【カラ売り屋(2)】究極の利回り追う伝説の投資家
「財務分析」だけで巨額の富を生み出す世界のインベスターたち
チェイノスは誰でも手に入れられる公開情報にもとづいてカラ売りし、大きな利益を挙げたのだ。
作家 黒木 亮=文
■冬眠している熊たちの共謀
2001年1月から、チェイノスは、ウォール街の投資銀行のアナリストたちと意見交換を始めた。その結果、アナリストの大多数が「エンロンはブラック・ボックスで、分析することは不可能。だが、同社が利益を出している限りは、何の問題もない」という態度でいることを知って驚く。また、アナリストたちが、エンロンが投資銀行に対して払う巨額の手数料のために、同社に関して常に好意的な意見を発表しなくてはならないプレッシャーを受けていることも見てとった。
2001年2月初め、ニューヨーク・タイムズに、カリフォルニア州の電力危機(電力不足)に際して、エンロンがとった行動に関する記事が掲載された。記事によると、エンロンは、カリフォルニア州の需要家に対して、電力を供給する契約をしていたが、契約書の中に挿入していた、「エンロンに対する電力供給者が電力を供給できない場合は、エンロンは需要家に対する責任を負わない」という一文を盾にとり、電力供給を拒否したという内容だった。チェイノスは、電力供給市場におけるエンロンの信用はガタ落ちになると確信した。株価はまだ80ドル前後だった。
同月、チェイノスは、マイアミの高級ホテルに20人ほどの投資家を集め、「Bears in Hibernation(冬眠している熊たち)」と名づけた集会を開いた(熊は「株価下落」を意味する)。チェイノスが、それまで集めたエンロンに関する材料を披露したところ、投資家たちは、カラ売りに賛同した。
まもなく、チェイノスは、エンロンの多数の幹部が退社しているという事実を知った。また、幹部の自社株売りも一向に減らなかった。さらに、2000年の「10K」や、2001年3月の「10Q」でも、引き続き「ゲイン・オン・セール」会計を使い、利益率も依然として低かった。「関係会社」との取引も、それに関する財務諸表の記述は、以前よりも詳細になっていたが、やはり理解するのは困難だった。たとえば、「関係会社」とは「エンロンの上級幹部」がコントロールする複数の法人(limited partnership)で、1999年と2000年に、エンロンは新たな複数の組織(entities)をつくり、それら組織にエンロン株を拠出して資産を移したうえで「関係会社」とデリバティブを使用した様々な価格ヘッジ取引を行ったと記載されていた。
それらヘッジ取引については、「エンロンは移転した資産と引き換えに、それら組織に関わる経済的利益(economic interest)を取得した」「エンロンは第三者および関係者とある特定の金融商品(certain financial instruments)を使って、エンロンの資産をヘッジする取引を行った」といった調子だった。この頃になると、エンロンの株価は徐々に勢いを失い、60ドル前後まで落ちてきた。
夏場になると、エネルギーや電力の価格が下落し始めた。市場では、エンロンは、大量の買い持ち(ロング)ポジションを抱え、価格下落で痛手を蒙ったと噂されるようになった。チェイノスは「いかに上手くヘッジしていても、市場がブル(上昇基調)であればトレーダーは儲け、ベア(下落基調)であればトレーダーは損するものだ」と述べており、これはかなり真実を突いている。
同じ頃、トレーダーたちの間で、エンロンの「関係会社」取引に関し、エンロンが株価を維持できなければ、資金繰りに支障をきたすという話が流れ始めた。株価が一定水準を下回ると、エンロンは取引をしている「関係会社」(SPE)の信用力を補填するために自社株を追加拠出したり、「関係会社」の債務を全額返済しなくてはならないという義務を負っていたからだ。
この頃になると、エンロンから次々と悪いニュースが出てくる情勢になってきた。カラ売り屋たちは、これを「ゴキブリ理論」と呼ぶ。1匹いれば、ほかにもたくさん潜んでいることが多いという意味だ。エンロンの株価は48ドル前後まで下がった。
決定的なニュースは、2001年8月にやってくる。エンロンのビジネスモデルをつくった当の本人で、当時はCEOになっていたジェフリー・スキリングが、突然「個人的な理由」で会社を辞めたのだ。チェイノスは、「過去のいかなる事例を見ても、問題があるとされる企業のCEOが、曖昧な理由で会社を去ることほど危険な兆候はない」と述べている。スキリングの辞任で、株価は40ドル台から36ドルまで急落。
その後、株価は、8月末・35ドル、9月末・27ドル、10月末・13ドルと、風に舞う木の葉のように落ちていった。11月末には1ドルを割り込んでたったの26セントとなり、ついに12月2日、チャプター・イレブン(連邦破産法第11条の会社更生手続き)を申請した。
チェイノスは、財務諸表や新聞記事、SECへの報告書といった誰でも手に入れられる公開情報にもとづいて、株価が最高値圏にあるときにエンロン株をカラ売りし、大きな利益を挙げたのだ。
黒木 亮
1957年、北海道生まれ。英国在住。カイロ・アメリカン大学大学院修士(中東研究科)。
都市銀行、証券会社、総合商社に23年余り勤務し、国際協調融資、プロジェクトファイナンス、貿易金融など多くの案件を手がける。
2000年『トップ・レフト』でデビュー。『巨大投資銀行』『青い蜃気楼~小説エンロン』など著書多数。最新作『エネルギー』(上・下巻)が早くもベストセラー邁進中。
記事を読むだけで、環境に貢献!ぜひご参加を!協賛:日本IBM
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