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金融危機が企業経営を脅かしている。今年の倒産件数が11月で昨年の総数を上回り、5年ぶりの高水準になった。黒字なのに、運転資金が手当てできずに倒れる企業が目立つ。
とくに中小企業が苦境に立たされている。銀行が融資をしぼっているうえに、大企業が銀行融資の獲得に走りだしたあおりを受けて、中小企業がはじき出されているからだ。
これまで大企業は、世界の金融市場を舞台に手形の一種であるコマーシャルペーパー(CP)や社債を発行して資金を調達してきた。ところが金融危機で発行が難しくなり、国内の銀行からの融資に殺到している。
大企業はメガバンクだけでなく、付き合いの少ない中小企業向け金融機関へも手を広げており、本来の融資先である中小企業があぶれる事態が出てきた。危機で企業の資金調達行動が劇的に変わったのに、銀行が全体として対応できていない。
政府は大企業や中堅企業向けに大規模な資金繰り支援に乗り出す。
銀行はどうすべきか。銀行は、融資の総額を自己資本の厚みが許す範囲に収めるよう規制されている。そこで自己資本を増強し、融資の余力をつけることが不可欠なのだ。
きょう衆院で成立する予定の金融機能強化法の改正案は、政府が金融機関へ公的資金を注入し、自己資本を厚くさせることで、中小企業への融資を拡大させることを狙っている。
この法律が効果をあげるための課題は二つある。資本注入が広がるように新制度を運用すること。そして、大企業だけでなく、本当に中小企業にも資金を行き渡らせることだ。
政府は当初、金融機関が申請しやすくするため、経営責任を問わない方針だった。だが、それでは放漫経営を許すとの懸念から、経営に落ち度がある場合や、注入後に経営が放漫になった場合は責任を問う形に修正された。
経営に規律を求めるのは当然だが、金融機関が注入の申請をためらっては本末転倒になる。当面は、資本注入が進んで中小企業へも融資が回る状態をつくることを優先すべきだ。注入した金融機関に対しては、中小企業融資へ活用するよう求めることも必要だ。
また公的資金の総枠も、旧金融機能強化法時代の2兆円から拡大するとしているが、金額は未定だ。ここは利用を促すためにも、思い切った額を用意するべきだろう。与謝野経済財政相が「10兆円」と語ったことがあるが、それくらいあってもいい。
この新制度をどう生かすか、とくに中小企業向け金融機関の経営者はよく考えてほしい。長い目で顧客を育てていかないと、自分たちの経営も先細りしていく。銀行の社会的使命も考慮した長期戦略が今こそ求められる。
全国の裁判所に舞い込む事件や訴訟は、年間500万件を数える。そしてひとたび判決などが確定すれば、だれもがそれに従う。それが法によって支配される社会の基本ルールだ。
ところが、その肝心の判決が偽造されるという事件が起きた。司法の根幹を揺るがす事態だ。
しかも明らかになってきたのは、深刻な問題となっている振り込め詐欺の上前をはねるような話なのだ。
振り込め詐欺事件の被害金が入っていた埼玉県内の銀行口座が、警察の要請で凍結された。ところが、この口座の名義人に債権を持っているという人物が、さいたま地裁熊谷支部に口座の差し押さえを申し立てた。それには、債務を支払うように命じる京都地裁の判決が付いていた。
この判決がにせものだった。だが本物と信じた同支部は銀行に対して、口座を差し押さえ、凍結を解除するように命令した。次にこの「債権者」から銀行に、にせの振り込み依頼書が郵送され、銀行は指定された口座に現金約400万円を送金した。
被害金を取り戻そうとした被害者が、凍結されている口座に現金がなくなっていることに気付いて裁判所に問い合わせ、ようやく発覚した。
京都家裁に勤める35歳の男性書記官が、振り込み依頼書を偽造して銀行に郵送した容疑で逮捕された。逮捕直後、書記官は容疑を否認した。警察はこの書記官が判決の偽造にも関与していなかったか調べている。
驚くのは、判決の偽造がこれだけではなかったことだ。京都地裁のにせ判決は、東京地裁や札幌地裁、大阪府内の簡裁など5カ所にも送られていた。いずれも、さいたま地裁熊谷支部に送られた偽造判決と同じ原告名だったという。同じ手口で、各地にある振り込め詐欺の凍結口座から現金を引き出そうとしたらしい。
今年6月に振り込め詐欺救済法が施行され、詐欺グループの口座を凍結できるようになった。預金保険機構が公表している凍結口座の番号と名義人名が、悪用された可能性がある。
全国の裁判所に約9千人いる書記官は、裁判の関係書類を作って保管する権限を持っている。裁判官といえども、記録は書記官から持ってきてもらって見る。
6年前にも、書記官が債権差し押さえ命令書を偽造したとして逮捕された。書記官が専門知識を悪用する気になれば、法秩序を混乱に陥れるようなことができてしまう。
最高裁は再発防止策を検討している。難題ではあるが、そのためにも捜査当局には動機や背景を含め、事件の全容を徹底して解明してほしい。そして、すべての裁判所は職員教育のあり方を再検討する必要がある。