内外タイムスでも忘れられない仕事をいくつかありました。特に松川事件(注2)は印象深い担当事件でしたね。裁判では、最高裁の差戻審判決、つまり検察側の上告が棄却されました。その裁判は仙台高裁で行われたので地元の新聞が仕切って記者会見が開かれたんですけど、内外タイムスは記者クラブに入っていなかったから出席させてもらえなかったんです。そこで私は裁判長の家を訪ねることにしました。実際に訪問したら裁判長は留守だったんですけど、御家族の好意で御飯や風呂までいただきながら待たせてもらいました。やがて裁判長は酒が入っているのか上機嫌で帰ってきたんです。その瞬間、翌日有罪を宣告する人間の表情じゃないと思いましたね。そこで「全員無罪」という原稿を書いて会社へ送ったんです。辞表と一緒に(笑)。
判決は翌日の午前11時に出るので、その日の夕刊にはどんなに急いでも早版に載らないんです。号外を発行しても正午過ぎになります。ところがその日、内外タイムスだけは号外よりも早く、全員無罪という判決の記事を掲載した新聞を販売できた。当たり前ですよね、前の日に記事を書いて入稿してるんだから(笑)。でも知らない人からみたら、スクープ中のスクープですよ。どの大新聞より早く記事が載ってるんだから。まぁ、こんなのは反則ですけどね。私が博打うちでなかったらやりませんよ。判決を待たずに記事を書くなんて。あと、大新聞なら絶対に許してくれないでしょうね。内外だからできたんだと思います。
(注2 '49年8月17日に東北本線松川駅−金谷川駅間のカーブで何者かがレールを細工して上り列車が脱線転覆。乗務員3人が死亡。後に罪もない容疑者が自白を強要されたことがわかり、歴史に残るえん罪事件と言われた)
「内外だから」ということでいえば、警察まわりをしていると「アンタんとこ向けの事件があるよ」なんて声をかけられることが多かったんですよ。私が内外タイムスの記者だから大新聞が書かない痴情、怨恨、エログロ、ナンセンスが記事になるってことを刑事も知ってるからね。でもそういうところから大新聞も悔しがる特ダネを拾うこともありましたよ。大事なのは、そのネタを仕入れてからどうするか。事件が起きたとき警察にとって初動捜査が大切なように、記者にとっても初動が肝心。事件の当事者や関係者の話は他社が聞く前に聞くことが大切なんです。取材の相手は芝居の台詞を読むわけじゃないから一度しゃべってしまったことは二度目からは正確でなくなってしまう。事実はひとつだから生の言葉の大切さを学びました。
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