*このブログは Office LAC-U のページとリンクしているのですが…全く持って私の個人的なもの *
* 内容は、その日によっていーかげんに書き綴っておりまする。それを心に留めて読んでね。 *
今週の水曜日(3日)都内のホテルで
体操競
新体操
トランポリン
この3種の競技団体が揃い 「 北京オリンピック報告会 」 が行われました。
私が今まで携ってきた競技には、余りないこと(記憶にありません…)で新鮮でした。
この日は、各競技の監督・コーチだけではなく、選手全員からもそれぞれ報告の言葉がありました。
体操男子は団体・個人の両方でメダルを獲得し、体操女子は目標以上の5位入賞
トランポリンもメダルには手が届かなかったけれど、個人4位という結果を残しています。
新体操チームは、目標に届かず、予選敗退。
決勝の舞台で、彼女達の演技を披露をし、その結果として入賞を勝ち取ることはかないませんでした。
そんな彼女達が、声に、言葉にして表した気持ちは
“感謝”と“悔しさ”でした。
悔しいと言葉にしたことを「 悔しいって言いすぎよ 」と励ます気持ちで仰った先生もいらっしゃいましたが、私はそれで良いのではないかと思いました。
だって、本当に悔しいのだから。
私は悔しすぎて、その反動で妙に淡々としてしまいました。
そんな私はほんの数ヶ月ですが、指導者と選手達は2年以上もある1点を見つめて歩んできたのです。
悔しかったり、悔やんだりして当然だと思います。
ただ、非情なようだけれど
「 まだ2年 」です。
他と比べて自己を判断するのはよくないけれど
陸上男子短距離がリレーで結果を残したのは、本格的な強化から3回目のオリンピックです。
シドニーの時はバトンミスで失格をしました。
ソフトボールも3回目のチャレンジです。
しかも、次のロンドンでは種目から外れることがわかっています。
競泳もアトランタでの失敗からシドニーに向かい、
その強化が継続されて今回があります。
確かに、他競技には見られない厳しい強化方法だったかもしれません。
でも、まだ始まったばかり。
選手達は、今までの慣例からか、新体操は競技年齢が短いといいます。
私はそんなことはないと断言したい。
今でこそ、大人の競技のように見られている競泳だって
ついこの前まで(特に女子は)高校生までと言われていたのです。
新体操は表現の競技。
その表現は、技の難度だけではどうにもならない
日々を重ねることで得る、さまざまな経験があればこそ。
それに、
オリンピックに向けてトレーニングすることの意味や意義
オリンピックという舞台の雰囲気
オリンピックで演技をする緊張感と快感
そして、その場で表現し切れなかったという悔しさ。
それを知っているのは、彼女達しかいないのです。
その彼女達には、やはり、これまでの道の続きを歩んで欲しいと思います。
これは私のエゴかもしれないです。
でも、今回、決勝に進めなかったのは
オリンピックの神様が
「 この日の想いを胸に、更に強い心を持って目指しなさい 」とメッセージをくれた気がします。
もしも、5位に入賞していたらどうだっただろう?
“たられば”は禁物だけれど、なんとなく勝手に想像は膨らみます。
何人ものアスリート達の姿を見てきたから感じるのは
彼女達より、もっと求め、もっと集中し、もっと望んでいたと思います。
勘違いしないで欲しいのだけれど、
今の状況の中では、精一杯、出来る限り、想像以上に選手達は尽力しました。
ただ、あの舞台が「想像」の中のものだったから
思いの強くなり方が違ったのだと思います。
今回で「想像」から「現実」に変わりました。
目標設定もイメージもしやすいはず。
年齢やコンディションで不安になったりしないで欲しい。
そのために、私達のようなスタッフがいるのだから。
11日を過ぎたら、またJISSへ彼女達に会うために出かけて行きます。
また、体育館で会えるのが楽しみです。
勝手な思いを綴ったけれど、私を熱くさせてくれた
新体操日本代表 フェアリージャパン ポーラ の皆に感謝しています。
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