俺は小さいころからサラリーマンになる気は全然なかったんです。というよりは俺自身がサラリーマンになるというイメージがもてなかった。それは、俺の父親がサラリーマンだったことが大きいですね。
俺の父親はいわゆる昭和ひと桁生まれの企業戦士でした。ちょうど日本が高度成長期の頃で、電子部品のメーカーの末端の兵隊として最前線でバリバリ働いてた。だから普段からあまり会わないんですよ。いつ家にいるんだかわからない。俺が起きる前に会社へ行って、寝た後に帰ってくるっていうくらいの働き人間でしたから。ずーっと会社会社で。下手すれば日曜でも出ていきますからね。
だから親父と遊んだ記憶もほとんどないですね。そんな状態だったから、なんとなく子供心に「ああはなりたくない」みたいなのがあって。いつ遊ぶ時間があるんだって感じでしょ。人として、父親としては立派な人なんですよ。家族をちゃんと養ってね。でも俺にはサラリーマンがおもしろいとは思えなかったんですよね。
さらに悪いことに、会社の経営が傾いたときに親父がリストラにあったんですよ。40代半ばくらいで。親父はお人良しだったから、貧乏くじ引かされたみたいな……。その頃、俺は高校生でしたが、そういうのを目の当たりにして、さらに強く「ああはなりたくない」=「サラリーマンはイヤだ」と思ったんでしょうね。
親父もリストラにあう前は「人間は普通に会社に入って、普通に働いて、真面目にコツコツ働くことが尊いんだ」なんてよく言っていたんですよ。それが自分がリストラにあっちゃったことが、かなり人生観を変えたと思うんだ。これだけ会社のために働いて最後はコレかよって思ったはずで。それからは俺の生き方に口は出さなくなりましたね。途中までは結構うるさかったんですけど。
幸いにして親父はその後すぐに再就職先が決まったので、うちが生活に困るということはなかった。それもサラリーマン志向を鈍らせた遠因といえるかもしれません。ウチは経済的には可もなく不可もなく、中流家庭で不自由なくやってきたので、貧乏というものに対する実感があまりないから恐怖心もなくてね。当時はバブル前夜でバイトもたくさんあったし、会社に属さなくてもなんとか生きていけるんじゃないかって思ってたんでしょうね。
|