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【社説】

女児殺害判決 裁判員制度の教訓に

2008年12月11日

 広島の女児殺害事件で、広島高裁は一審判決を破棄し、審理を差し戻した。「審理を尽くしていない」とは、迅速のあまり拙速に陥ったと指摘されたに等しい。裁判員制度に向けた教訓としたい。

 二〇〇五年に下校中の小学一年生の女児が、殺害された事件だった。ペルー人被告が殺人などの罪に問われて、広島地裁で無期懲役の判決を受けていた。

 この一審は、来年五月からスタートする裁判員制度をにらんだ「モデルケース」とも当時、指摘されていた。

 刑事裁判に参加する市民の負担軽減のために、迅速な審理が必要で、初公判の前に争点整理をする公判前整理手続きや集中審理が行われたからだ。

 結局、この事件では、公判前整理手続きが二カ月の間に八回あった。証拠調べは五日連続の集中審理だった。初公判から判決までは五十日である。同様のケースなら、従来ならば、もっと長期の審理期間を要したであろう。

 被告人側は、殺意やわいせつ目的を否認して、無罪主張だったからだ。被告は「悪魔の声に動かされた」とし、弁護人は「心神喪失状態」と訴えた。死亡させたことは認めつつ、刑事責任能力などをめぐり争っていたのである。

 高裁は「審理不足」と断じた。例えば、犯行場所も被告自室内か、屋外なのかも、特定しないままの一審判決だった。高裁は「犯行場所は、争点や犯情を判断するのに非常に重要」と指摘した。確かに人目につく場所での白昼の殺人と乱暴なら、被告の刑事責任能力に疑問が生ずる余地もあろう。

 裁判員裁判で、殺意や責任能力にかかわる重要ポイントがあいまいであっては、裁判員に理解されない恐れも出る。

 今回の判決は、検察のおおざっぱな立証は許されぬというメッセージとも受け取れる。

 何よりも、公判前の手続きが、拙速・粗雑であってはならない。その警鐘でもあろう。裁判員裁判の集中審理の「土台」となるのは、公判前整理手続きだ。公判までに検察側と被告・弁護側が入念に争点を絞り込み、明確化し、裁判員に示す必要がある。

 迅速を重視しすぎるあまり、土台づくりで綿密さがおざなりになってはならない。重要な争点が「不可解」のままで、市民が適切な判断ができるはずがない。十分な証拠が開示され、被告の防御権も確保せねばならない。裁判の信頼を崩さぬ課題が提示された。

 

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