「痛い、痛い」と訴える妊婦(36)の横で、産科医は搬送先を探すため懸命に電話をかけ続けた。10月4日夜、東京都江東区の産婦人科。都立墨東病院に受け入れが決まったのは、7病院に受け入れを断られた末の約1時間後だった。
夫(36)は「なぜ、どこも診てくれないのか」と、やりきれない思いで待つしかなかった。妊婦は3日後に脳出血で死亡。搬送先が迅速に決まる仕組みは作れないのか。
昨年11月、未熟児が7病院に受け入れを断られ、その後亡くなる事案が明らかになった札幌市。実は今年11月7日夜も、市内6病院に計48床あるNICU(新生児集中治療室)がすべて埋まっていた。こうした事態は月1回程度あり、「搬送不能」が繰り返されてもおかしくない。だが10月から産科救急の体制を変えたことで、受け入れ拒否の心配は基本的になくなった。
仕組みは単純だ。市夜間急病センターに詰める助産師資格を持つオペレーター2人が毎夕、NICUのある病院の状況を確認し、受け入れ病院を決めておく。11月7日夜は、市内のある病院を受け入れ先に指定し、「NICUが必要なら苫小牧市立病院へ運ぶ」。産科医はセンターに連絡するだけでよく、搬送先を探す必要はない。
大阪府も昨年11月、府立母子保健総合医療センターに、産科救急搬送を調整する専任コーディネーターを置いた。「各病院の事情を知るベテラン産科医なので、押しが利く」(府担当者)面もあり、病院選定にかかる時間が平均約50分から約30分に縮まった。
厚生労働省によると、同様の取り組みは千葉や京都など4府県でも実施している。なぜ東京はやらないのか。関係者からは「数が多すぎてリーダーシップを取る病院がない」などの声が漏れる。
東京には、(1)搬送が必要になった産科があるブロック(8地域)内の総合周産期母子医療センター(2)それ以外のセンター(3)すべて無理なら最初のセンター--の順で搬送を受け入れるとのルールがある。だが、現場の医師が、搬送先が見つかるまでかけ続けているのが実情。ネット上で受け入れ可能病院を表示するシステムもあるが、現場の医師には「情報入力の余裕がない」と不評だ。
厚労省はそれでも、IT(情報技術)を使った搬送先決定システムの開発に力を入れようとしている。札幌市の体制整備にかかわった水上尚典・北海道大教授は「現場の医師に負担がかかるシステムは役立たない。産科医を医療以外の行為から解放することが大切だ」と訴える。
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毎日新聞 2008年12月10日 東京朝刊