(cache) 火力の歴史的発展と現代のRMA―間接アプローチを超えて―1

本稿は筆者が卒論として提出した物です。
本論文の問題点についてはそのうち修正するかもしれませんし修正しないかもしれません。
- ただ、想定している議論範囲は野砲の射程内です。
田母神「論文」とかで自衛隊の知性が疑われると嫌なので…
- 一応私も元ですし
- 現役の方の論文も引用しているです。
- つーか、田母神「論文」はひどい。
文字数制限オーバーなので明日に続く

はじめに

大砲はルネサンス期に発明された。当初は当時の技術や作戦環境の制限下で主に攻城兵器として使用されたものである。野戦砲兵というのは未だ姿をあらわさないが、大砲の登場はバトルドクトリンの大きな変化を産み出した。その後、三十年戦争に突入するとグスタフ・アドルフは三兵戦術を開発し野戦砲兵を産み出した。この野戦における火力基盤としての砲兵は発展を続け、元来野戦砲兵の将校であったナポレオンによるヨーロッパの征服といった時代を生みだしていく。しかしながら、ここまでの野戦砲は直接照準の、砲兵が直接視認できる敵に対する火力であった。

第一次世界大戦に突入すると、閉鎖機、駐退機の発明、口径の規格化、間接照準射撃の発明により砲兵の戦術は次世代のものへと進化する。大量の鉄量を見えない敵に投射する砲兵というものが誕生したのである。これにより歩兵のようなソフトスキン目標が密集して戦場に存在することは不可能になり、歩兵戦術が従来の近代横隊戦術から防御時は壕にこもり、攻撃時は散兵の相互支援による躍進を基礎とした歩兵戦術へと進化した。

現代の砲兵はこの第一次世界大戦の砲兵の延長線上にある。確かに材料や設計の高度化により、より長射程で精度の高い射撃は可能になった。また、GPSやコンピュータの発明により射撃諸元の計算は圧倒的に高速化された。対砲迫レーダーの発明により対砲迫射撃という任務も加わった。しかしながら、基本的な任務という意味では第一次世界大戦と大きな差はない。

ここで、RMA*1と呼ばれる概念がある。テクノロジーの発達により軍事において革命的な変化が訪れるという考えである。この考えは火力の意味を大きく変えようとしている。テクノロジーの発達による情報化は敵、味方の位置、それぞれの部隊の状況、後方域の状況、そういった従来クラウゼヴィッツが戦場の霧といったものを晴らそうとしている。ここにおいて砲兵というのは火力プラットフォームの一部以上の意味は無くなる。火力をぶつけられる側にとっては、それが攻撃機の投下する250kg爆弾だろうが砲兵の155mmりゅう弾だろうが、歩兵の対戦車ミサイルだろうが、それで撃破されるならば何であろうと関係ない。逆に火力をぶつける側にとっては効率よく、敵の撃破可能性を最大にしつつオーバーキルが少なくなるように火力が適切に投入出来れば良いだけである。であれば、砲兵というのは大砲を扱うという意味では特殊になるが、ただの火力編制の一角という意味では一般化される。

高射砲兵はその扱う要素の数が少なく、その監視や索敵も電子的に行えるという都合上、すでに各種火力プラットフォームの有機的統合を果たしている。コンピュータの計算能力の向上やネットワーク技術の発展、監視・索敵技術の発達は地上においても同様のことをなしうるであろう。

しかしながら、これらが単純に命中精度が高まり見えない敵を効率よく打倒しうるだけの話になるのであろうか。多くの論者はここに間接アプローチ戦略による敵の効率的破壊、空中機動戦力のような機動性の高い戦力による効率的な運用の将来像を描く。しかしながら、筆者は到底それだけで革命的とは言えない。確かに、情報化によってそれぞれの兵員、兵器、部隊の戦闘能力は向上するであろう。しかし、効率的な戦闘、間接アプローチ戦略に基づく敵の弱点の攻撃という考えそのものは従来の近代的陸軍もその程度に違いがあるとはいえ、根本的に同様の方法論であると言える。重厚な機械化戦力は何のために存在したのであろうか。それは機動力*2を高め敵の対応能力を奪うことにあったのであって、その意味では間接アプローチ戦略の文脈で理解されるものである。

大モルトケによる訓令式統帥法は近代的統帥法の原形として、現代でもなお参謀システムとして世界各国の陸軍で用いられているが、これは電信と鉄道という当時の新技術に適応したシステムであり、当時の環境下において戦闘力を適切に集中するのに適当であったに過ぎない。大モルトケのシステムの延長線上において、指揮官に集まる情報資料が増加し、かつそれを処理し情報とする能力が向上したところでそれは何ら決定的な事態を示すものではない。それは従来の思想の進化―エボリューション―であって革命―レボリューション―ではないのだ。このように、RMAを把握するならば、それは単なるフォース・マルチプライヤーとしてのC4ISR*3と言うべきであって革命的とは到底言えない。

ここで、本論文では火力の歴史的な発展を基礎に現代の軍隊が直面するRMAについて議論をし、単なる間接アプローチ戦略を超えた次世代の陸軍の姿の一部を示したい。

近代戦の黎明（ルネサンス～ナポレオン）

火器の誕生

本章ではヨーロッパにおける火器の誕生から、それらが野戦において中核的な役割を果たすようになった時代について検討する。軍事革命と呼ばれる一連のムーブメントがいかなるものであったかを検討することは、現代のRMAに対する理解の基礎となるだろう。筆者はこの観点から近世～初期近代にかけての軍事革命について検討し、軍事的側面に関してこれを考える。

ここで、本節ではルネサンスにおける火器の誕生以降の状況を考える。この問題についてはバート・S・ホールによる詳細な研究があるが、ホールの主張は軍事革命と呼ばれるような事態は無かったと論じる物であり、ジェフリ・パーカーに代表される軍事革命論者に反駁している。

なお、史学者による軍事革命の概念は、火薬兵器発明以降における諸々の軍事上の改革が中央集権型の国家の成立や民主主義、資本主義の成立といった政治的・経済的な変革に大きな影響を与えたということを大きなテーマとして取り扱っているが、本論文ではそのような政治的・経済的な影響については論じない。

さて、火砲の大々的な運用がルネサンス前後にかけて始まったことは言うまでもない。この中で注意せねばならないのは、それまでの中世後期の戦争が攻城戦主体であったことである。この点についてはホール*4もパーカー*5も同一の見解を持っているが、これら火砲がまず攻城戦において大々的に運用されることとなったという部分は確かにその通りであると言えるだろう。まず当時の大砲は圧倒的に重く射程が短く威力も弱かった。重く可搬性が低いために定置的に運用する攻城戦では用いることが出来ても野戦では運用がしがたかったことは十分に考えられる。

攻城戦は火器に対して、既成の軍事的活動範囲を提供した。それはすでに投石器が主役になっていた分野であり、人々が古くからこれに慣れ親しんでいたおかげで、攻城用の火器が演じることのできる戦術的役割の大部分がそこから示唆されたのだ。*6

このようにして大砲は攻城戦においてまず運用されることとなった。しかし、この大砲の運用が大きな変化を及ぼすのは15～16世紀におけるハプスブルク家とヴァロア家によるイタリア戦争である。個別的な戦争の詳細は紙幅の関係上避けるが、ここにおいて生じた一連の築城術の発達について、ホールはこの変化はエポックメイキングな事態ではないと論じている*7。とはいえ、この時代に築城術が大きく進歩したことは間違いなく、一時的に大砲優位となった戦術環境は、この時点でまた防御優位へと転じたと言えるだろう。

大砲の発展は従来の高い壁と塔による城を無力化させた。しかしそれは同時に陵堡式要塞という新しい発明を促し従来の築城術を大きく変化させたことは間違いなく言える。ホールはこのような状況を単純に攻撃方法の発達に応じて防御方法が発達しただけに過ぎないと論じた*8が、少なくとも直接照準火力の運用について言えば、相互支援で死角を無くし、一発の弾でより大きな効果を出せる敵の側面を打撃し、十字砲火を加え、敵を拘束し、機動を阻害する築城法を考えたという意味で非常に重大であったと筆者は考えざるをえない。陵堡式要塞に特徴的な張り出した陵堡によって作られた星型に代表されるジグザグの線は今でも野戦築城での陣地で同様に見られる。現代でも歩兵は土を盛りジグザグに陣地を作るが、基本的なアイデアという意味では当時に要塞とこれらは基本的に変わらない。それぞれの防御する部隊が相互に支援し敵に効果的に危害を加えるという意味においてこの時代の考え方は現代にも連綿と続いていると言ってよいだろう。

新しい野戦戦術の登場

前節では砲兵があくまで攻城兵器として扱われた時代のことを議論した。本節ではこれより少し後の時代における、野戦戦術の大きな発展について考える。

まず、野戦において16～17世紀には大きな変化が生じたことに注意せねばならない。近代横隊戦術の誕生である。オラニエ公マウリッツ*9の一連の改革は現代においてドクトリンとしての残滓はほとんど無いが、その後の第一時世界大戦初期までの野戦戦術を大きく規定したと言ってよいだろう。これについて考えてみたい。

マウリッツの産み出した改革とは、横隊になった歩兵による斉射戦術である。当時の前装式の銃は当然に装填動作に時間がかかり、その発射速度は極めて遅かった。それは火力の効果を著しく減退させるものであったことは言うまでもない。これに対する解決法として、一連の装填～発射動作をマニュアル化し数列に並んだ歩兵が次々と一斉に発射することを考案したのがマウリッツの改革である。

十六世紀後半にはじまったこの「革命的」な軍事状況は、古典主義の新しい精神の結実でもなければ、長期にわたる技術変化に適応した結果でもなかった。むしろそれは明らかに、歯輪点火式ピストルが広く手に入るようになったことが引金になって生まれたのである。*10

ホールはこの改革についてその要因を歯輪点火式*11ピストルに求めているがその議論の是非はこの論文の問題とするところではないので横に置くとして*12、いずれにせよこの時期にホールはカッコ付きで述べているものの野戦において大きな変化があったことは言えるであろう。

このオランダ式の戦術はその後各国に大きく受け入れられ*13ることとなったが、これはその後に大きな影響を及ぼした。

ナッサウ戦術が本領を発揮すると、どれほどの威力があるかをみせつけたのは、二五年後のグスタフ・アドルフである。第一に、絶え間ない教練と演習をくりかえしたかいがあって、スウェーデン陸軍の弾薬の詰替え時間は、一六二〇年代にかなり短くなり、マスケット銃兵六列で連続射撃が出来るようになった。*14

このように教練を積み、薄く横長に広がった銃兵による部隊の戦闘という新たな文化がここに始まったのである。現代にも残る軍隊の基本教練は今や完全に儀礼用と化したものだが、この時代から第一次大戦初期までの間にあって、これは立派な戦術機動として用いられたのである。兵士は銃弾の飛び交う中で列を組み、足を揃えて行進し回れ右をしたのである。

この時代にはいくつか重要な発明があるが、その中でも最も大きい物は銃剣であると言えるだろう。歩兵はスペイン方陣やスイス歩兵で槍（パイク）を用いて運用されてきたが、これは騎兵や歩兵の突撃を完全に粉砕することが出来た。槍襖に突撃して無事な者など存在しない。当時の前装銃は装填に時間がかかるために突撃に弱かったが、銃剣の発明は銃兵と槍兵を兼ねることを可能にした。もちろん、銃剣ではパイクのように振り下ろして攻撃することは出来なかったが、そのような打撃を与えたいのであれば、より遠くから銃を発砲することが出来たであろう。

16～17世記にかけて人類は歩兵戦術について大きな躍進を得たのである。また、この大きな躍進は重要な変革を産み出したと、ジョン・A・リンが論じている*15のでこれについて考えてみよう。

テクノロジーの変革ではなく、概念・制度上の変革は17世紀の戦争遂行に決定的な影響を及ぼした。そのような第1の変革は、「自制の戦闘カルチャー」（battle culture of forbearance）として、ここで述べるアプローチ――戦闘損失に対する新しく、また反本能的な態度であった。第2の変革は第1の拡大、つまり、「自制の戦闘カルチャー」の中で、部隊を統御し、維持するために教練を用いることであった。第3は17世紀後半のヨーロッパの連隊によって例証された軍隊社会の新しい形の創世だった。もし、「軍事革命」――意味的な用語として許されるならば――が1世紀、あるいはそれ以上かかる場合、これらの3つの変革は、文字どおり真の革命であった。*16

筆者はこの考えを支持したい。本論文では軍事革命の政治・経済的意義について触れないが、しかし「概念・制度上の変革」がこの軍事革命において大きな役割を果たし、またその後の軍事ドクトリンや軍事思想に大きく影響を与え戦争のあり方を規定したという意味においてテクノロジーの発達以上に大きな価値を置くことは出来る。

リンが指摘した兵士に自制させるために教練し連隊という社会を作り上げた軍隊は現代においても連綿と続いており、この方式が後世に大きく影響を及ぼしたことを認識させる。確かに現代に横隊戦術をとる歩兵連隊は存在しないが、しかしながら、兵士に恐怖を克服させ、兵士を訓練によって行動を標準化させ、そして団結を育み、連隊に忠誠心を抱かせるといった行為は今だ行われているし、またより洗練されて存在していると言えるだろう。

現代の歩兵において当時と比較出来る部分で言うならば、デーヴ・グロスマン*17の指摘の通り、殺人行為を犯す恐怖を兵士から訓練によって考える前に撃たせることによって克服した例などが簡単にあげられるだろう。

野戦砲兵の登場

前節で示した通り、歩兵戦術はナッサウ以降大きく変化し、近代横隊戦術として横隊による一斉射撃を中心とした戦術として完成する。しかしながら、近代における野戦の特徴の重要な点である砲兵と騎兵との連携についてはいまだ触れていない。この節では野戦砲兵の登場とコンバインド・アームズ*18について考える。

前述の通り、火器の誕生から大砲は非常に重く運用の可搬性が低いため*19に、主に野戦でなく攻城戦に用いられてきた。攻城戦であれば、比較的長期の期間に渡って一定の場所に定置することも出来たし、その必要な補給の維持も弾薬に関して言えば行いやすかったと想像出来る*20。この性質の傾向は現代においても同様であり、第二次世界大戦においてナチス・ドイツが運用したカール自走臼砲*21や80cm列車砲*22といった超巨大な砲はともに要塞の攻略を目的としたものであり、実際にその目的に使用された。もちろんこれは特殊な例であるが、砲には一定程度その傾向があると言えよう。

しかしながら、技術の発達により砲が軽量化し三十年戦争*23の時代には野戦砲を運用することが行われるようになってきた。ここではレザーガン*24といった失敗があったものの、従来の攻城戦で使用された巨大な大砲ではなく、比較的小口径で軽量な砲が野戦砲として野戦に登場したのである。

三十年戦争における最も有名な指揮官の一人であるグスタフ・アドルフ*25は歩兵にピストルを装備した竜騎兵、そして砲兵を組み合わせた三兵戦術という戦術を産み出した。この考え方は現代の諸兵科連合部隊、コンバインド・アームズに通じる。

（グスタフ・アドルフは）大量の野砲を投入して、火器の破壊力を格段に高めた。一五九七年のテュルンハウトの戦いのとき、オランダ軍の野砲は四門、三年後のニーウポールドの戦いでも八門しか配備していなかった。ところがグスタフ・アドルフは、一六三〇年ドイツ遠征に八〇門を用意した。これらの砲は三種類の口径（二四ポンド砲、一二ポンド砲、三ポンド砲）に統一され、すばやく装填できるように、あらかじめ薬包が装着してあるものもあった。全連隊に配備されたのは三ポンド砲だが、これは一時間に二〇回の一斉射撃が可能で、これならマスケット銃兵の発射間隔にくらべてもさして見劣りはしない。*26

グスタフ・アドルフは歩兵戦術であったナッサウの戦術に野戦砲兵と騎兵を組み合わせ有機的に統合して運用するという新しい方法論の道を開いたのである。そして、この横隊戦術と歩兵を中心とした三兵戦術による戦争のやり方はその後の近世～近代にかけての戦争のやり方を大きく規定するのである。

しかし、ここで注意せねばならないのは当時の砲兵が直接照準を基本としていたことである。当時の大砲の有効射程は短く、砲手により目視された目標を直接に照準し低伸弾道で射撃するという方式であった。現代の砲兵は間接照準射撃により見えない敵を曲射弾道にて砲撃するのが中心であるが、当時はそのような計算は当然にできなかったし、そのような長射程を攻撃しうる大砲も存在しなかったのである。

ナポレオン戦争と決戦主義

近代の戦争を語る上でもう一つ外せない事項があるとすれば、それはフランス革命とナポレオン戦争によって始まった決戦主義である。一連の改革によって近代横隊戦術と三兵戦術という形で結実した野戦戦術は、近世において国王の私兵としての一種の傭兵軍に担われることとなった。もちろん当時は三十年戦争で用いられたヴァレンシュタインに代表される戦争起業家による傭兵軍やランツクネヒトのような傭兵軍に依存するようなことはなかったが、あくまで国王の私兵としての常備軍という体裁であった。

これは大きな問題を孕んでいることを、ギベールのアンシャンレジームにおける戦争の問題点の指摘を引用しながらマクレガー・ノックスは指摘する。

政治的支配を維持するための強制と軍事的手段の2つが相対的に欠落していたことにより――ヨーロッパ諸国の増加していく集権化と能率性にもかかわらず――国家目標が制限され続けてきた。旧体制の戦争術は、その社会・政治的秩序内で、補完することができない戦闘力の集中、機動、決断上の制約が重なり、活動が鈍化していることに悩んでいた。*27

アンシャンレジームの軍隊は、様々な理由によりその活動に大きな制限を加えられていたのである。まず考えられるのが兵士に対する動機づけの弱さである。国王の私兵に過ぎない兵士は戦争に参加する動機づけが弱い。封建時代の騎士のように領地の支配権の対価として軍事的役務を背負っているというならばいざしらず、そうでない者を国王の戦争のために動員するのは給与や強制といった手段によらざるをえないだろう。これについては脱走兵の多さがその問題点を明らかにしている。

また、当時の補給方式の問題についても考えなければならないだろう。アンシャンレジームの軍隊における補給方式が倉庫給養方式であったために、策源に縛られてきたと説明されることが多い。*28しかしながら、マーチン・ヴァン・クレヴェルトによるとそうではない。

要するにナポレオンは、兵站面で果てしない困難を引き起こしたのは、包囲戦を好んだ一八世紀の偏りのためだと悟った。指揮下にある軍隊が大規模だったために、包囲戦をやらなくて済んだナポレオンは、一八世紀の補給制度を大部分不必要なものにした。*29

確かに、三十年戦争における補給が略奪を基礎とするものであり、そうであるがゆえに移動し続けなければならなかったということを鑑みると、大きく作戦環境が変わっていないにも関わらずあえて不自由な方式を絶対主義国家が用いたというのは不可解である。であれば、補給と機動の問題は攻城戦を行ったか否かの問題に帰着する。

さて、このようなアンシャンレジームの軍隊に対してナショナリズムに燃えた徴兵軍であるフランス軍が立ち向かうこととなったのがフランス革命戦争、そしてナポレオン戦争である。フランス革命軍はアンシャンレジームの軍隊が孕んでいた問題を解消してしまった。第一に動機づけであるが、共和制の国民国家として新たに成立したフランスにとって、その軍隊は国王の私兵ではなく共和国の軍隊となり、ナショナリズムに基づいた強力な動機づけが行えるようになった。また、徴兵制度の導入は兵員の費用を低下させた。その他でも、それまで卑しい仕事とされた兵士を一般の人々が担うべき名誉ある仕事へと変化させ、将校の登用もまた試験制度という平等な制度へと変更した。これらによって、それまでの軍隊が費用の高騰や士気の問題で不可能だった様々な戦術、決定的な決戦、追撃といったことを可能としたのである。そして何より、戦争の大規模化を可能としたのである。

そして、これら考えはクラウゼヴィッツの戦争論によって定式化され、絶対戦争というアイデアが産み出された。クラウゼヴィッツの戦争論はその戦術的考察において陳腐化した部分が多々あるが*30、彼の生みだした政治の手段としての戦争、そして戦争が原理的には無限に強度を増していくという部分においてその後の戦争のあり方を大きく規定したといってよいだろう。

ここで、本章で議論したことをまとめると、火器が発明され近代的な築城術が作られたこと、鉄砲を装備する兵士による斉射を基礎とする近代横隊戦術が発明されたこと、歩兵と野戦砲兵と騎兵による三兵戦術が作られたこと、そしてナショナリズムによる国民軍が出来たこととなる。

近代的築城術や三兵戦術は形を変えながらも現代の軍隊に実践的な形で残っている。近代横隊戦術は陳腐化し現代に残っていないが、そのエートスはいまだに軍隊を統べていると言えるだろう。ナショナリズムによる国民軍にはその後の世界大戦において大きな影響を及ぼしたと言えるだろう。その意味では、このルネサンスから近世、近代初期にかけての間に現代の軍隊の基礎的な要素が形作られていったと言っても過言ではない。

RMAと呼ばれている現代の軍事環境からこれを見ると、純粋なテクノロジーの発達も問題であるが、それ以上にそれを運用する人間の精神や思想が非常に重要な役割を果たしていることに気づかされる。軍事マニア的な個別的なテクノロジーの応用にばかり注目せず、それを運用することによって運用そのものがどのように変わるかを考えなければならないということで本章のまとめとしたい。

第一次世界大戦のエポックメイキング

訓令式統帥法

本章では近代横隊戦術による野戦の理論が崩壊した第一次世界大戦について論じる。1914年の第一時世界大戦の開始から1945年の第二次世界大戦の終結までの間に産み出された諸々の考えはその後の軍事思想を大きく規定した。極端な事を言ってしまえば、現代の歩兵と砲兵の戦術は第一次世界大戦にその基礎がある。また、戦車を用いた機甲戦術においては第二次世界大戦に基礎を求めることができるであろう*31。現代において情報化によるRMAが叫ばれているが、それはこの二つの世界大戦で構築された運用思想を克服するものであると考えるならばこの時代に何が生まれたのかを我々はよく理解する必要があるだろう。

ここで本章では、第一次世界大戦の前史における、近代的統帥法の基礎となった訓令式統帥法をまず検討し、そして第一次世界大戦で産み出された二つのエポックメイキングである間接照準射撃と散兵の一般化について考えてみたい。

まず、訓令式統帥法であるが、これは大モルトケ*32によって考案されたと考えられている。少々長いが説明を引用しよう。

モルトケは戦略は簡明でなければならないと考えていた。これを彼は「戦略は基本的な常識の枠を超えるものではない」と表現している。なんとなれば大兵団の時代にあっては分業と強調が不可欠であり、その実現には「下級の指揮機構が、発令者の目的を承知していることが絶対に必要」だからである。そのためにモルトケが採用したのは訓令戦術、あるいは委任戦術と呼ばれる指揮の方法である。モルトケの思想の中で指揮統制は重要な位置を占めている。そして訓令戦術とはこう休止期間に対して、全般的な目的と個別の任務の大綱を示す一般的な訓令（指針）を出すにとどめ、細部の処置は現地の司令官に任せる指揮統帥法である。当時、指揮統帥を行うに際して明白なジレンマが存在していた。初期の集中のためには、特に鉄道のダイヤグラムの関係もあって高度に中央集権的な統制が必要であり、その一方で戦場における各軍の機動に関しては、分権的な指揮を必要とするジレンマである。しかも当時の電信や鉄道は故障が多いから厄介である。これらに対処する手段がモルトケの訓令戦術であり、軍の頭脳である参謀本部、軍に張り巡らされた神経組織としての参謀将校たちであった。モルトケが近代参謀制度の父とか、勝利の組織者と称される理由は、ここにある。しかも彼の柔軟さは計画すべきこと、管理すべきことを緻密に行うと同時に、現場の指揮官あるいは下級者に任せるべきこと、彼等の自主性を損なってはならないことにも計画を怠らなかったことである。モルトケは次下級指揮官の独断を推奨した。*33

モルトケは下級部隊に対して訓令として大まかな命令を出すにとどめ現場の判断に任せると同時に、下級部隊指揮官に腹心である参謀将校を配属することによってコントロールをした。この時代の発明である鉄道はそれまでの馬車による輸送とは比較にならない大量輸送を実現し、電信はそれまでの伝令とは比較にならない速度での通信を可能とした。これによる作戦環境の変化に適応する形で新たな統帥法を提案したと言えるだろう。

この訓令式統帥法の発明は巨大な分散した軍隊を一元的な指揮の下に置くことを可能とした。また、下級部隊にある程度の裁量を与え、上級指揮官が遠方から指揮するという手法は今後も継続され、またプロイセン陸軍参謀本部をモデルとした参謀本部が世界各国に誕生した。モルトケの始めた指揮法は現代でも修正を加えられながらも基本的な形は残っていると言えるだろう。もちろん、それまでの軍隊であっても上級部隊から下級部隊への指揮というものは存在したが、しかしそれを近代的な形で位階制度を通じ柔軟に指揮統制するというのはエポックメイキングであったと言えよう。

ナポレオンのように自らの目の届く範囲で直接に会戦を指導した時代は終り、大規模な戦域に展開した大部隊の作戦機動による作戦ということがここで可能になったのであり、その意味で産業革命時代の大量生産に支えられた大規模な戦争をその運用面において準備したと言える。大規模な後方支援組織、後方を接続する鉄道、そして後の自動車や航空機によって全戦域にわたり大きな作戦機動をとることを可能としたのである。大部隊を指揮する将軍は自らの目の届かない範囲に通信手段や参謀という神経組織を張り巡らし、統一的な指揮統制を加えることを可能としたのである。そのような意味で、この指揮統制法は現在においてもまた一般的に利用されていると見ることが出来る。

間接照準射撃

第一次世界大戦初期に間接照準射撃が重要な位置を占めるようになってきたことは非常に重大である。この節ではこの見えない敵を射撃する間接照準射撃の誕生がいかなる軍事思想上の変革を産み出したかを考えてみたい。

間接照準射撃の実験的、ないし技術的な準備は第一次世界大戦以前より行われていた。しかし、それが大々的に運用されるようになるのは第一次世界大戦が始まってしばらくしてからである。ジョナサン・B・A・ベイリーの指摘*34によればブルシーロフ攻勢*35に「現代戦につながる要素を含んでいた」とされている。

この間接照準射撃の発明は様々なものを産み出した。技術的な駐退機、閉鎖機の発明、口径の規格化、測量術、気象やコリオリ力、砲や弾の温度や偏差、摩耗といった問題は言うに及ばず、運用面においても様々なものを産み出した。まず、歩兵や騎兵との連携である。着弾による衝撃力により防御側は一瞬麻痺することが予期出来るが、これは一瞬のものである。掩蔽された陣地に対して砲弾は有効な打撃を与えることは出来ない*36し、無蓋のタコツボであっても直撃弾を食らわない限りは安全である。よしんば陣地を破壊することが出来てもすぐさま防御側予備隊が進出し陣地は再構築されるだろう。であれば、砲撃後、歩兵は速やかに敵陣地を攻撃し、これを占領しなければならない。このような戦術上の要請があれば、歩兵の攻撃発起と砲兵の最終弾落下は一致させねばならず、高度な指揮統制が要求されることとなる。また、攻撃実行後も砲撃が継続するのであれば、砲撃の線よりも前に進出することは自殺行為である。これもまた強力な統制を要求する。空中観測も一般化した。折しも実用化された航空機はこの空中観測に最適であり、敵の陣地の状況、砲撃の結果について有益な情報を与えることが出来た。またこれに対抗するための航空機を落とす迎撃機が生まれ、また対空砲を産みだし防空戦闘という概念が生まれた。

筆者はこの間接照準射撃の思考が産み出した最大の重要な点は、砲兵が見えないものを射撃する中で火力をその射程の範囲内で自由に振り向けることが可能になったということである。そして、砲兵火力はその中で大きく二つの方向性に分けられたことを考えなければならない。

一つは阻止である。敵の後方域や攻撃にかかる敵を砲撃することによってその意図を挫こうという考え方である。これは間接照準射撃の発明まで存在しなかったものであり、その意味で非常にエポックメイキングな考え方であったと言えよう。もう一つは支援である。これは従来の直接照準の時代から存在したものであるが、現在敵対する正面に対して投入される火力である。このような間接照準射撃、遠距離火力の発明は戦争を立体化したと言える。

さらに、これらの考え方はその後の航空機にも採用され航空阻止と近接航空支援という形で戦術爆撃は大きく方向性を別つこととなった。また、阻止攻撃の考え方は敵後方域の打撃であり、その意味では敵の戦略的な後方である都市や工業地帯を爆撃する戦略爆撃としてドゥーエに代表される戦略爆撃の系譜、そして突き詰めたところでは核兵器の存在へと大きくその方向性を準備したと言える。

ドゥーエの主張は、航空作戦全体の実行のために、彼我の領域全般で制空を確保することが必須であること、すなわち図の太線の傘をかぶせることが第一の要件で、これが確保できたならば、航空部隊は前線からできるだけ遠方の、戦争の遂行に直結する都市、政治経済機能、産業などの目標を攻撃するべきだということである。*37

筆者はこのようなドゥーエの主張は極端に過ぎ、実際に第二次世界大戦においてドレスデンを完全に破壊され爆撃を各地に食らい続けたドイツがベルリン陥落まで敗北を認めなかったこと、また、日本も東京大空襲や核攻撃を受けながらもソ連の参戦まで敗北を認めなかったこと、また昨今ではイラクのフセイン政権を打倒するために飛行禁止区域は何ら役に立たなかったことなどを鑑みるに、実際は不可能なことであると判断せざるをえない。しかしながら、戦略爆撃がある程度の有効性を持ち、また現代における戦略思想の一つの潮流になっていることは事実である。しかしそれはドゥーエの想定した全面戦争ではなく、制限戦争においてのみ意味があると言えるだろう。少なくともどちらかの当事者にとって全面戦争であるならば、野戦軍の進駐なくして勝敗は決定しないのが今のところ歴史が示す事実である。

散兵の一般化

第一次世界大戦において重要な発明と言われているものにはいくつかあるが、その中でもそれまでの歩兵戦術をまったく無意味化し、戦争の長期化を生んだ存在として祭り上げられているのが機関銃である。機関銃による火力の増大は歩兵のようなソフトスキン目標に対して有効な打撃を発揮し、これが暴露して行進してくる限りにおいて突撃を破砕した。

もちろんこれより前のボーア戦争や日露戦争といった戦争でも火器の発達によって歩兵の攻撃は非常にコストの高いものであると示されたわけであるが、何よりも第一次世界大戦においてこの状況は決定的となったと言ってよいだろう。

マイケル・ハワードの議論*38によれば、将軍達は火力の発達した当時の状況下において大きな出血は避けえないだろうということを予測していた。しかしながら、大きな出血を無くして勝利を収めることは出来ず、またその出血は許容すべきであると彼らが思考していたことを指摘している。そしてまた、そのために戦略は硬直化し防御側圧倒的優位の下にソンムやヴェルダン*39のような巨大な損害を産み出したことを指摘している。

この指摘は確かに第一次世界大戦における巨大な損害を説明する議論として合理的であると言えよう。しかし、最終的にこのような出血はとても堪え切れないものであり、より良い方法論が探られたことを考えなければならない。

このような火力の増大に対して彼らは何をしたのであろうか。それはまず、ハワードもここで紹介しているが、歩兵の密集陣形が捨てたことである。前章において画期的な歩兵戦術として登場した近代横隊戦術を紹介した。これは密集陣形によるもので、攻撃もその密集陣形によって行われてきたわけであるが、火力の圧倒的な増大は密集陣形で行動することを自殺行為としてしまった。そこでナポレオン戦争の時代から攻撃の支援に重要な役割を果たしてきた散兵が一般化していくこととなる。密集ではなく散開することによって、また適宜地形地物を使って隠掩蔽しながら躍進することによって、機関銃による射撃から身を守りつつ前進する方式を採用したのである。もし立って歩くのではなく這って進むことを厭わないのであれば暴露面積は圧倒的に減少し命を長らえることが出来るであろうことは容易に想像できる。

さて、ここで目を転じて第一次世界大戦の西部戦線における作戦状況を見てみよう。そこではいわゆる「西部戦線異常なし」という状況が産み出されていた。クルックのターンからガリエニのパリ防衛軍によるドイツ第一軍への側面打撃*40、マルヌ会戦での失敗によってシュリーフェンプラン*41は破綻し、その後はお互いに包囲を避けるべく陣地を横へ横へと伸ばす延翼競争を開始した。結局、延翼競争はスイス国境から大西洋に至り、さらに陣地を応急のものから組織され縦深がある強固な塹壕陣地へと両軍は強化し戦線は膠着することになる。

このような状況下で何が出来るのであろうか。改めて攻撃という行動を見ると、それには大きく三つの機動があることが理解できる。一つは迂回、これは敵の無視することの出来ない後方域に進出し、ここを破壊し占領することによって前線の部隊を無力化する機動である。もう一つは包囲、これは敵の陣地の後方にまわりこみ敵を脆弱な背後から攻撃しようという考えである。しかし、これら二つは延翼競争の結果、スイスと海洋という強力な行動不能地域に翼を依託しているために不可能である。しかしそれでも攻撃をしなければならないとすればいかにすればよいのか、それは解放翼がなければ作ればいいのである。そしてその解放翼を作るために敵の陣地に穴を穿つのが三つめの機動である突破である。

平押しによる戦闘に限界を感じた両軍はこの突破を企図したのである。

戦争の末期までには両軍の戦術は変化した。イギリス軍はプラマーとモナシュを想起させる注意深い攻囲戦の技術を完成し、機甲と近接航空支援も実験した。ドイツ軍は、塹壕戦の新兵器――軽機関銃、手榴弾、ガス――を活用して歩兵に柔軟性を与え、弱くて動きの鈍い敵が守る戦線を突破できるようになった。*42

イギリスはこの世界大戦で戦車を発明し、機関銃の火制下において攻撃を可能とする方法を考えた。これは結果的に未熟で失敗に終わったが後の第二次世界大戦には機甲突破として大きな役割を果たすようになる。またドイツ軍は浸透戦術という戦術を開発*43し、ガス弾を含む砲撃によって瞬間的に麻痺した陣地に対し軽装備の歩兵を突入させ陣地の後方域を奪取しこれを無力化するということを可能とした。

ただしこれらの戦術は未熟で縦深にわたる陣地を連続突破することは出来なかったし、防御側予備隊の投入による逆襲によって蹴散らされた場合も多々あった。しかしながら、ここにおいて現代的な歩兵戦術、散兵が一般化し相互支援しながら躍進し敵の麻痺に乗じて陣地を制圧するという戦術が始まり、そしてその基礎が完成したのである。

またこれによって従来の密集陣形による統帥法も終りを告げた。ラッパと太鼓に鼓舞され隣の人間に合せて決まった動作を繰り返すだけの歩兵というのは存在しえなくなった。歩兵は創意工夫し判断しながら自らの身を護り、味方を支援し、敵の陣地に突入せねばならなくなった。ドイツの浸透戦術は高度に訓練された者が投入されたが、この戦術の一般化はそのような考える高度な戦術を可能とする自律的な歩兵を要請したのである。そして、このことはある意味で第二次世界大戦後のプロフェッショナル・アーミーの布石となったと言えるだろう。

火力の意義の変化とその後のドクトリン

このような状況で、火力の意味が二つ把握されることとなったのも重要である。一つは機動の阻害、一つは直接撃破である。もちろん、それまでの火力も敵の機動を阻害することに使われた側面はあったが、ここにおいて火力によって相手の機動を阻害という側面が大きく前面に出てきたと言えるだろう。速射性の高い金属薬莢と弾倉を用いた銃や機関銃、そして閉鎖機と駐退機を搭載した火砲の登場は射撃の高速化を産み、それは機動をすることの困難を産み出した。確かに強力な火器は多くの犠牲者を生みだし、それは直接撃破が容易になったと言えるかもしれない。しかしながら、それ以上に戦場において暴露し移動することは死を意味し、そしてそのために機動を行うことを困難になったということが重要であろう。

騎兵はこの時代にも使われていたが、ソフトスキンでありシルエットが大きい騎兵は容易に的になった。昔のように騎兵による突撃はおろか、射撃による攻撃、そして偵察ですら大きな犠牲を払わねばならない状態へと陥った。また長射程の重砲が登場したことは、後方域においてもその機動が時に阻害される事態を産み出した。時代が下り航空阻止が当然に行われるようになると、夜闇や森林による隠蔽が行われない状態の敵制空権下で行動することは自殺行為となった。第二次世界大戦におけるノルマンディ上陸作戦以降のドイツ軍機甲部隊は強力な機動力を持ちながらも機動することが困難となり有効な戦力の集中を困難*44にした。

さて、筆者はこの火力が阻止と支援、機動の阻害と直接撃破という形で機能別に分化し、プラットフォームそのものに意味を付与出来なくなった状況を火力の普遍性として把握したい。火力が抽象化したことは非常に重要な意味を持つ。例えば機動を阻害するという意味において野砲の砲撃も機関銃による火制も地雷原も同様の意味を持つ。また、であるからこそこれらは組み合わされ、地雷原の啓開を阻害しつつ攻撃側を防御陣地前面、FEBA*45に攻撃側を拘束する。また、狙撃銃や戦車砲、対戦車ミサイル等は直接撃破を主眼とした兵器として把握されるだろう。火力を抽象化しそれを機能別に把握することを可能としたことは陣地という火力コンプレックスを効果的にしたと言ってよい。航空阻止と近接航空支援も航空阻止はより機動の阻害*46に重点があると把握されるし、近接航空支援はより直接撃破に眼目があると判断される。

このような状況を戦争の立体化として把握すると概念的に把握がしやすい。このように縦深にわたる火力を運用するということは、縦深にわたっての情報を扱わなければならない。さらに前節の歩兵戦術について考えると、それが後方域にわたって敵の麻痺を企図するのであれば、そのような情報の取り扱いと実際の運用面において縦深にわたって三次元的に作戦を展開することが必要となり、その意味で戦争が立体化したと把握できるのである。

さて、ここで前二節の議論を参考に、現代のドクトリンについて考えてみると非常に興味深い。冷戦の頃、ヨーロッパ正面での北大西洋条約機構軍とワルシャワ条約機構軍の作戦思想を見ると見事に好対照をなしていることが見えるのである。*47

まずワルシャワ条約機構軍の作戦思想を見てみよう。

ソ連軍の考えは同時複数点突破と縦深への無停止攻撃が中心をなしている。同時複数点突破は全線に渡って攻撃を仕掛け、相手の対応能力を飽和させ、そして突破可能な地点が見出されればそこを突破するという方法である。第一次大戦以降、防御側の開放翼というのが以前ほど無くなってきている以上、擬似的に開放翼を形成する突破というのは必要にして不可欠である。またそれを行う為には、突破口を相手に塞がれないように、つまり相手の逆襲を阻止し突破目標を奪取する必要があり、そのためには相手の対応能力を飽和させる必要がある。縦深への無停止攻撃も、基本的には相手の対応能力の破壊という意味で捉えられるであろう。

筆者は、この思想の源流が第一次世界大戦における浸透戦術にあるのではないかと考える。浸透戦術は従来の密集陣形による攻撃と違い、小部隊が分散して敵陣地に突入し、その防衛コンプレックスたる陣地を混乱させ無力化し突破する。第一次大戦では第二線、第三線の陣地を突破することが困難で失敗したが、これは第二次大戦における電撃戦で機甲戦力により改良され*48、そしてソ連に引き継がれていったのではないかと考えられるのである。

翻ってみて、北大西洋条約機構軍の作戦思想であるが、ここで注意せねばならないのは当時の作戦環境として、北大西洋条約機構軍側が数的には圧倒的に劣勢にたたされていた、ということである。そして、圧倒的な数のワルシャワ条約機構軍に対して北大西洋条約機構軍側が考え出したのが、エア・ランド・バトルである。

前述のワルシャワ条約機構軍の作戦思想は莫大な兵力の連続投入というのが前提になっている。つまり、突破が成功した暁には、さらにそこに兵力を投入して攻撃衝力を維持しなければ縦深への打撃は成功せず、敵の逆襲により攻撃が頓挫してしまうのである。そこで、北大西洋条約機構軍はこの兵力の連続投入を阻止すべく、敵の後方に向かって爆撃機・攻撃機、AH、ロケット、巡航ミサイルといった遠距離火力*49を投射し、後詰め兵力の直接破壊、補給線、物資集積所の破壊、場合によっては司令部の破壊を企図した。

この思想の源流はどこに求められるか考えると、それもやはり第一次世界大戦に求められると考える。ワルシャワ条約機構軍が浸透戦術の嫡子であるように、北大西洋条約機構軍は間接照準射撃の申し子ではないか。第一次世界大戦における決定的な発明の一つである砲兵が直接目視しない敵を狙う間接照準射撃、さらに飛行船での戦略爆撃という思想は、その後のドゥーエ、ミッチェルに影響を与え、そしてエア・ランド・バトルもこの流れで見ることが出来るのではないかと考えられるのである。

そしてまさにこのようなワルシャワ条約機甲軍のドクトリンも北大西洋条約機構のドクトリンも大きな縦深に渡って三次元的に打撃を加えるという立体的な作戦であることが見て取れるのであり、そのような意味でも、この第一次世界大戦で生まれた諸概念というものが現代的で立体的な作戦の基礎となっているということが見て取れるのである。

また、核兵器についても、これは間接火力の極大化として見ることも出来る。ドゥーエの議論が間接火力の影響下にあったと考えると、その戦略爆撃の思想の延長線上にある核兵器というのは思想的には第一次世界大戦にその系譜が求められると考えて良いだろう。

補遺

火力の歴史的発展と現代のRMA―間接アプローチを超えて―2 - 革命的非モテ同盟に続く

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*1：Revolution in Military Affairs：軍事における革命

*2：この場合の機動力は装甲防御力によって敵火制下において行動可能であるという事も含む。

*3：Command（指揮）Control（統制）Communication（通信）Computer（コンピュータ）Information（情報）Surveillance（監視）Reconnaissance（偵察）の統合概念。

*4：バート・Ｓ・ホール著、市村泰男訳「火器の誕生とヨーロッパの戦争」1999年、平凡社、32～33頁

*5：ジェフリ・パーカー著、大久保桂子訳「長篠合戦の世界史　ヨーロッパ軍事革命の衝撃　1500～1800年」1995年、同文館、12～13頁。なお本書は長篠合戦をタイトルに挙げているが、本書の長篠合戦に関する考察には大きな過ちを含んでいる事を指摘しなければならない。日本における鉄砲導入はヨーロッパの軍事革命とは全く質の違うものである。ただし、彼の名誉のために付記すればこれは彼に日本における火器の受容を教えた学者の問題である。

*6：ホール、1999年、111頁

*7：ホール、1999年、256頁

*8：ホール、1999年、256頁

*9：Maurits van Nassau-Siegen, Prins van Oranje,1567～1625年、オランダ総督。軍事改革者として有名。

*10：ホール、1999年、313頁

*11：ホイールロック式とも言う。ゼンマイ仕掛けの歯車を黄鉄鉱等に接触させ火花を飛ばし着火する仕掛け。点火した火縄を携行する必要もなくフリントロック式のように無理な力が必要でもないが、精密でメンテナンスを要し高価。

*12：筆者はやや強引な議論であると思う。但し、反論をする材料がないのでその是非は横に置く。

*13：この訓練についてのマウリッツの著書は一般に出版され翻訳された。

*14：パーカー、1995年、34頁

*15：ジョン・A・リン「17世紀フランスに見る西方世界における軍隊の構築」（マクレガー・ノックス／ウィリアムソン・マーレー編、今村伸哉訳「軍事革命とRMAの戦略史」2004年、芙蓉書房出版、61～90頁に収録）

*16：ジョン・A・リン（ノックス／マーレー編、2004年、70頁）

*17：デーブ・グロスマン著、安原和見訳「戦争における「人殺し」の心理学」2004年、ちくま学芸文庫　を参照せよ。

*18：諸兵科連合、異なる機能を有する部隊を有機的に統合すること。

*19：また火薬や砲弾の使用量が大きいためという条件も附加できる。

*20：食料、秣については移動し続けたほうが良い。当時の補給が略奪、徴発によっていたため。

*21：60または54cmの口径を持つ巨大な臼砲を装備した自走砲。

*22：グスタフおよびドーラの名前で有名。セヴァストポリ要塞の攻略等で使用。

*23：1618～1648年にかけて神聖ローマ帝国内で行われた宗教戦争。当初は宗教戦争であったが国際紛争としての意味合いが強くなる。ウェストファリア条約によって終結。

*24：薄い砲身を皮革とロープで巻いて補強した軽量砲。放熱性があまりに悪く実用にならなかった。

*25：Gustav II Adolf,1594～1632年、スウェーデン王。新教派の王として三十年戦争にて活躍。リュッツェンの戦いで戦死。

*26：パーカー、1995年、34頁

*27：マクレガー・ノックス「「軍事革命」期の大衆政治とナショナリズム――フランス革命とその後――」、94頁（ノックス／マーレー、2004年、91～114頁に収録）

*28：ノックス、2004年、96頁を参照せよ。

*29：マーチン・ヴァン・クレヴェルト著、佐藤佐三郎訳「補給戦――ナポレオンからパットン将軍まで」1980年、原書房、40頁

*30：戦術的な意味では同時代のジョミニの考察が極めて興味深い。彼の考えは現代においても参謀勤務や戦術思考の基礎として脈々と受け継がれている。

*31：付言するならば、その機甲戦術も第一次世界大戦の戦術に基礎を求めることが出来る。

*32：Helmuth Karl Bernhard Graf von Moltke,1800～1891年、プロイセン王国の軍人、陸軍参謀総長。第二次シュレースヴィヒ＝ホルシュタイン戦争、普墺戦争、普仏戦争において勝利を収め、ドイツ帝国の成立に貢献した。

*33：戦略研究学会、片岡徹也編著「戦略論体系③モルトケ」2002年、芙蓉書房出版、292頁

*34：ジョナサン・B・A・ベイリー「第一次世界大戦と近代戦の誕生（１）――1885～1914年――」215頁（ノックス／マーレー、2004年、205～234頁に収録）

*35：1916年6～8月にかけてウクライナ西部で行われた戦闘。ロシア側指揮官のブルシロフによって主宰された。

*36：これは第一次世界大戦で如実に示された。入念な準備射撃の後もよく掩蔽された機関銃ポストは無傷であり、そのために歩兵の突撃は頓挫した。

*37：戦略研究学会、瀬井勝公編著「戦略論体系⑥ドゥーエ」2002年、芙蓉書房出版

*38：マイケル・ハワード著、桑田悦訳「火力に逆らう男たち◎一九一四年の攻勢ドクトリン」（ピーター・パレット編、防衛大学校「戦争・戦略の変遷」研究会訳「現代戦略思想の系譜　マキャベリから核時代まで」1989年、ダイヤモンド社、447～461に収録）

*39：ともに第一次世界大戦の西部戦線における激戦地。

*40：当初パリの外側を周る予定であったクルック率いるドイツ第一軍は兵力不足からパリの内側を周る決心をした。これを機と見たガリエニはパリ防衛軍をドイツ第一軍の側面に叩きつけ大きなチャンスを作った。

*41：第一次世界大戦ドイツにおける戦争計画。フランス軍を速やかに包囲し打倒した後にロシア軍を殲滅する作戦。ロシアの動員が遅いことを期待した作戦のためロシアの動員とともにフランスに侵攻することが必要であり、第一次世界大戦勃発の原因の一つとなった。

*42：マイケル・ハワード「火力に逆らう男たち」（パレット、1989年、460頁）

*43：最初に考案したのは前述のブルシロフ攻勢のブルシロフである。この戦術によってブルシロフは大きな突破を成功させた。

*44：ヒトラーによる機甲部隊の使用制限の問題もある。

*45：forward edge of the battle area 主戦闘陣地の前縁

*46：縦深に及ぶ航空阻止の場合、作戦機動の阻害となる。

*47：この部分について筆者が以前別のブログに掲載した文章を加筆修正したものである。

*48：ハインツ・グデーリアン著、本郷健訳「電撃戦　上　――グデーリアン回想録」1999年、中央公論新社、65頁を参照せよ。

*49：禁止された中距離核戦力もこの系譜に含めることが出来るであろう。

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