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スポニチColumn

2008年11月26日 花井伸夫「宝塚通信」
熱演が空回り…ご都合主義的脚本にア然


 あ~あぁ、ダメだよぉ出演者たちの熱演が、遠退いていっちゃうよぉ!と心の中で叫んでいた宙組東京宝塚公演のミュージカル エンターテインメント「パラダイス プリンス」(作・演出植田景子)だった。
 左足骨折のため半年間舞台から遠ざかっていた娘役トップ・陽月華を相手役に、男役トップスター・大和悠河が久々にコンビ復活。トップスター・コンビの新鮮さと、蘭寿とむの敵役ぶりや、充実著しい北翔海莉の健闘、さらに悠未ひろ、十輝いりすらビッグな男役の輝き。また美羽あさひ、和音美桜、花影アリスらの魅力など、宙組全体の熱気が感じられる公演なのだが……。
 父譲りの天性の才能で現代アートの寵児、21世紀のピカソになれる存在と賛辞を浴び続けてきた主人公スチュアート(大和)がビデオレターを残して旅に出る。自転車に乗って。ニューヨークからシカゴ、セントルイス、オクラホマシティ、ラスベガス…、そして目指すアニメ制作会社のあるロサンゼルス郊外のオレンジカウンテイへ。
 スチュアートはアートの世界から引退して、小さい頃からの夢だったアニメ作家になろうと、本当の自分探しの旅に出たのである。夢のアニメの象徴はタイトルロールにもなっている“パラダイス プリンス”。可愛いイラストは公募作品である。旅の途中はショーアップされ、ミュージカルの出足は快調だった。スチュアートはダメ社員ばかり集まっている冴えないセクションの見習社員としてやっと滑り込む。
 そこで現代アートの世界での活躍を目指してイラスト描きのアルバイトをしながら作品制作に打ち込むキャサリン(陽月)と出合う。現代のアメリカン・ドリームの世界は、青春ミュージカルの様相を呈しつつ、一方でスチュアートのアート界復活を画策する大物アート・プロデューサー、アンソニー(蘭寿)の裏工作によって思わぬ方向へとねじれていく。
 アンソニーは、スチュアートを愛し始めたキャサリンに、自分がアート界で活躍したければスチュアートを説得しろと迫り、さもなければキャサリンがアート界で生きる道はないと卑劣な脅しに出る。「彼の夢をつぶすことなんて出来ない!」とアート展用に描いていた作品にナイフを突き立ててしまうキャサリン……。
 スチュアートはどうアンソニーと対決するのか、2人の恋と夢の行方は?……とこの辺までは、青春ミュージカルとしては、かなりいい出来だと思って見ていたのだが、すべてが一件落着した直後、銀橋(エプロンステージ)でスチュアートの母ローズマリー(美穂圭子)と、言わば家族の後見人のような立場のハワード(一樹千尋)の会話で、なぜスチュアートが家を出たのかなどから2人の恋まで“総括”してしまうのである。
 おまけにハワードがローズマリーに求婚という展開に。さらに10年後の世界に飛んで、スチュアートとキャサリンには2人の子どもがいて、家族で人気のアニメドラマ「パラダイス プリンス」を楽しんでいるというところで幕となる大サービスぶり。ハワードとローズマリーの会話を聞きながら“おいおい、そこはお客さんが帰り道に考えたり思ったりすることなんじゃないの”と思ったし、それまでの出演者たちの熱演熱唱がスゥーっと遠ざかっていくのを感じた。
 一樹と美穂の責任ではない。脚本があまりにご都合主義なのである。せっかく途中まではいい流れだったのに…、この荒唐無稽さにはア然としてしまった。宝塚の夢は、もう少し真実や心の風景に近いところにあるのではないだろうか。夢のてんこ盛りも結構だが、リアリティーのなさが積み重なるとあきれてしまうと断じたら、きついだろうか。そう言いたくなったのは宙組全員があまりに一生懸命頑張っているからなのだ。

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