防止―「南北共益」の道はある

 地球温暖化を防ぐための京都議定書は、2012年で期限が切れる。その後の枠組みは来年末に決める予定だが、なかなか国際社会の意見が一致しない。ポーランドで開かれた気候変動枠組み条約の締約国会議(COP14)では、多くの課題が先送りになった。

 残り、あと1年。豊かさを追い続けるあまり、将来世代に地球環境の破壊というツケは回せない。集中的に交渉を進め、後世に恥じない合意を生み出す責任が、どの国にもある。

 もちろん、これまで大量の二酸化炭素(CO2)を出してきた先進諸国の責任がもっとも大きい。だが、今後は中国、インドなどの新興経済国や途上国による排出も増える。京都議定書は先進諸国だけに排出削減を義務づけたが、ポスト京都では世界全体で削減していかなければならない。

 最大の焦点は、こうした南北問題にどう対処するかである。

 今年の洞爺湖サミットで、主要先進国は「温室効果ガスを50年までに世界全体で半減させる」ことで一致した。だが、中印などの首脳を加えた16カ国会合では物別れに終わった。COP14も同様で、途上国の多くが、先進国は20年までの中期的な削減目標を先に示すべきだと切り返した。

 新興国や途上国をポスト京都の枠組みに引き入れるには、中期的な削減目標の設定が不可避である。そのことが決定的なまでに明らかになった。むしろ、この点がCOP14の成果と考えるべきだろう。

 欧州連合は、20年までに1990年水準より20%削減する中期目標をすでに示しているが、日本はまだ示していない。オバマ米次期大統領の公約は20年までに90年水準に戻すというもので、これでは不十分だ。米欧日がそろって新興国や途上国を説得できる中期目標を明確にする必要がある。

 温暖化防止策が、経済成長と貧困対策の足かせになるのは避けたい。しかも、この世界的な経済危機のさなかである。新興国、途上国とも将来に不安を抱くのは当然だろう。

 そんな中で注目したいのが、国連環境計画(UNEP)の「グリーン経済イニシアチブ」である。革新的なエネルギー技術などへの投資を拡大し、雇用機会を増やしながらCO2の排出削減も進めるビジョンだ。

 オバマ次期大統領は、クリーンエネルギー投資で新たな雇用を創出する方針だ。UNEPの構想はこうした投資を世界規模で進めることをめざしている。北側から南側への経済支援と技術移転が進めば、「50年までに世界で半減」という目標が双方の利益にかなう現実的なものになるだろう。

 ひとつしかない地球の住人として、未来を共有するための接点をさぐる。これからの1年が、決断の時だ。

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