【カラ売り屋(2)】究極の利回り追う伝説の投資家
「財務分析」だけで巨額の富を生み出す世界のインベスターたち
チェイノスは誰でも手に入れられる公開情報にもとづいてカラ売りし、大きな利益を挙げたのだ。
作家 黒木 亮=文
■「タイヤ・キッカー」という新流派
チェイノス以外にも、米国にはカラ売り専業ファンドやカラ売り候補になる企業の情報を提供する会社が数多くある。キューバ系米国人が運営するカラ売り専業ファンド「アセンシオ&カンパニー」は、企業の問題点を調査レポートでずばり指摘し、ダイアナ・コープ(複合企業)やウィンスター・コミュニケーションズ(テレコム会社)を破綻に追い込んだ。「オックスフォード・クラブ・コミュニケ」は、過去、Kマート、ダイムラー・ベンツ、フリーポート・クーパー&ゴールドなどのカラ売りを推奨し、投資家に利益をもたらした。イラン生まれのユダヤ人、ジョセフ・パーンズは、投資ファンド「テクノマート・インベストメント・アドバイザーズ」を主宰し、ブルームバーグの「ウェルス・マネジャー」誌によって2004年以来毎年、トップ資産運用者の1人に選ばれている。カラ売り専業ファンド「ビハインド・ザ・ナンバーズ」は、収益の質を徹底的に調べることや、対象企業の顧客、納入業者、同業他社などからも話を聞くことを方針として掲げている。ちなみに、財務分析だけでは飽き足らず、関係者に話を聞いたり、製品をテストしたりするカラ売り屋を「タイヤ・キッカー(タイヤを蹴る人)」と呼ぶ。
もちろんカラ売り屋が常に勝つわけではない。株価が下がらなければ、カラ売り屋は借株料を払い続けなくてはならず、徐々に追い詰められる。株価が上がって、手仕舞わなくてはならないときは、損失が発生する。
1990年代の長期の上げ相場の中では、多くのカラ売り屋が倒産した。ジェームズ・チェイノスも、1990年代にアメリカ・オンラインの株のカラ売りで失敗し、後に「オンラインの世界がこれほど重要になるとは考えていなかった」と語っている。ジェシー・リバモアも、生涯で4度破産し、最後は1940年に自殺した。
カラ売りには、インサイダー取引規制のほかに、アップティック・ルール(株価が下がっているときにはカラ売りできない)などがあり、また、売った株が上がり続けた場合、損失が無限大に膨らむ可能性もある。カラ売りは、通常の投資方法より、儲けるのが難しい手法であるといえる。ではカラ売り屋たちは、なぜカラ売りをするのか? 彼らの動機は、金儲けよりも知的好奇心の満足にある。数字の羅列の中から真実を読み取り、株価が下がって、自分の正しさが証明されることに大きな喜びを感じるのだ。カラ売り屋に必要な資質は、第一に高い知性、次に偏執狂的な集中力、旺盛な好奇心、そして反骨精神である。
黒木 亮
1957年、北海道生まれ。英国在住。カイロ・アメリカン大学大学院修士(中東研究科)。
都市銀行、証券会社、総合商社に23年余り勤務し、国際協調融資、プロジェクトファイナンス、貿易金融など多くの案件を手がける。
2000年『トップ・レフト』でデビュー。『巨大投資銀行』『青い蜃気楼~小説エンロン』など著書多数。最新作『エネルギー』(上・下巻)が早くもベストセラー邁進中。
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