バラク・オバマ新政権の誕生を待つ米国では、「ニュー・ニューディール」という言葉が盛んに聞かれるようになってきた。
大恐慌の際に民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領が主導したニューディール政策は、経済における政府の役割を大きく拡大させた。民主党支持者の中には、“大恐慌以来”と形容される今回の経済・金融危機が契機となって、平時には不可能な大胆な改革が可能になるかもしれないという期待が高まっている。
大胆な公共政策を打つ絶好のチャンスが到来
ニュー・ニューディールの最初の布石は、インフラ投資などによって、政府が経済再建に深く踏み込んでいくことである。実際に、大型の対策への支持は広がっている。
プリンストン大学のポール・クルーグマン教授は6000億ドル(約60兆円)の経済対策を提唱している。新政権の国家経済会議(NEC)委員長となるローレンス・サマーズ元財務長官も、「焦点を絞った時限的な対策を、タイムリーに実施するべきだ」とする従来の主張から、「大型の経済対策を速やかに実施し、これを一定期間続けていく必要がある」へとニュアンスを変えている。オバマ氏自身も、2年間にわたる経済政策の立案を進める方針を明らかにしており、対策の規模は選挙公約の1750億ドル(約17兆5000億円)を超えて膨らんでいくのが確実な情勢である。
ニュー・ニューディールの視野は、単なる経済対策にはとどまらない。ルーズベルト大統領は大恐慌からの脱却を目指した経済対策だけでなく、公的年金制度の創設などの制度改革へも進んでいった。同じようにオバマ新政権も大胆な制度改革へと駒を進め、政府の役割拡大を制度的に定着させていくべきだというわけである。
焦点となっているのは、医療保険改革だ。オバマ氏は、無保険者の削減と医療費の抑制に、積極的に取り組んでいくと公約してきた。米国では、経済・金融危機の発生は、財政事情の悪化などを通じて医療保険改革の実現を難しくするという見方が少なくない。実際に、改革の実現には、年間で1000億ドル(約10兆円)を超える財源が必要だと言われる。
しかし、むしろ危機を好機ととらえて制度改革に踏み込んでいくべきだという考え方もある。米国経済が抱える問題を大きくくくり出し、医療保険改革なども包括的な対策の一部として提示していくという方法である。新政権の首席補佐官に決まっているラーム・エマニュエル下院議員は、「危機はこれまでにできなかったことを可能にする機会を与えてくれる。無駄にしてはいけない」と述べている。
「個人」を信じるか、「政府」を信じるかという論争
だが、ニュー・ニューディールの考え方は、ジョージ・W・ブッシュ大統領が提唱してきた「オーナーシップ社会構想」とは対極にある。両者の違いの根底にあるのは、「個人」と「政府」のどちらを信頼すべきかという経済政策の長年の問いかけだ。
オーナーシップ社会構想とは、個人による資産形成を支援し、経済の様々な局面での意思決定を、政府ではなく個人が主導権をもって行う社会を築くという考え方である。
例えば公的年金では、年金基金の一部を個人が管理する口座に移し、個人による株式市場などでの運用を認める。また医療保険でも、優遇税制によって個人による医療費の積み立てを支援し、費用対効果の高い医療を個人が選ぶような仕組みを目指した。さらに税制改革では、配当課税やキャピタルゲイン税が引き下げられ、個人による投資を奨励した。
オーナーシップ社会構想は、個人が責任をもって意思決定を行う局面が増えれば、経済全体の成長力が高まるという考え方に基づいていた。「政府よりも個人」「分配よりも成長」を重視するという伝統的な「小さな政府」の流れを汲む。
年金や医療保険といった政府が主体となって運営してきた公的制度は、高齢化と医療費の高騰によって財政的に運営が厳しくなっている。オーナーシップ社会構想では個人の資産形成が進むため、こうした公的制度への需要が減っていく。その意味では、これらの制度の財政負担を軽減していくための手段でもあった。
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