辻本好子・ささえあい医療人権センターCOML理事長
「あたたかい医療」リレーエッセイが一巡し、改めて感じたことは、やはり患者と医療者の間には深くて渡りきれない大きな河があるということです。しかし、それは決して分かり合えないという悲観的なことではなく、コミュニケーションという橋を架けることで情報を共有し、解決できる問題もたくさんあるということ。お互いに出会えてよかったと思えるようなコミュニケーションを築いていくことが、今後の課題と言えるでしょう。
コミュニケーションとは、一方の努力だけで成り立つものではありません。互いの努力が必要な双方向性の問題なのです。COMLは18年間、医療現場における患者と医療者のコミュニケーションの問題に取り組んできました。医学部の学生や医療スタッフのコミュニケーションのトレーニングのために模擬患者活動をしたり、患者側のコミュニケーション能力を高めるために「患者のためのコミュニケーション講座」を開催したりしてきました。電話相談ばかりでなく、こうした活動を通しても、コミュニケーションと言葉では簡単に言っても、それを良好にすることがいかに難しいかを痛感してきました。
とくに4万4000件を超える電話相談に届く悩みや不満、不信感の原因の多くは、コミュニケーションギャップの問題です。もちろんなかには、患者側の思い込みの激しい、被害者意識に陥った訴えも少なくはありません。そこで、最近の電話相談の内容を検証し、医療におけるコミュニケーションの問題点と改善の方法を考えてみました。
そもそも医療現場には、コミュニケーションギャップの原因があちこちに潜んでいます。医療者にとっては「日常」でも、患者にはできれば行きたくない「非日常」の世界。受付方法や受診手続きすら、戸惑うことばかりです。そのようななか、ドクターをはじめ、医療者が使用するのは、無意識・無自覚・悪気はないとはいえ、専門的な言葉が多く、耳で聞いただけでは何のことか患者には理解できないことが多々あります。また同じ言葉でも、患者とドクターではイメージする内容が異なることもあります。「よく効く抗がん剤」と言われた場合、患者の多くは「8〜9割の確率でがんは消える」ことを期待しますが、抗がん剤の多くは「3割程度で少し小さくなる」ことがドクターの常識とか。
さらに、患者は体調が悪かったり、緊張していたりするだけで、集中力が落ちます。診察室という異空間に身を置くだけで、ドクターの説明の意味が理解できなかったり、高圧的に対応されると不安が高まったりしてしまいます。
では、どうすれば医療現場におけるコミュニケーションがうまくとれるようになるのでしょうか。残念ながら「こうすれば大丈夫!」という正解はありません。まずはギャップが起こっている問題点や改善点を知ることが不可欠です。そこで電話相談に対応していて感じる患者側の問題点をまとめてみました。
(1)質問できない
*どう聞けばいいかわからない。
*質問するタイミングがわからない。
*質問の言葉をさしはさめない。
*わかっていないことに気づかず聞き逃してしまう。
(2)思い込む
*十分理解できていないのに、わかったつもりやわかったフリをする。
*病名や原因を自分で決めつける。
*期待に添わないマイナスのことが起きればミスと決めてかかる。
(3)理解できない
*予備知識がない。
*専門用語がわからない。
(4)伝え方に問題がある
*ポイントを絞って話せない。
*一方的に長々と話す。
*感情が先走ってしまう。
これらの問題点を解消するには、まずは日常生活でのコミュニケーション能力を高めることです。なぜなら、医療現場でのコミュニケーションは、いわば日常のコミュニケーションの「上級編」「応用編」でもあるからです。日常生活で当たり前にできないことが、緊張を強いられる診察室でできるはずがありません。日常生活でも質問、確認が身についていてこそ、診察室でもスラッと質問や確認の言語化、つまり気持ちを言葉に置き換えて相手に伝えることができるのです。
そして、語彙(ごい)を豊富にし、相手が答えやすいように質問の仕方を工夫することも大切です。もちろん、医療側にも改善してもらわなければならないことは、まだまだ山積しています。しかし相手の変化を待つだけではなく、患者側の努力も求められる時代に変化してきているのです。
COMLの合言葉は「賢い患者になりましょう」です。ここでいう「賢い」とは、専門的な知識を詰め込みましょうとか、うまく立ち回りましょうという意味ではありません。COMLの考える賢い患者とは、
1.病気になった事実を受け止め自覚する
2.どんな医療を受けたいかを考える
3.自分の考えを言語化して伝える
4.医療者と一緒に歩むためにコミュニケーション能力を高める
5.一人で悩まずに相談する
6.そのうえで自己決定する
ことを実践している患者です。その「賢い患者」になるために、COMLが提案し続けている医療を受ける際の心構えがあります。その10カ条を紹介してエッセイを終えます。ぜひ、10カ条を実践してみてください。皆さん、賢い患者になりましょう!!
新・医者にかかる10カ条
あなたが“いのちの主人公・からだの責任者”
(1)伝えたいことはメモして準備
(2)対話の始まりはあいさつから
(3)よりよい関係づくりはあなたにも責任が
(4)自覚症状と病歴はあなたの伝える大切な情報
(5)これからの見通しを聞きましょう
(6)その後の変化も伝える努力を
(7)大事なことはメモをとって確認
(8)納得できないときは何度でも質問を
(9)医療にも不確実なことや限界がある
(10)治療方法を決めるのはあなたです
◇
辻本好子(つじもと・よしこ) 1948年、愛知県生まれ。82年、医療問題の市民グループに参加。「いのち」をめぐる問題に関心を持つ。「インフォームド・コンセント」「患者の自己決定」の問題に、患者が主体的に参加することの必要性を痛感。NPOささえあい医療人権センターCOML理事長。
病気になったり、けがをしたりした時、誰もが安心して納得のいく医療を受けたいと願います。多くの医師や看護師、様々な職種の人たちが、患者の命と健康を守るために懸命に働いています。でも、医師たちが次々と病院を去り、救急や産科、小児科などの医療がたちゆかなる地域も相次いでいます。日本の医療はどうなっていくのでしょうか。
このコーナーでは、「あたたかい医療」を実現するためにはどうしたらいいのか、医療者と患者側の人たちがリレー形式のエッセーに思いをつづります。原則として毎週月曜に新しいエッセーを掲載します。最初のテーマは「コミュニケーション」。医療者と患者側が心を通わせる道を、体験を通して考えます。ご意見、ご感想をお待ちしています。