2004/11/14 (日)

福岡→岡山→くるり

 大名という原宿と高円寺が合わさったかのような街の中心にあるホテルだったので、チェックアウト前にちょっと歩こうと外出した。ホテルの目の前に気になるパーカーが飾ってあるロッキンな店があったので、中に入った。1分ほどするといらしゃいませしてくれながら、「あの、鹿野さんじゃないですか?」と声をかけてもらった。何をやってるのかから始まり、FACTって何だだの、最近のロック・バンドはいいバンドが沢山あるけど、服を作りたくなるようなバンドがいないとデザイナーが語っていた話や、いろいろした。そして昨日と一昨日にドラム・ロゴスとBE-1(ロゴスに隣接している一回り小さなハコ)でJUDEがライヴした話を聞いた。店はスカルものやロックものが多いのでロック・ファンがたくさん来るらしい。「昨日はみんなJUDEのTシャツを着ていて、元気が良かった割に全然服を買ってくれなかった(笑)。それどころじゃなかったんでしょう」、と苦笑いしながら話していた。スカルものやアーミーものをデザイナーがデフォルメしたものなど、面白い服が沢山ありました。大名の真ん中、ビームスの通りにあるKANGOLの店の隣にあります(名前忘れちゃったんだわ)。地元の方、行ってみてください。
 ホテルに戻ってチェクアウト。僕は旅のアレンジを決めていた。これから岡山へ行くのだ。


 くるりのライヴを観ちゃうのだ。


 彼らのホームページで学祭ツアーのスケジュールをチェックした時から、ずっと行こうって考えていたのだが、何だか岡山で彼らのライヴを観るのも、生まれて初めて岡山へ行くのも、学祭に行くのも、何より女子大に入ることも恥ずかしいし緊張する。クリストファーが脱退してから初めてのライヴを観ることも緊張に拍車かけるし。
 でも新幹線で90分で新しいくるりの姿を見れるし、新曲も聴ける。岸田がメシも酒も奢ってくれるという。ストリートで100円恵んでもらっちゃう鹿野である。奢ってもらうしかないだろう。行こう。決めた。
 博多駅へ向かったが、駅の近くで一つだけ用があったのでタクシーに乗った。運転手は中性脂肪が29%ほどありそうな若者で、乗り込むや否やキック・ザ・カン・クルーがガンガンにかかっていてタクシーに乗った感じが全くしない。5分ほどしたら「お客さん、東京の人ですか?」というので、「そうだけど、それよりキック・ザ・カン・クルーが好きなの?」と訊ねた。「おっ、詳しいですねえ。好きっつーか、これ聴いてると調子出るんですよね。不思議と距離も出たりするっすよ(遠距離の客捕まえてがっぽり儲けられるってこと)」という。さすがメイク・マネーの音楽、ヒップホップだ。「でもね、夜はやっぱ尾崎豊が多いんですよ。何でなんですかねえ?」と聞かれたので、「そりゃ、お前が人生に酔ってるだけだよ」と言おうとしたが、やめた。きっちり目的地まで運んで欲しかったからね。

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 目的地に着いた。普通の何も無い住宅地。僕はここに「看板の出ていないラーメン屋」があるのを聞いて来たのだった。そこはとても美味しい店で、とことんスープにこだわった店で、開店時間はスープが出来上がった時間(だいたい昼の12時頃らしい)。その日のスープがちょっとでも美味く仕上がらなかった日は営業しないですと公然と伝えている店だという(実際にそれで休んでしまう日もあるらしいのだ)。テレビの取材も受けないし、こだわりの人だけしか来れないように、看板も出さない。実際に、何だかよくわからない店構えだし、人の行き来が無ければ、1ヶ月前に閉店したラーメン屋のように見える。「大切なのはスープだけだ」という思想の下にすべてが動いている店。ワクワクしながら入店した。

 店内は普通の中華屋さんで、テレビもあればラジオもかかっている。こだわりゼロ。店員の女性の方のひときわ甲高い声での「いらっしゃいませ!」にちょっと緊張をもよおすが、まあ、そういう人もそういう店もたくさんある。個人的にはいちいち甲高い大きいな声で応対され、緊張感に溢れた軍隊口調で返事をされると、リラックス出来なくて居心地が悪くなる。東京でも「ラ・ボエム」とか「モンスーン・カフェ」とか、あの手のチェーン店カフェのアホデカい声には時々苛つくことがある。一世風靡セピアかよ、お前らという感じだ。このラーメン屋はそういうマッチョな声ではないが、その分ストイックさがヒステリックに響いてなおさら戦場っぽい感じがした。いつしか気付いたが、どう見ても作ってるのが旦那さんで、店を仕切っているのが奥さんで、その間を繋いでいるのが長男だ。家族でやっているのだろう。ならばもっとリラックスしてればいいのに。
 
 店の中にはメニュー以外にもう一つの張り紙があり、そこには「当店はスープが第一で、まずスープを味わって欲しいです。スープが命ということに理解できない人は当店ではご遠慮願います」みたいなことが書いてあった。これが僕が聞いたこだわりの素か。でもあまりゴツい書き方ではないし、店も強面ではなくちょっとヒステリックに規律の正しさを出し過ぎるとこがあるものの家族だし、思ったほど特殊な感じはしなかった。
「ラーメンください。きくらげ一杯!!と背脂一杯!! してください」と頼んだ。背脂一杯はちょっと勇気がいったが、でも脂まみれになりたかったし、脂まみれでくるりに逢いたかったのでそうした。そして待った。店の中は何も無く、テーブルの上は博多ラーメンご用達の「高菜の唐辛子漬け」だけが置いてあった。適度に脂がまぶしてあり、そのオイリーな光沢が胃をくすぐった。ので、高菜を2つばかし口に入れた。とても美味しかった。その辛さを含め、胃に刺激を与えることを含め、最高の前菜になったと感じた。直後にラーメンが届いた。

 ちょっと背脂の凄まじさにびっくりしたが、とてもいい感じの濁り方をしたスープが目の前で湯気を立てている。コクもありそうだし相当、骨も髄液も煮込んでいるらしい濁り方をしていたが、思ったほど店の中は臭みがない。和歌山らーめん「MATCH−BO」のように、店の前に立った段階での異臭で食欲を失せさせるような匂いはしなかった。期待できるぜ、とワクワクすると、奥さんがその独特の怯えたような心を許していない視線で「まず背脂をまぶさないで(追加の背脂一杯は、丼の一ヶ所に固められて鎮座していたのだった)スープをすすってください。それから―――」

 ここで奥さんの心許さじ視線が瞳孔を開ききった状態になり、顔の神経は引きつったまま顔面を僕の顔面に18センチほど前方に接近させ、こう言った―――。



「高菜、食べてしまったんですか!!!!????」
 


 多分、僕の口の周りに微妙に唐辛子の味噌がついていたのだろう。はい、食べました。美味しかったです。と答えた。すると、「うちの店は初めてですか?(答える間もなく)何故高菜を食べたんですか? スープを飲む前に何故高菜を食べたのですか? ルールがあるじゃないですか。まずスープをというルールがあるじゃないですか!」と18センチのまま一気にかましながら、持ってきたラーメンを手放さずにこう言った。

「これをお出しすることは出来ません。マナーに反する人はお帰りください」
 
 唖然とした。「だってここに高菜が置いてあるから、食べちゃいけないなんて書いてないから食べました。じゃあ、今から水を飲みまくりますよ。で、口の中を洗いますよ。それでも駄目なんですか?」と訊ねたら、また同じことを言われた。長男を見たら、長男は「あちゃー」という顔で奥でもじもじしている。そっか、わかった。次は旦那さんだ。3秒ほど無表情で見詰めたら、反応があった。
「お客さんは酒を呑みますか? 利き酒って知ってますか? 利き酒をする前に高菜を食べますか? そういうことです。そんな神経の人に食べてもらっては困るのです」
 ここでまた奥さんがかまし始める。
「うちは看板も出さずに必死にやっているのですよ。スープを認めてくれないなら、やっていけないんですよ。唐辛子が口の中に入っていたらまともにスープを味わってもらえないじゃないですか? そんな人にスープを呑んで味を判断されたら、もう終わりなんですよ、はぁーはぁーはぁっ」

 ちょっとだけ頭を整理して今度は僕が話し始めた。
「そこまで言うなら、帰ります。もう結構です。ただ、ここはスープの味を利き酒のように試す場所なんですか? ならば試してあなた方はどうして欲しいのですか? 僕は美味しいラーメンを求めてここに来ました。美味しそうだったからとても期待して待ってました。僕は利きスープなんてどうでもいいです。美味しいラーメンを試すのではなく、食べに来たのです。ただ、こだわりは理解出来ます。それはそれで結構です。作り手としての意地もあるでしょう。でもね、だったら何であなた方のこだわりをルールとしてきちんと示さないのですか!? 看板を出さないまでも、会員制でなければ一見さんお断りの店でもない。こんな観光客丸出しの(大きなバッグとDJバッグを持ち込んだもので)客を歓迎したのはこの店自身だ。ならば、ちゃんと『出されたスープを一口飲むまでは店内での一切の飲み食いを禁止します。何故なら〜〜〜理解のほどお願いします』ぐらいのことは店の中に書くべきでしょう。あんな曖昧なスープへのこだわりを書かれても、高菜が美味しそうだったら、高菜を食べます。高菜を食べてはいけないのなら、出さなきゃいい。スープを呑んだのを確認して初めて出したらいい。こんなに異常にこだわってるのなら、それぐらいやってください。いいですか? あなたが仕事にしているのはサービス産業です。こだわりも、ルールも、サービスの中で示していくべき仕事です。あなたが僕にやったことはスープを試すのではなく、客を試しています。そんなねえ、舐められたらこっちもやってられないのですよ」

 相手がヒステリックだったので、僕という人間としてはかなり冷静に話せた。僕を中途半端に知っている人なら、ここでテーブル引っくり返して出ていても不思議ではないと思うシチュエーションで、トークライヴのようにマイペースで話した。
 したら、旦那さんは視線を僕から外し、ムスッとしてしまった。奥さんは何も語らず、しかし視線だけは外さず、その人を許さない視線を送り続けた。5秒ほどして旦那が再び「だから利き酒は―――」とまた始めようとしたので、もう僕は諦めた。化学反応が無い人と話しても無駄だ。気持ちが届いていないんだから。

「いいです、もういいです。食う人を失ったラーメンにはごめんなさい。出て行きます」と言って、荷物を持って外に出た。
 悔しかったよ。とても悔しかった。食べ物の店から追い出されたのは初めてだった。AIRこと車谷と若い頃に居酒屋でチン毛を燃やし合って、退場くらいそうになったことはあるが、それとこれとは違うだろ。悔しくて堪らなくなった。
 何なんだろうな、その後に僕がやったこと。そのまま近くの自動販売機でウーロン茶を買って、空けて、一口飲んで、再び店のドアを開けて入った。ウーロン茶をこれみよがしに飲みながら入って座った。

 しかし、やはり旦那は目を合わさないし、奥さんは「お帰りください」だった。長男は見えるとこにいなかったな。シャレが通じねえなあと思って僕は外に出た。が、そんなシャレ、通じるわけないよな。相手が相手だし、僕も僕だからな。
 でも本当に理不尽だと思った。いいんだよ、店のルールがあるならそれでいい。一度店の中に入ったら、タバコも捨て、ガムも捨て、水だけ飲みながらスープをすする瞬間を待つ。僕はそれはそれで楽しいしエンターテイメントたりえることと思う。スープがその苦行に見合うだけの味であるならば。しかし、ならばそういうルールを明確に伝えねば。「スープが命、理解しないなら来るな」というメッセージから行間を読めじゃ違うと思う。人ぞれぞれだからだ。人はそれぞれだからいいのだ。僕はスープをすする前に麺を食べることはしまいと決めて待っていた。しかし、高菜にはそそられて食べてしまった。いろいろじゃないか、いろいろな人に「一つのこと」を強制するなら、それなりの努力をしろよ、あんたらも。少なくとも僕はそんなことと悩みながら音楽を言葉にしてるんだ―――。
 再び僕は福岡に来ることがあるだろう。大好きな街だからだ。その時、多分僕はこの店にもう一回行くだろう。店の人は憶えているだろうか? 憶えていたら、僕にラーメンを食わせるのだろうか? こういう人が作るラーメンでも、そこに執念と技術とこだわりがあれば美味しいのか? 僕はそれを何より知りたいから食べに行くだろう。(店の名前は正式にはあるけど、ここには書きません)

  ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇  

 本当に脱力したまま博多駅に向かい、そこでいろいろ買ってから岡山行きの新幹線に乗った。福岡は鳥も有名で水炊きが美味いんだよね。名古屋の甘辛手羽焼きみたいな、「努努鶏(ゆめゆめどり、と読むそうです)」という手羽の甘辛揚げが美味しかった。衣にちょっとピーナッツが入ってた気がしたが気のせいかな。あと、駅の名店街のめんたいお土産コーナーにあった「博多まるきた」という店のめんたいは本当に絶品だ。「博多あごおとし」というめんたいなのだが、粒も味も、最高にバンピーだしメロディックだ。めんたいだけではなく、食に対するエクスタシーが口の中でプチプチはじける感じだ。ここはいろいろなめんたい屋にたらこを卸している店だそうだ。やるな、マジで味が違います。是非、捜してください。

 岡山に着いた。そこで僕は素晴らしいライヴを観て、素晴らしい会話をして、素晴らしい時間をくるりと岡山とノートルダム女子大と過ごした。
 ここからは、レヴュー・コーナーのMUSICコーナーに飛んでください。くるりはやはり素晴らしい再出発を遂げていました。
(ごめんなさい、もう少ししたらアップしますが、まだライヴレヴューが完成していません。完成次第、写真と共にアップしますので、しばしお待ちください。締め切り地獄から這い上がった瞬間に書きますので!)