未熟児の親の“声”―特集「新生児医療、“声なき声”の実態」(4)
医療者側から見えてきた新生児医療の実態。では、NICUに入る赤ちゃんたちの両親は何を感じているのだろうか。インタビューに応じてくれた3人は、「生まれた子どもがNICUに入院した」という共通点はあるものの、生活や周囲の人間関係がまるで違うため、語る内容は全く異なる。しかし、そこから見えるのは、それぞれが医療者への感謝の念を持ちながらも、同時に不安や疑問も感じていたということ。そして、そのためにフラストレーションを抱えていたということだった。親が語る“声”を聞いた。(熊田梨恵)
■「今なら先生の気持ちが分かる」
京都府近郊に住む主婦の田中弥生さん(仮名、30)。今から5年前に結婚し、すぐに子どもができた。妊娠の経過は順調で、何の問題もないと思われた。しかし妊娠24週に入ったある晩、いつもよりおなかの張りを感じた。特に心配はしなかったが、翌日に出血が2度ほどあったため、気になってかかりつけの産婦人科医に電話した。「『大丈夫だと思うけど、一応来てみる?』と言われて行ってみた。そしたら、子宮口がかなり開いていたので、先生が急いで大きい病院を探してくれた」。
入院してからは、早産にならないようにするためにさまざまな処置が施されたが、3日目に子宮口が完全に開いた。「夫は担当の先生から、子どもが助かるか助からないかは五分五分で、何らかの障害が9割の確率で出ると言われていた。わたしはその先生から、帝王切開の方が母親への負担が大きいといって自然分娩を薦められたので、それで頑張ろうと思った」。田中さんは自然分娩で出産し、生まれた赤ちゃんは約580グラムの未熟児。すぐに保育器に入った。
その後、田中さんの子どもは大きく成長し、今年で3歳になった。ただ、水頭症など重度の障害を残し、現在は肢体不自由児通園施設に通っている。田中さんは、「今でも、これでよかったのかなと思うことがある。もし、帝王切開にする方が子どもへの負担が小さいとその時に聞いていたら、そうしたかもしれない。そうしたら、今の子どもの障害の状態が違っていたのかもしれないと思ったりする」と、整理し切れない当時の気持ちを語る。 「子どもの手術を勧められても、わたしたちには医療のことは分からないから、その手術が本当に適切なのか、どんな手術なのか、インターネットで調べるぐらいしかできない。子どもがそこに入院しているからセカンドオピニオンなんて取れないし、とにかく子どものことで頭がいっぱいで、不安だった。でも、看護師さんやお医者さんは本当によくしてくれたので感謝している。看護師さんは不安を聞いてくれたし、症状のことだったらすぐに先生が対応してくれた。でも、やっぱりそれでも不安だった」
それでも、最近は穏やかな気持ちで生活できていると田中さんは話す。子どもと生活しながら感じる最近の気持ちについて、「今は平和で幸せだと思う。今なら、先生が一生懸命助けよう、よくしてあげようとしてくれていた気持ちが分かる。不安も不満も感じたけど、わたしはよくしてもらえた方だと思う。生きてれば、幸せな瞬間はやってくるんだと思う」と、明るい声で語った。
■「助からない方が…」
「自分や子どものことで頭がいっぱいで、医療側のことを考える余裕なんてなかった」と話すのは、東京都内に住む赤石恵理子さん(仮名、33)。
赤石さんは、妊娠25週の早産だった。田中さんと同様、出血から不安を感じ、かかりつけ医が連絡して都内の周産期母子医療センターに搬送された。「苦しかった。とにかく苦しくて、お医者さんだけが頼りだった」。生まれた赤ちゃんは約570グラムの未熟児。赤石さんは1週間ほど入院して退院した。しばらくは毎日NICUに通ったが、そのうち足が遠のいてきたと話す。「NICUにはたくさんのお母さんやお父さんが来て、赤ちゃんを抱っこしたり、ミルクを飲ませたりしている。それを見ていると、気持ちがぐちゃぐちゃのまま、何でも話し合える相手がいない自分がどうしようもなく悲しかった。赤ちゃんもこれから障害を持つのかと思うと、かわいそうになった。小さい彼と目が合うと気持ちを見透かされているようで、来づらくなってしまった」。赤石さんは、シングルマザーだ。
赤ちゃんがNICUにいたころに、受け入れ先となる施設を探したが、なかなか決まらず、NICUに1年近く入院していた。「最後の手段」(赤石さん)として、両親に事情を話して実家に戻ることを決め、仕事を辞めて子どもの世話をしながら生活することにした。今、子どもは2歳になろうとしている。「最初は実家での生活は考えられなかった。子どももわたしも元気なら、保育所に預けて何とか生活できると思っていたけど、子どもは常に世話が必要になってしまった。最初は一人暮らしのまま何とかできないかと思ったけど、施設は見つからなかったし、一人暮らしだと仕事を辞めないといけなくなる。そうすると収入がなくなって生活できなくなり、生活保護になるのかと考えたりして、目の前が真っ暗になった」。赤石さんが実家の両親と、子どもや今後の生活などについて話し合うことは一切ないという。
赤石さんは、「子どもが助からない方がよかったのかもしれないと思うことがある」と語り、涙をこぼした。
「昔だったら医療がこんなに発達していないから、小さい赤ちゃんは助からなかったと聞く。じゃあ、わたしの子どもも昔なら助からなかったのだろうか。この子はわたしみたいな親の元で障害を持って生まれてしまい、かわいそう。子どもが生まれた時に、お医者さんも看護師さんも『助かってよかったね』と笑顔で言ってくれた。NICUでは、看護師さんはわたしが来ると寄って来て、状態を聞かせてくれたし、お医者さんも話を聞いてくれて、本当によくしてもらったと感謝している。あんなにも一生懸命に頑張ってくれている人たちに『助からない方がよかったのかも』なんて、口が裂けても言えない。言ってはいけないと分かっている。でも、そういう一番不安な気持ちを話すことができなかったから、ずっと安心し切れなかった」
■「2種類の国民にどう対処する」
未熟児の子どもを亡くした経験のある、東京都内に住む北野達也さん(仮名、32)は、「最初、NICUでこれだけの医療を受けながら、自分たちが払っている医療費はおむつ代の数百円というのがおかしいと思った」と話す。自身の経験を通して、さまざまな本を読んだりして情報収集し、社会的な問題として新生児医療について考えるようになったという。
「10年前なら亡くなっていたような子どもが助かるようになった。自分としても、翌日に亡くなっていたかもしれない子どもと、半年間一緒にいられたことに対しては感謝している。ただ、社会全体の中で限られている資源の配分をどうするか。『ここからはできない』という線を引かなければいけない。どこまではできて、どこからはできないのか。医療者から提示していかなければ、国民には分からない」
北野さんの子どもが手術を受ける前に、医師から話を聞く機会があった。北野さんは、「自分たちは手術以外にどういう選択肢が有り得て、その中でその手術がもっとも適切である理由はどういうもので、手術にかかわるリスクにはどのようなものがあるか、ということを聞きたいと思っていた」と言う。しかし、医師が話したのは、「メスをどこから入れるか」という技術的なことで、自分たちが欲しいと思っていた情報とはまるで違っていた。北野さんは、「医学の正確な知識を理解したいと思っても、医師の言語は分かりにくい。医師側から国民に分かりやすい情報は流れていないので、ネットなどで情報を収集するが、そこには医療に対して怒りを持った人が発信している情報もある。自分の置かれた状況や事情と、そうやって得た情報が合わないほど、医師に対して不信を持つようになる」と語る。
また、「患者にとっては家族の問題などは大きいけど、医師にとってはどうでもいいもの。だけどそれが患者にとっては大問題だから、医師と患者の話は合わないと思う」と話す。
北野さんは一般国民と医療者のこれからの関係性について、「国民側には、自分が深刻な経験を抱えているために医療に対して求めるものが多い人、そして全く何も考えていない無関心な人の2種類がいる。これに医療側がどう対処していくかがこれからの課題では」と語った。
語る言葉はまるで違うが、医療や医療者に対してそれぞれ整理し切れない思いを抱え、「感謝」と「不安」が交錯する患者の心。北野さんは、「ネットには患者も情報を載せているが、声を上げていない人の方が圧倒的に多い」と話す。声となって聞こえてこない患者の声。一般国民と医療者はどのようにかかわり合いながら、今後の新生児医療を形づくっていくのだろうか―。
(続く)
本当の「NICU満床」とは―特集「新生児医療、“声なき声”の実態」(1)
1年以上入院する赤ちゃんたち―特集「新生児医療、“声なき声”の実態」(2)
新生児科医増やす工夫は?―特集「新生児医療、“声なき声”の実態」(3)
更新:2008/12/11 16:00 キャリアブレイン
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