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生年月日 |
1965年(昭和40年)12月6日 A型 射手座 |
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生誕地 |
愛知県名古屋市中区 医療法人格医会 可世木病院 |
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年齢 |
42際 |
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身長/体重 |
163cm 59kg |
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家族 |
妻、子供1人 |
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趣味 |
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読書。最近は明治時代やそれ以前の古典的な本を読むことが多くなっています。特に、お茶や座禅などの日本文化に対する興味が強くなっているのですが、ただどれもちょっとかじるくらいで、本格的というところまではなかなかいきません。結局、時間があれば小学生の息子と遊ぶのが一番の楽しみになっている感じです。 |
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尊敬する人 |
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背中でリーダーシップの示せる人。人に対して「ああしろ。こうしろ。」とおせっかいを焼くのではなく、自らの行動で範を示し、人がその姿をみて自ずから、その人の後をついて行こうと思うような人を尊敬しています。 |
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好きな有名人 |
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イチロー、野茂。リスク覚悟で一人で果敢に新天地に挑んだ姿勢に魅かれています。野茂に至っては、何度マイナーリーグに落ちても、その度に這いつくばってメジャー昇格を果たす、そのひたむきさに感動すら覚えます。
彼らに共通していることは、「人がどう思うか」「人にどう評価されるか」ではなく、「自分がどう思うか」という野球に対するこだわり=美学があることと、それに向かって行動する、自分に対するストイックなまでの厳しさを持ちあわせていることだと思います。なかなか、凡人にできることではありません。 |
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好きな言葉 |
『夢高くして足は地にあり』 |
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「どんなに大きな夢を思い描いたとしても、足が地についていなければ、それは夢物語のまま。志は高く持ちながらも、決して浮つくことなく、一歩、一歩、しっかりと足を地につけて前進していく。それが夢の実現につながる」という意味で、私が政治家をめざした際に、親しい方から教えられました。 |
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政治家をめざした理由 |
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官僚時代、なかなか時代の変化についていけない、省庁の縦割りなどの構造の壁を目の当たりにして「これからの日本には大蔵省の枠を超えた改革が必要だ」という印象を強く持つようになりました。また、他の国の若い人に比べて日本の若者たちに元気がない。話していることも悲観的、刹那的で「誰かがなんとかしてくれるんじゃない?」というような言葉しか出てこないことに一抹の不安を覚えました。
「みんなが『自分以外の誰か』がやってくれると思うということは、結局、誰もやらないことにならないか?」
アメリカでの留学を終え帰国までわずかというある日、ふと、このままではダイナミックに変化している国際社会から日本が取り残されてしまう、と思いました。
「このままではまずい!!」。
そこで私は『まず自分ができることを始めよう』と決心しました。ちょうど静かな水面に一石を投じて波紋が全体に拡がるように、誰かが「はじめの一歩」を踏み出さなくてはならないのでは、ならばその役割を自分が担おうと。それは、まず官僚をやめること。そして、官庁の枠を超えて国の大きな方向性を決められる政治家になることだと思ったのです。 |
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経歴 |
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1984年(18歳) |
愛知県立旭丘高校卒業、東京大学入学。 |
1986年(20歳) |
司法試験に合格 |
1988年(22歳) |
東京大学法学部卒業、大蔵省入省 |
1993年(27歳) |
米コロンビア大学大学院に留学 |
1994年(28歳) |
帰国。大蔵省退官。政治家を目指し浪人生活に入る。 |
1995年(29歳) |
阪神淡路大震災のあと、1ヶ月間神戸でボランティア活動。 |
1996年(30歳) |
民主党結成に参加。衆議院議員選挙初当選。 |
2005年(39歳) |
四選 |
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