一流の研究者の「先生」がいつも懐かしく語る、先生のさらに上のボスの話があります。戦後間もない時代に、学位を取ったばかりの先生を見いだしてアメリカに引き抜き、自由に研究をすることを許した、これまた伝説的な研究者です。先生はいいます:
「年度が終わる頃になると、彼は私に『今年お前が使ったコンピュータの利用料だ』とレシートを渡してくれたものです。年に2億円は使っていたでしょうか!」
これはケネディ大統領時代の話ですので、当時としては今以上に大変な金額です。当時世界にいくつも存在しない最新のコンピュータを、先生は独占的に利用でき、そのおかげで輝かしい業績が次から次へと生まれたのでした。
「しかしボスは一言も文句を言わないんですな。予算をとってくるのは自分の仕事。お前たちは研究をしろ、というわけでした。今の私がいるのも、あの人のおかげですな!」
科学者の世界も、お金と、権力と、事務作業と無縁ではいられません。大きな研究プロジェクトを運営するにはそれなりの政治力、発言力、そしてマネージメントの力が必要です。
最近、この先生のボスである、この伝説的なマネージャーに関する記事がアメリカの学会誌に掲載されましたが、目を見張ったのはその補遺の部分です。そこには彼がルールとしていた数十のマネージメントの鉄則が書いてあったのです。
そのなかから、広く、どんな組織でも応用できそうな21 個を選んでご紹介したいと思います。ある程度の部下をもって、チームを運営しなければいけないリーダーになったつもりで読んでみてください。
一流の研究者のマネージメントのルール
- 何でもできることを目指すのではなく、少ないことを卓越してできるようになること(その少ないことで、あなたの組織は歴史に名を残すからだ)
- 自分の力量を越えるプロジェクトのリーダーになってはいけない。
- 大きいことは、必ずしも良くはない。新しいイニシアティブを、目新しさだけで追い求めてはいけない。それは必ずしも高いクオリティに結びつかないからだ。
- 新しいリソースを投入するのではなく、すでに存在するものを効率的に運用することで新しい価値と生産力を作り上げることがマネージメントの要諦だ
- プロジェクトの成功には継続とゆるやかな変化を維持することが大切だ。マネージャーとして、プロジェクトを運営するポリシーを急転換しないように注意しなければ部下は反応できない。
- マネージャーとして、自分の場所が国内、そして国際的にどう位置づけられるのかを常に把握すること。
- 職の空きをその場で応募してきた最も優秀な人で埋めるのではなく、最もその仕事に適した人物にまかせる。そのためには、しばらくそのポストを空けておくことも辞さない。こうした判断における忍耐は常に報われる。
- まだ功名のない若い才能を追い求めることを恐れてはいけない。すでにピークを過ぎた研究者を雇うよりも、長期的にみて若い人材を選ぶ判断は報われる。
- 弱い人間は組織そのものを弱体化させる。彼らが自発的に去るまでは最もダメージが少なくなる部署に配置すること
- 旅費、コンピュータ資源などといった組織のリソースを有効活用している人に報いること
- スタッフの時間を守るべし。彼らを必要以上の事務仕事、外部からの理不尽な介入にさらさないようにすると同時に、無意味な出張などで時間を浪費することを許さないようにすること。
- 外部の予算の増減、急な報告書の作成など、外からやってくる変化や雑用に対して、マネージャーはフィルターの役割を演じて、プロジェクトメンバーがなるべくそれを感じなくてすむように振る舞うべき。
- 部下の才能を濫用する誘惑をなるべく避けること。
- チームの大きさは情報交換が問題なく行われる大きさに常にとどめる
- 組織の管理構造は、成果を生み出す現場の研究者を縛るためでなく、彼らに奉仕するためになければいけない。
- 組織の構造はなるべく簡単にして、必要に応じて再構成できるようにしておく。
- 組織の総体としての強さが、その個々のメンバーの和よりも強くなるように人員配置をするべき。
- メンバー間の相互作用を保持するようにすること。メンバーはそれぞれ他のメンバーにとって反響板のようでなければいけない。たとえ別のメンバーの専門が自分とは違っても。
- チームのメンバー同士に建設的で、友好に満ちた競争を育てること。人的資源の割り当ては、グループの中に分断や、党派を作らせないようにするよう、常に意識的にデザインされるべき。
- 問題が生じた場合に、上司に向かって泣き言をもらしにいってはいけない。自分の問題は常に自分のレベルで解決するように努力し、それができない場合はとるべき手だてについて意見をもって上司に面会を求めること。
特に衝撃的なのは、7番です。公募を出したとして、優秀な人材がいくら応募したとしても、自分がやらせたいと思っている仕事に対して最も適任な人物が応募してくるまであえて、人をとることをしない、というのです。これは常識外れな面もありますが、このボスが組織の成功を何にも増して優先していたこと(そしてそれを成し遂げたこと)を示しています。
9番のような項目があると、「弱者切り捨てか」と思われるかもしれませんが、実際は裏で手を回して、その人が才能を発揮できる職場を常に探してあげていたという裏話も先生から聞くことができました。
「私たちの研究所では鳴かず飛ばずでも、別の場所にいったらめざましい成果を挙げられた人は大勢います。私のボスは自分の組織のクオリティを上げることについて容赦しなかった。でもそれは、冷酷ということとはちがったのです」
最後の 21番目のルール、自分に対して言い聞かせるように書き込まれた「心構え」は胸に迫ります。そこにはボスとして、多くの研究者のために矢面に立ち、大きなプロジェクトを成功に導いてきた人物の覚悟と自負が現れているのです。
「全ての戦いに、完全なる勝利はない。戦いは常に、再度やってくる」
このボスはもうこの世におられませんが、「先生」を通じてその戦いは私に、そしてこれを読んでいる未来のリーダーたちに受け継がれているのです。
あなたが未来を引き受ける時、ぜひこの21個の心構えを胸に刻んでください。
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