1年以上入院する赤ちゃんたち―特集「新生児医療、“声なき声”の実態」(2)
「NICU満床」の原因には、赤ちゃんがNICUに1年以上入院している「長期入院」も挙げられる。 八戸市立市民病院(青森県)の地域周産期母子医療センターのNICUにも、この秋まで約10か月入院していた赤ちゃんがいた。もともと総合周産期母子医療センターの青森県立中央病院で未熟児として生まれ、両親の居住地に近かった八戸市立市民病院に転院してきた。その後、赤ちゃんの今後の生活について病院側と家族側で考えてきたが、継続的な人工呼吸やチューブ栄養、持続導尿などの管理が必要だったので、在宅での生活は難しいと考えられた。このため、同院が受け入れ先を探し、重症心身障害児を診ている近隣の病院の受け入れが決まった。
同院小児科の佐藤智樹医師は、「昔に比べると医療が進んでいるので、命は助かっても人工呼吸や点滴が必要で、長期入院になる赤ちゃんが増えている」と話す。県立中央病院でも、染色体異常を持って生まれ、約2年もの入院の末に亡くなった赤ちゃんが近年いたという。
こうした長期入院の例は、青森県だけにとどまらない。
埼玉医科大総合医療センター総合周産期母子医療センター長の田村正徳氏は、「ここにも1年以上入院する赤ちゃんが年間に1人ぐらいいる」と話す。田村氏によると、長期入院になる新生児は大きく分けて2パターン。染色体異常など先天的な異常を持って仮死状態で生まれ、今後人工呼吸器が外れることが期待できないとされるケースと、早産などで未熟児として生まれ、人工呼吸器によって肺に圧力を受け続けたために慢性肺疾患を発症するが、治る見込みはあるというケースだ。
■赤ちゃんの長期入院、1施設に0.5床
新生児医療連絡会の調べによると、2005年に長期入院の赤ちゃんは1施設当たりの平均のNICU病床数である6床に対して0.5床程度を占めている。また、人工呼吸器の付いているNICUベッドの比率も03年には4.15%だったが、06年には6.60%に増えており、NICUの設備が重装備化していることが分かる。
厚生労働省研究班の報告によると、国内では長期入院になる新生児が年間に約200-300人おり、200-250人に在宅か療養施設に移ってもらう必要があると指摘している。人工呼吸が永続的に必要なケースでは、重症心身障害児福祉施設や重症心身障害児(者)を診る病棟のある国立病院などでの療養が望ましいとされている。しかし、「どこの療育施設も定員いっぱいの状態であることと、人工呼吸器を付けている患者のケアは療育施設では難しいことなどで、なかなか受け入れられない」(田村氏)、「病院や障害児(者)の施設はどこも満員なので、受け入れ先ができるということは誰かが亡くなるということ。そんなに簡単なことではない」(佐藤氏)といい、受け入れ先が見つからず入院が長引いているのが実情だ。
■NICU1000床の増床を こうした状況から、NICUの増床を求める声は多い。厚労省研究班はNICUが国内に約1000床不足しており、喫緊で200-500床の増床が必要と試算している。
新生児医療連絡会が、会員のNICU施設126か所に対して行った調査によると、新生児病床が「不足」と感じていた施設が72%で、このうち94%がNICUの不足を、77%がGCUの不足を感じていた。新生児病床を「増やしたい」と考える施設が76%あったが、できない理由(複数回答)として、「医師確保」が79%、「看護師確保」が75%と、人材確保が困難であることが多く挙がった。加えて、7:1入院基本料を取得するためにぎりぎりの人数で看護師を配置している病院の場合は、NICUを1床増やすと、新人を雇用しない限りはほかの病床から看護師をNICUに移す必要があるため、施設基準を満たせなくなることを恐れて増床できなくなっているとの指摘もある。
■自治体と現場の意識に大きな差
一方で、厚労省が今年各都道府県に対して行った調査では、NICUが「(ほぼ)充足している」が23自治体と、「不足している」と回答した22自治体をわずかな差で上回る結果となっており(「把握していない」は2自治体)、現場と自治体の意識に大きな差があることがうかがえる。
青森県立中央病院でも来年度のNICU増床を要望しているが、青森県の担当者は「そういったニーズがあることは把握しているが、総合病院なので、スペースや人材などの問題のほか、がんや脳卒中などの高度医療の整備も検討していく必要がある。もろもろを勘案しながら、ニーズにどう応えていくか知恵を絞っていきたい」と歯切れが悪く、先行きは不透明だ。
■新生児医師も不足 しかし、単純にNICUを増やしても、働く医師がいなければ意味がない。新生児医療連絡会の調査でも、「新生児医師が不足」している施設が87%と、医師不足は深刻だ。
新生児科は標榜科ではなく、それぞれの病院によって小児科とのすみ分けなどから新生児医師の配置や役割が異なっているため、新生児医師の数は正確には把握できない。ただ、日本未熟児新生児学会の会員数は3056人で、日本小児科学会の1万9300人と比べると約6分の1と少なく、「小児科の中でもマイナーな存在」(青森県立中央病院総合周産期母子医療センター新生児集中治療管理部門部長の網塚貴介氏)だけに、新生児医療に従事する医師は小児科医の中でもかなり少ないとみられる。
■3日に1回の当直
ただでさえ労働環境が過酷といわれる小児科の中で、数が少ない新生児医師の労働環境はどうだろうか。網塚氏は、今年7月から3か月連続で、月8回の当直をこなした。網塚氏の場合、当直日は通常勤務から当直に入り、翌日はそのまま通常勤務に入るため、連続で36時間を超える労働だ。そして翌日に通常の勤務を1日こなせば、また当直に入ることになる。現在は同センターのNICUに医師が1人増えたため、当直は月6回になり、「これでも楽になった」(網塚氏)。一方、八戸市立市民病院の佐藤氏は、通常の小児科の外来や病棟の診療もしながらNICUも診ている。30歳代前半の佐藤氏の当直は月に4-6回。「ここの研修医は6、7回こなしている。自分が40歳代になった時に、月に何回も当直をすることに体が耐えられるかと考えると、いつまでこの仕事を続けられるか分からない。自分の家族と過ごしたい時間もあるのに」と表情を曇らせる。
杏林大小児科の杉浦正俊准教授が新生児医療連絡会の会員医師約400人に行った調査によると、新生児医療に携わる医師の平均当直回数は月6回で、当直翌日も通常勤務をしている人が80%だった。残業時間を含む平均在院時間は推定で月300時間を超えている。平均睡眠時間は3.9時間、月の休みは平均1.8回とまさに過酷で、「家庭が犠牲になっている」と答えた人が59%、「無理して両立」が26%いた。
「新生児科医を継続する意志と期間」については、「指導医世代」では「一生続ける」が40%いるのに対し、「研修医世代」ではわずか8%。「研修医世代」では、「続けるかどうか未定」が52%と過半数で、年齢が下がるほど新生児医療を継続する意志を持つ人が少なくなっているようだ。
■「医療安全に不安感じる」過半数
さらに、調査からは医療安全の問題も浮かび上がる。「体調に変調を来した」が38%、「医療安全上の問題を経験した」が27%、「医療安全上不安を感じる」が54%に上っている。
網塚氏は、苦々しげな表情で振り返る。
今年1月、青森県立中央病院に1000グラム未満の未熟児の搬送受け入れの依頼があった。だが、その時に網塚氏は、約40時間にわたる仮眠もほとんどない連続勤務を終えた状態で、自身に期外収縮を感じるほど体調を崩し、自宅に帰り着いた時だった。当時は院内にNICU経験が1年未満の医師しかおらず、指導医の網塚氏が不在の状態では受け入れは難しいと判断したため、受け入れを断ったという。新生児は地域周産期母子医療センターに搬送されたものの、結局、消化管穿孔が起こってしまった。
網塚氏は、「自分の体調さえ大丈夫なら、受け入れられた。だが、新生児医療は全速力のリレーを続けているようなもの。たった一人の医師にすべて負わせるのが医療体制と言えるのか」と苦渋の色をにじませた。
(続く)
本当の「NICU満床」とは―特集「新生児医療、“声なき声”の実態」(1)
更新:2008/12/09 18:09 キャリアブレイン
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