1年で40%のウォン安
韓国の通貨、ウォンが売られ続けている。ウォンは2008年11月24日には1ドル=1513ウォンまで下げた。経済危機(97年)当時の水準だ。市場で韓国に対する不安感が増しているのだ。
危機以降の最高値は2007年10月31日の同=900.7ウォンだった。1年と1か月でウォンの価値は40%減じたことになる。国際的な信用収縮の大波をかぶるアジア通貨の中でも、もっとも大きな下落幅だ。この間、じりじりと、時には1日に10%も、絶え間なくウォンは下げてきたのだ。
「韓国への懸念」があちこちで語られ始めたのは2007年秋、ウォンが最高値をつけたころだ。急速な原油高により、2008年以降、韓国の経常収支は構造的な赤字に陥るとの予測が広がった。外債も急カーブを描いて増えていたこともあって、市場関係者は「韓国は再び、97年の経済危機と似た構図に陥りつつあるのではないか」と神経を尖らせた。
もっとも、韓国政府は「わが国は危機当時と比べ10倍近い2500億ドルの外貨準備を持つ。通貨攻撃は簡単に撃退できる」と豪語していた。この説得力にやや欠ける反論の仕方も当時と似ていて、関係者の不安感を増す材料になったのだが。
外貨準備に疑い
見出しは「韓国の黒い9月」。有力紙が外貨準備そのものに疑念を表明したことで、韓国は世界中から不安のまなざしで見られるようになった。
前後して韓国紙も「9月危機説」を一斉に報じた。「韓国の対外債務の多くが9月上旬に償還期限を迎える。借り換えに応じる海外の金融機関がどれだけあるだろうか」との懸念からだ。このころから韓国紙は「1日の金融市場はパニックに陥った」(9月2日付朝鮮日報)などと「パニック」という単語を使うようになった。
韓国は「9月危機」は何とか乗り越えた。しかし、時を同じくして米リーマンブラザーズが破綻、全世界的な信用収縮が起きた。韓国政府が9月末に募った通貨防衛用のドル建て債券は、とてつもなく高い金利でなければ引き受け手がないことが判明、結局、発行は中止された。
市中銀行にもドル補給
韓国の市中銀行もドル調達に苦労している。ドル建て債務のロールオーバー(決済の先送り)を拒否され返済を迫られるが、世界的な信用収縮の中、ドルを入手するのは容易ではない。そこで韓国の通貨当局はデフォルトを避けるため市中銀行にドルを供給し続けている。この動きも「外貨を銀行に貸した結果、いざというときに通貨防衛用の外貨準備が不足した」11年前の構図を関係者に思い起こさせた。
これに加え、外国人投資家の資金回収と、借金の期限延長に応じてもらえなかった韓国の銀行・企業のドル建て債務の償還により、外貨準備は急速に細っている。10月末の外準は2122億5000万ドルと1か月で274億2000万ドルも減っていたが、11月末ではさらに117億4000万ドル減り、2005億1000万ドルにまで落ち込んだ。
11月の輸出(通関ベース)も前年同月比で18.3%減と7年ぶりにふた桁の落ち込みを記録。貿易黒字で外貨準備を増やすという正攻法も望めないのがはっきりしてきた。
11月の輸入は輸出以上のペースで同14.6%も減ったため、同月は2億9700万ドルの貿易黒字を確保した。しかし、韓国の主要輸出品目は造船、自動車、鉄鋼、半導体、石油化学製品であり、これら品目では世界的に需要が急減し始めたことを考えると、黒字定着と見るのは早計だ。
ことに韓国の貿易黒字の90%を稼いできた対中貿易の黒字が急速に減少するという新たな構造的問題が最近、一気に表面化した。中国が進めていた、部品・素材の国産化が今、開花してきたからである。
韓国銀行は国民年金の保有する米国債をウォンで買って外貨準備を積み上げたり、市中銀行に補給するドルに関しても、米FRB(連邦通貨準備制度)に提供してもらった300億ドルのスワップ枠も使うことで外準の目減りを防いだり、尋常ならざる手段で防戦に努めている。
韓国の当局者は薄氷を踏む思いで資金繰りに走り回っているに違いない。
北朝鮮リスク
ウォンが最安値をつけた11月24日。この日から、韓国紙の市況解説記事には新たなウォン安要因が登場した。「北朝鮮リスク」だ。各紙とも見出しに立てるほどに強調したわけではなく、さらりと触れただけだったが、それだけにある種の配慮も感じさせた。
同日、北朝鮮は南北をつなぐ列車の運行と、北朝鮮地域である開城への韓国人の観光を12月1日から全面的に中断する、と韓国側に通告した。韓国企業が進出する開城工業団地に駐在する韓国側人員も半減することも求めた。
前政権時代に進んだ南北関係改善の象徴が消滅しかねない動きであり、政治不安を高める材料としてウォン売りを加速した。
東北アジア資料センターの花房征夫・代表は言う。「李明博政権になって南から北へのドル送金が急速に細った。一方、世界的な不況到来で北朝鮮が中国に輸出していた石炭などの価格が急落、ここでも北は外貨を獲得できなくなった。窮地に陥った北朝鮮は『関係悪化』を脅し材料に、韓国に資金援助を求めているのだろう」。
韓国政府も同じ判断を下しているようで、北の脅しは事実上、無視している。李明博政権は前政権とは異なり、親北派の支持を得て成立したわけではない。韓国人の多くも「北と武力衝突するのは困るが、列車や観光が中断しても実害はない」(韓国紙記者)と政府の姿勢を支持している。そもそも、北朝鮮の威嚇戦法はいつものことで韓国人は慣れっこなのだ。
「雪山で叫ぶ」
ただ、従来と異なる点がある。今、ウォンは極めて不安定な地合いにあり、かつ、南北関係に不案内な外国人投資家の思惑に大きく左右されていることだ。雪崩が起きる可能性が高い春山に素人が大勢登山しているのに似ている。ちょっとしたことで誰かが驚いて声をあげれば、雪崩が起きてしまうかもしれない。北朝鮮が、もう少し派手な挑発に出れば、ウォン売りが一斉に起こるかもしれない。
となると、韓国も、これまでなら無視できた北朝鮮の「もう少し派手な行動」に対してもウォンを守るために何らかの見返りをやるなど、対応せざるを得なくなるかもしれない。
北朝鮮の威嚇戦術は今春の新政権スタート時から伏線が張られていた。初めから「ウォンを人質にとる」作戦ではなかったと思われる。だが、韓国各紙に「北朝鮮リスク」が報じられるようになった今は、自らの予想外の力を十分知ったであろう。
「短期外債の半分は中国人が保有」
記事をよく読むと、厳密には「中国人が保有する」のではない。2007年末時点で、中国・香港・シンガポールという「中国系3市場」で調達された短期外債が全体の49.6%を占める――という内容だ。2005年末時点では24.0%に過ぎなかったから「中国系3市場」の占める位置は倍増した。半面、米国市場と日本市場ではそれぞれ3分の2程度に減り、比率はひと桁に落ちている(グラフ参照)。
では、「中国系3市場」は「中国の投資家」と見なしていいのだろうか。日本と中国の金融専門家に聞くと、同じ答えが返ってきた。
「3市場すべてが中国人ではないにしろ、相当部分を中国の組織が買ったのは間違いない。2年間ほど前から、中国政府は有り余る外貨準備を減らそうと、さまざまな組織に世界の債券を買わせている。米国債だって2008年9月末には、日本を抜き去って最大の保有国に躍り出た」。
「低金利の日本円を韓国に持ち込んで運用する『円キャリートレード』は2007年2月の円利上げの結果、巻き戻しが起き、つまり、円の相当部分が韓国から日本に戻った。韓国政府も円高リスクを考慮し韓国の金融機関に対し、満期の来た『円キャリー』の借り換えを自粛させた。その間隙に中国のおカネが入り込んでいる」。
人民元を決済通貨に?
ソウル新聞、東亜日報ともに記事の中で「ひとつの国にこれだけカネを借りている危険」を訴えた。「中国が、返済期限の来た韓国の債務のロールオーバーを拒否したら、わが国の危機を助長する」(ソウル新聞)という恐怖である。
ただ、日本の金融の専門家もアジア専門家も「中国がロールオーバーを一斉に拒否することはまずない」と見る。中国は外貨に困っているわけではないし、首吊りの足を引っ張るようなことをして韓国の怨みを買うことは避けるだろう、との読みからだ。
日本の専門家は、もし、この局面で中国が何か仕掛けるなら「中国に拒否されまいか」という韓国人の恐怖感こそを利用する、と見る人が多い。韓国人は今「中国人を怒らせたら金融で報復を受ける」と感じている。だったら、これまでなら受け入れなかったようなことでも聞き入れるのではないか――と中国が考えても不思議はない。
では、中国はどんなことを要求する可能性があるのだろうか。韓国、中国を含む世界の金融に詳しい愛知淑徳大学の真田幸光教授は言う。
「中国は『中韓二国間の貿易で決済通貨をドルから人民元に替えよう』と言い出すかもしれない。中国自身もロシアから、米ドル一極支配体制を崩すべく、両国間の決済をルーブルと人民元に切り替えようと持ちかけられている」。
日本から見ると突拍子もない提案に見えるかもしれない。だが、中韓経済関係の急速な深まりを見ると、さほど不自然でもない。2007年の韓国の対中輸出は全輸出の22.1%を占める。伝統的な貿易相手国である米国(12.3%)と日本(7.1%)のシェアを合わせても中国には及ばなくなった。
韓国が米国の同盟国でなければ、人民元経済圏に入ってもおかしくはない。そして、両国の同盟の絆は少しずつ、しかし着実にほころんでいる( 「韓国の反米気分」=2007年5月9日、 『後戻り』できない韓国」=2007年11月26日参照)。
すでに「人民元決済」ほど大胆な案ではないにしろ、「米国市場の縮小が確実になった今こそ、中日韓FTAの早期結成に動こう」、あるいは「この期に、ドルに支配されないアジア共通通貨を作ろう」という誘いが中国から韓国や日本に発信されている。
「IMFからは借りない」
李明博大統領はG20の後、韓国記者へのブリーフでこう述べた。「IMF(国際通貨基金)のストラスカーン専務理事が私に『韓国のような国がIMFの資金を使えばIMFのイメージ向上に役立つ』と言った。だが、韓国はIMFからはいかなるお金も借りない。韓国の経済状況を誤解させるからだ」(聨合ニュース・英語版、11月16日)
ここで語られた「IMFの資金」とは短期流動性支援制度によるもので、11年前に韓国が突きつけられた厳しい条件付の融資とは完全に異なる。だが、李明博大統領は直ちに断った。IMFから細かな点まで経済運営の指示を受け、独立国としての誇りを失い、生活水準も一気に落ちた「IMF危機」に対する韓国人のトラウマからだ。
韓国政府はいま、すべての努力を「IMF支援なしでの危機乗り切り」に注ぎ込んでいる。国民も、それをひたすら見つめている。ただ、その死角で「別の危険」も増しているのかもしれない。
注)引用したメディアはすべてネット版。韓国メディアに関しては断りがない場合、すべて韓国語版。