創造の光

一言メッセージ :私達は神の子、創造の子として真理の内を生きましょう

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精神世界

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ホツマツタヱを述ぶ

ホツマツタヱを述ぶ (景行天皇に献上するヲヲタタネコの奉呈文とヲヲカシマの賛助文)
この素晴らしい日本の国は、代々の天神の下に、民心が一つにまとまって出来ました。その求心力となったのは、初代天神クニトコタチが説いた「トの教え」です。宇宙の成り立ち、生命の不思議、自分の存在の意義など、人は誰でも真理を希求しますが、それに初めて答を出したのが「トの教え」です。「トの教え」を知れば、天地自然の中に調和して存在する自分を発見し、不安から開放され、周囲のすべてを慈しむ豊かな心が得られます。「トの教え」に心を寄せる人々の間に連帯感が芽生え、その広がりが天神を中心とする社会へと発展していったのです。
日本国家としての基盤が固まるまでに最も力を尽くされたのは、七代目天神のイサナギ、イサナミご夫妻でした。高い理想をもって国造りに励まれたお二人を、後の人々は「両神(ふたかみ)」とお呼びしてその功績を称えました。この時代にはまだ、国家社会への参加を拒否して、原始的な狩猟採取の生活を続ける者も多く、人口が増えるに従って食料の欠乏が目立ってきていたので、両神は食料の管理生産を推進する使命を担って登場されたのでした。そのためには、多くの人々の参加を得て、力を合わせることが不可欠だったのです。両神は国家運営の中心に「トとホコ」を据え、この二つを神宝としました。「ト」とは「トの教え」を表す教典「トのヲシテ」のことです。神宝「ト」は、国民が豊かで平和に暮らせる国造りを、そして宇宙の摂理に叶った正しい政治を行うという、両神の願望と決意を象徴しています。また国家社会への参加を拒否している人々の中には、飢えや欲望から、善良な国民に対して収奪したり危害を加えたりする者が居ましたので、国民を守るための「矛」も保安の象徴として神宝の一つに選ばれました。「ト・ホコ」を政策の中心に置いた両神の治世は、急速に国家基盤を安定させ、新たに社会参加する人々も増えました。両神の嗣子である天照大御神は、この「ト・ホコ」に「鏡」を加えて三種の神宝(みたから)とされました。鏡は鑑みる行為の象徴で、国政が「トの教え」に沿って正しく行われているかを常にチェックする目的で使われました。また鏡には姿ばかりではなく、人の心も映し出す力があり、心の内の光(か)と闇(が)を見る目的をも持っていました。この三種の神宝は、大御神の嗣子ヲシホミミを介して御孫の内、弟のニニギネに授けられました。三種の神宝の精神をしっかりと受け継がれたニニギネの治世は、どんなにか平和で、人々の暮らしは快適なものであった事でしょう。

私、臣ヲヲタタネコの祖先オホミケヌシは、開化天皇が禁忌に触れる后選びをされようとした時、職を賭してお諌め申し上げました。しかしながら后選びは断行され、ミケヌシは職を辞し隠居生活を送っておりました。その子孫である私をお召しになり、朝政の場に復帰させていただいた君の深い御恵みに感謝し、ホツマツタヱの40章を編纂して献上し奉ります。この書が、我が君をはじめ代々の天君(あまきみ)が執られる政事に、貴重な先例資料を提供できることを願うと共に、畏れながら永く国政の規範としていただきとうございます。後の世にこの書をひもとく人は、」ニニギネがお治めになった時代のシワカミ・ホツマ国に思いを馳せ、その素晴らしさに心は澄み透って、真心の通った政事を行うようになるでしょう。それによって国の隅々まで政事は行き届き、花が咲き誇るような、活気に満ちた楽しい世になることでしょう。磯の入江の奥にある砂浜の、砂を一粒ずつ数えれば、いつかは数え尽くすことが出来ましょう。けれども、ホツマの真理は尽きる事無く、天君の世が幾代続こうとも、この世界が存在するかぎり、輝き続けることでしょう。三輪の臣ヲヲタタネコがヲシロワケ天君に捧げようと、二百三十四歳の今年、謹んでこの書を記しました。
私ヲヲカシマは、この書が国政の規範となるべき書のオリジナルであることを証明し、尚且つこの書の完成献上を言祝ぎ端書きを捧げます。我が君に至るまで、この日本国を代々統治する天君に伝えられてきた冠は、天照大御神が造らせ賜うたサヲシカの冠と呼ばれる物です。大御神は、議事をお聞きになって決裁を下される朝議の場では、必ずお被りになられました。
その当時の日本国は大八州(おおやしま)とも呼ばれた通り、ヒタカミ(東北地方)・ホツマ(関東地方)・コヱ(中部地方)・ネ(日本海側)・ナカクニ(近畿・山陽地方)・ソサ(紀伊半島)・ソアサ(四国地方)・ツクシ(九州地方)の八州からなっていました。朝議に参加する八人の重臣はサヲシカと呼ばれ、八州を夫々統治する代表でもありました。だから国民の事を八民(やたみ)とも呼んでいました。大御神は八人のサヲシカを通じて、各州から上がって来る八民の声を平等に聞き取ろうと、サヲシカの冠をお被りになったのです。天照大御神は国の隅々まで光を当てる太陽のように、人々に恵みをもたらし、国民のことを大御宝(おおんたから)と呼んで敬われました。
大御神の治世によって、日本は真に住み易い国になりましたので、人々は大御神が政事を執られていたハラミの宮(現甲府市酒折宮)をたたえて安国宮と申し上げました。この安国宮で永年にわたって政事を執られた後、大御神はコヱ州にあるイサワの宮に引退され、御子オシホミミに後事を委ねられました。オシホミミはヒタカミ州のタカノコウ(現宮城県多賀城市付近)に都を置いて国を治められました。オシホミミの御子、つまり天照大御神の御孫に当たる二人の御子の内、兄ホノアカリはカグヤマのアスカの宮(現奈良県橿原市付近)にお住まいでした。弟ニニギネはニハリの宮(現茨城県石岡市付近)で新田開発に力を注ぎ、人々の生活向上に尽くしましたので、慕い集う人で賑わい大いに住民も増えました。後にニニギネは大御神にゆかりの深い、有名なハラミの宮にお遷りになって、政事を執られ、益々功績を伸ばされました。そして遂にニニギネは、兄ホノアカリが治める一部の地方を除く、シワカミ・ホツマ国と呼ばれた広大な地域を治めるようになり、永い平和な治世が続きました。それまでは湿地帯の葦を引き抜いて、稲を植える低湿地農業だったので生産性が上がらず、水害や旱魃に見舞われることも多く、人々の生活は常に飢餓の危険にさらされていました。ニニギネが初めて灌漑農業を普及させた事により、高地でも水田耕作が可能になって、安定した収穫が得られるようになったのです。大御神はニニギネの、功績を称えて次のように勅されました。
「天祖クニトコタチが人類の生活安定を目指して国家建設を始めて以来、代々の天神がその事業を引き継いできましたが、今その理想がニニギネによって実現されました。クニトコタチの再来であるニニギネに 『別け雷の天君』の称号を与えます。」
こうしてニニギネは初代の天君になられました。そして今の天皇(?)に至る代々の天君は、皆ニニギネの御威光を受けて来られたのです。天照大御神はその後も長命を保たれ、ニニギネの御子ヒコホホデミの代を経て、またその御子ウガヤフキアワセズの時代までも、世の人々に恵みを与えられました。長寿を全うされた大御神は天上にお帰りになり、あの太陽のように、今でも人々を明るく照らして居られるのです。だからこそ天君、重臣から一般大衆に至るまで、枕を高くして寝る事ができる、平和な世の中が今に続いているのです。これらの事実を正確に伝え、輝かしい日本の歴史として世に顕していく書は、ホツマツタヱを置いて他にはありません。
縄文時代からの由緒ある幾つかの家には、歴史事実を記録する文書が残されていますが、弥生時代の中期に当たる今、筆写時の誤りや改ざんによって、それぞれに違いが生じております。これら家記・家録のどれが正しいと一概に断定することはできません。ですからここに一例を挙げて、どのような違いが生じているのかをご紹介いたします。本文二十六アヤに
鴨舟壊れて(かもわれて) トヨタマ姫も 渚にて 健き心に 泳がせば 竜やミヅチの 力得で
    恙無(つつが)も波の 磯に着く
とありますが、この箇所を他家の家記では
舟壊(わ)れて 竜とミヅチの 力得て
となっています。この例では明らかに後者のテニヲハが間違っております。現在七家に家記・家録が伝えられていますが、今挙げたような異なりが往々にしてあるということを、知っておく必要があります。
私、ヲヲカシマにも先祖の神々が録し、代々家系に伝えられたミカサフミとホツマツタヱとは、二つに割った瓜を合わせる如くに一致しており、また水を切り分ける事が出来ないのと同じく、相互補填の関係にあります。ホツマツタヱは、今後いつの時代にも世の掟となる書であると信じ、またそうあって欲しいと願う深甚の思いを込めて、この端書を署名入りで献上し奉ります。
   花の添え歌
トの道を志し実践する代々の天君が政事を執られるこの世は、幾世隔てても変わらず、磯の真砂は変化して岩となろうとも、常に人類の規範として輝きを失わないホツマツタヱであることよ

巻向の日代の宮で天下をお治めになる景行天皇に、この書が献上されることを証します。

三笠臣・伊勢の神臣  ヲヲカシマ 二百四十七歳 クニナヅ(ヲヲカシマの署名)


http://www1.ocn.ne.jp/~hotsuma8/ht000.html

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