「1通の投書の裏には1000人の読者がいると思え」。先輩記者に教わった言葉だ。乳がん検診で、がんを見落とされ、余命半年の宣告を受けた千葉県の山口真理子さん(40)の記事をきっかけに寄せられた投書は約650通に達した。約4割が、検診で見落とされた体験をつづっている。医療関係者からの投書も50通を超えた。これらの声に押されるように、厚生労働省は検診制度改革の方針を決めた。投書の一部を紹介する。(乳がん検診取材班)
□■見落とされた読者から■□
■群馬県のパート従業員(40)
00年1月、市内の外科専門病院で乳がん検診を受けた。2カ月前から右胸にひきつれるような痛い感覚があった。視触診の結果、医師は「気のせいですよ」と。
2月末になると、小指の先ほどのしこりに気づく。3月に同じ病院でしてもらった超音波(エコー)検査で、乳腺線維腺腫と診断された。医師いわく「ほっておいて大丈夫。気になるようだったらいつでも簡単な手術で取れるから」。
「でも、痛むんです」
「痛いのにがんはないから」
以降、心配で、風呂で触れない日はなかった。とうとう8月になってまた検診を受けた。結果はやはり、線維腺腫。
「取りたいんですけど」というと、「じゃあ、9月末に簡単な手術をしましょう」。
その日、外来で「簡単な」手術をした。部分麻酔で医師の会話も聞こえる。傷口を広げた途端、「あれ、こんなに大きかったっけ」。
後日、その病理の結果がわかった。「細胞の一部に悪性のものがみつかりました。あとは大学病院を紹介しますから」
大学病院では、がんの取り残しとリンパ節への転移がわかった。再度の手術と、その後の抗がん剤。副作用はひどく、検診医を恨む気持ちやらでうつ状態となり、カウンセリングを受けた。
悪夢のようなあの時のことは、いまでもトラウマになっている。
■神奈川県の主婦(42)
5年前に乳がん手術を受けた。その2年前、自分でしこりを見つけた。市の乳がん検診の指定機関になっている近所の産婦人科を受診した。
細胞診の結果、良性であるとの連絡があった。
さらに心配であればと、大きな病院での検査を勧められた。X線撮影(マンモグラフィー)にエコー検査、細胞診までして「乳腺症ですよ。半年後にまた検査にきてください」と言われた。
しこりはだんだん表面に飛び出してくる。だが、半年ごとの検査ではいつも「乳腺症」。いつしか、「私のしこりは乳腺症」と変な自信ができていた。たまたま集団検診車で卵巣、子宮がんの検診をしてもらった時だ。100円を追加して、乳がん検診も受けてみた。
目の前に座って乳房を診る医師の表情が、急に変わった。検診センターを紹介された。
センターの医師は触診するなり「がんだと思うけどなあ」という。
「先生、それが違うんだなあ。検査してみればわかりますよ」。まだ冗談っぽく話す余裕があった。
後日、結果を聞きに行った。「やっぱり乳がんだったよ」「どうしてもっと早くこなかったの?」「残念だけど病状は進んでいる」
「だって、半年ごとに……」。涙が止まらなかった。
2週間後、全摘出手術を受けた。
□■自分守った読者から■□
■神奈川県の主婦(48)
3年前の冬、私の右乳房にしこりを見つけたのは、単身赴任先から帰ってきた夫だった。
15年ほど前から、乳がん検診で「乳腺腫がたくさんある」と言われていたので、「私の胸はしこりだらけよ」と笑うと、夫が私の手をしこりに持っていき、その硬さにはっとした。
乳がん治療で有名な近くの病院に、すぐ検診に行った。外科医が何分か視触診をしただけで「異常ないです」。
「そんな……。ずっとしこりだらけと言われていたんです」
どうしても納得がいかなかったので、「超音波検査だけでもして欲しい」とお願いした。
「大丈夫、大丈夫」と取り合ってくれません。「超音波を」としつこく言い続けた。
以前、検診で「乳腺が発達しているあなたの場合、X線撮影より超音波の方がいい」と言われていた。
外科医は「そんな言うならX線やる?」。私は診察室から出ても、看護師に「超音波もぜひ」と食い下がった。聞こえたのか、外科医は「じゃあ超音波も予約入れて」と叫んだ。
やはり、超音波検査の時に外科医の顔色が変わった。「悪性のがんだ。早く手術しないと」
不信感から病院を変え、温存手術をした。しこりは3センチ弱。32回の放射線治療が終わる頃、左乳房にもしこりがみつかった。やはり超音波検査でわかった。結局、半年間で両乳房を手術した。今は趣味のパッチワークを楽しめるまでになった。
自分が納得するまで検査することが重要だ。
■埼玉県の事務員(36)
ちょうど2年前、お風呂の鏡の前で右のわきの下にパチンコ玉のような硬い塊が飛び出ているのがわかった。
「まさか!」
総合病院の乳腺外来に行った。普段から関心を持って乳がんの本を読んでいたので、専門は乳腺外科だと知っていた。
X線撮影と超音波検査の結果を見て、外科医が言ったのは「きれいな丸形なので良性だと思うが、細胞診もしますか。少し痛い検査なので、半年経過をみますか」。
以前読んだ本に「細胞診が重要」と強調されていたことを思い出し、「細胞診をやって下さい」と即答した。不安を完全に消したかった。
1週間後、「悪いものが出ました」と病院から連絡。2週間後に右胸温存手術を受けた。しこりの大きさは2センチ弱、リンパ節に2カ所転移していた。
抗がん剤と放射線、ホルモン療法を続けた。
今夏、3人目の妊娠がわかった。夫や主治医と相談し、産むことに決めた。出産予定は来年4月。あの時、細胞診を知っていたから今がある。自分の身は自分で守る。そんな意識の大切さをかみしめている。
□■医療関係者から■□
■東北大学医学部付属病院乳腺内分泌外科、大貫幸二医師(40)
検診と診断を分けて考えると、問題点が整理できる。検診(スクリーニング)は、すべてを乳腺専門医が行えるわけではない。多くが専門外の医師によるものだ。
99年度までは視触診が推奨され、感度(がん判明率)は、高いところで85%、低いところで50%以下という報告もある。
00年度からは50歳以上の人にX線撮影が推奨されるようになった。この結果、より早期の乳がんが多く見つかり、感度は90%以上になる。しかし、検診方法の判断は最終的には市町村に委ねられているので、地域によって対応がまちまちだ。
山口さんの場合、すでにしこりを自覚しているので、初めから専門病院で精密検査を受けていればもう少し早く治療が受けられた可能性がある。
ただ、自覚症状を感じた女性がどこの医療機関にかかってよいかわからないことが大きな問題だ。現在、日本では乳腺の診断を主に外科医と一部の放射線科医が行っているが、医学生に質問をしても、産婦人科や内科などと答えが返ってくるくらいだから、一般の人はなおさら情報が欠如していると思う。
■千葉県内の乳腺外科クリニック開業医
かつて対がん協会で乳がん検診に携わってきた立場から言うと、乳がん検診の専門といわれる施設でもがんの見逃しはまれではなく、年間に何例もある。
検診に携わる医師の怠慢以外に原因はない。X線撮影でちゃんとがんが写っているのに見逃すケースは、漫然とフィルムを眺めているとしか思えない。
山口さんが検診を受けた地域のある産婦人科開業医は、年間、1000人の検診をして精密検査に回したのはわずか2人だとか。こういった産婦人科医を検診から締め出すことが第一だ。
いま乳がん検診の最大の欠点は、自己検診の普及に手を抜いていることだ。有効であるにもかかわらず、医師はその普及に努力していない。X線写真は費用がかかるが、自己検診の普及はそれほど資金を必要としない。
自己検診で早期の発見を
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乳がんの自己検診の方法(クリックすると画像が拡大します) |
乳がんは、自分で発見できる数少ないがんのひとつ。早期に見つければ生存率は高く、乳房を全摘出せずに温存できる確率も高い。専門医は、20歳以上の女性は毎月1回しこりを自分で見つける自己検診をすべきだと勧める。乳腺のはれが少ない生理後1週間以内(閉経後の人は毎月決まった日)に行うのが効果的。最低2〜3分はかける。
(1)鏡の前に立ち、左右の乳房の形を確かめ、皮膚のひきつれやくぼみ、腫れ、赤みなどがないか注意深く見る。
(2)両手を上げたり、腰に当てたりして、同様に変化を調べる。
(3)〈ふろなどでせっけんを体につけながら〉片方の手を上げ、もう一方の手で乳房を触ってしこりがないか調べる。
(4)腕を下ろし、手の指をそろえて、せっけんで滑らせながらしこりを探す。乳房の内側と外側、わきの下(リンパ節)などを上下に動かしたり、回転したりしながら、やや押し気味に触る。
(5)〈湯上がり後〉乳房が平らになるように、肩の下に座布団などを敷いて寝る。胸の大きい人は、寝た姿勢での検診が効果的。片方の腕を上げたり下げたりしながら、反対側の乳房を触る。
(6)最後に、乳頭を軽くつまんで異常な分泌物が出ないか確かめる。
しこりが見つかったり異常があったりした場合は、検診まで待つのではなく、すぐに専門医(乳腺外科医など)の診察を受けることが大事だ。
キャンペーンのきっかけ、山口さんから投書にお礼
「見落とされた乳がん」キャンペーンのきっかけとなった山口真理子さんから、投書へのお礼の文章が届きました。
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余命半年の告知を受け、自分に出来ることは何だろうと考えました。市の乳がん検診で専門外の産婦人科医に「脂肪の塊」と診断されたことで安心してしまったことが、どうしても悔やまれます。
誰かが声を上げなければ、現状は変わりません。乳がん検診制度の見直しを訴えて、行政を歩きました。正直に言うと、実名、写真入りの報道は大変、勇気のいることでしたが、結果的には何かを動かす原動力になったと思います。
記事を読んで、検診で見落とされた患者のみなさん、愛する人を失った家族たちからの多くの反響が寄せられました。これらが厚生労働省の方々に「生の人間の声」として届いたようです。
いま一番、疑問に思うことは、どうして今まで漫然とずさんな検診が続いてきたのかということです。その背景には、医師が同じ医師仲間の「誤診」には目をつぶるという体質があるように思えます。これが続く限り、制度は変わっても本質は変わりません。
命の炎が消えかかっている私が声を上げなければ、このまま、何も改善されなかったのでしょうか?
当初、行政を動かすことは困難と思っていましたが、今回、厚労省が視触診を廃止する方針を決めたことは、同じ視点に立つ人間としての「動く力」を感じました。
多くの反響を寄せていただき、心から感謝の気持ちでいっぱいです。最後まで自分らしくがんと共存して、生きていきたいと思います。たくさんの励ましのお言葉をありがとうございました。 |
(2003/09/14)