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米議会の上院が、最大140億ドルのつなぎ融資を柱とする自動車メーカー大手の救済法案を葬り去った。
ブッシュ政権と議会民主党がつくった法案は、当座の資金を提供する代わりに、政府の管理下で来年3月末までに抜本的なリストラ計画を立てさせる内容だった。民主党が優勢の下院は早々に可決したが、上院は共和党などに反対派が多い。ぎりぎりの説得が続けられたものの、妥協に失敗した。廃案となる見通しだ。
最大手のゼネラル・モーターズ(GM)は、年内に40億ドルを得られなければ、資金繰りがつかず破綻(はたん)すると自ら説明している。そうなると、部品メーカーや販売網など経済への打撃がきわめて大きい。3位のクライスラーや比較的余裕のある2位のフォード・モーターも余波を受ける可能性がある。米国の自動車産業は数百万人の雇用を抱える産業の根幹である。
衝撃は「アメリカ売り」という形でまたたく間に世界へ広がった。
市場では「米経済の悪化が一段と加速するのは不可避」という見方が急速に広まり、ドルが売られた。東京では13年ぶりに1ドル=90円の大台を突破して、一時は88円台まで円が買われた。連動する形で株価は急落し、日経平均が一時600円を超す下げ幅となった。株安はアジアや欧州など主要市場へも広がっている。
このように、GMを単純に破綻させるのは影響が大きすぎる。すでにこの秋から、米国発の2大ショックが危機を深めてきた。証券大手リーマン・ブラザーズの破綻と、金融救済法案を下院がいったん否決したことだ。GM破綻は第3で最大のショックになる。世界不況がどこまで深く長くなるかを決定的に左右することになろう。
自動車救済法案への反対が根強いのは、世間相場からみれば恵まれた待遇のGMなどの従業員に対するリストラが徹底されないのではないか、という不信感がぬぐえないからだ。上院の協議が決裂したのも、賃金の大幅な引き下げを盛り込んだ共和党の修正案を、労組が拒んだのが原因だった。
こうした事情から、リストラを徹底させるには、日本の民事再生法に当たる連邦破産法11条を適用し、いったんは破綻処理するしかない、という意見も米国民の間では少なくない。
GMが破綻となれば、いや応なく賃金は切り下げられる。労組もそれを理解していま賃金カットを受け入れ、救済法の復活に協力すべきだ。
また大統領報道官は、経済に深刻な打撃を与えるとして、金融救済法を適用して当座の資金を融資することを含め、破綻を回避すると表明した。
いずれにせよ米国の政府と議会は、世界経済への打撃を最小限に食い止めるよう万全をつくす責任がある。
麻生首相が「生活防衛のための緊急対策」と銘打った23兆円規模の政策を発表した。同時に、3年後の消費増税の可能性を明言し、危機克服と財政規律の両立を図る姿勢を強調した。
この二刀流の取り組み方は正しい。しかし、これまでの税や財政をめぐる迷走ぶりを見ると、首相が果たして二刀を操る司令塔として機能できるのか、深刻な懸念を抱かざるを得ない。
政府の財政運営の大枠を定めた06年の骨太方針では、増え続ける社会保障予算について、毎年2200億円ずつ伸びを抑制することになっている。しかし、福祉の現場からは「これでは切り捨てだ」と悲鳴が上がり、首相自身が方針見直しの考えを示していた。
抑制を緩めるなら、その分の財源を見つけてこなければならない。そこで首相が目を付けたのが、1箱60円程度のたばこ税の増税だった。
これに与党内から猛反発が起きた。増税はたばこ離れに拍車をかけ、目算通り税収があがるかどうか保証がない。葉タバコ農家などにしわ寄せが及ぶ。総選挙を控え、とても認められない。そんな理屈だ。
首相の期待ははずれ、与党の税制調査会はたばこ増税の見送りを決めた。社会保障費抑制を緩めるための財源探しは、まったくめどが立っていない。
さらに混迷したのは、将来の社会福祉の安定財源をどう確保するか、消費増税を含めて税制改革の中期プログラムを明らかにするという問題だ。
首相は、与謝野経済財政相に消費増税の時期を「3年後」と明記するよう指示したのに、その日のうちに与党税調は税制改正大綱に時期を盛り込まないことを決めた。連立相手の公明党が強く抵抗したためだが、やはり選挙を意識して増税には触れたくないという議員心理が働いたのは否めない。
首相は記者会見で、改めて「3年後」に言及した。与党を説得して何とか残したいとの意欲を見せたが、衰えた求心力でそれが可能か疑問だ。
こんな状態で、今後の09年度予算案や第2次補正予算案づくりを通じて、どこまで財政規律という筋を通すことができるのだろうか。
社会保障の財源手当ては、埋蔵金や国債をあてようという議論が高まるだろう。タガがはずれれば、道路や地方支援に名を借りたバラマキへの要求が堰(せき)を切ったように押し寄せる。
すでに前兆はある。緊急対策に盛り込まれた地方交付税増額と新設の経済緊急予備費の各1兆円などに旧来型の公共事業費が潜り込んできそうだ。
不景気や雇用への手当ては必要だ。だが、それを口実に、選挙への思惑を絡めてあれもこれもと盛り込めば、それこそ放漫財政そのものではないか。
漫然と財政赤字を膨らませるだけなら、国民はとても安心できまい。