千曲川のほとり、長野市松代町は、真田氏十万石の城下町だ。古い町並みが残る山すそに、静かなたたずまいとは相いれない空間があった。
太平洋戦争末期、旧陸軍が政府機関や皇居を移すために極秘裏に掘った巨大な地下壕(ごう)「松代大本営」である。全長十キロ以上に及ぶ。長野市が約五百メートルを一般公開しており、地元の人の案内で訪れた。
岩盤をくりぬいたトンネルが、縦横につながる。高さ二・七メートル、幅四メートルほどで、荒削りなままだ。突貫工事の困難な作業が進められたことを物語る。
戦況悪化の中、本土決戦に備えて造られた。なぜこの地だったのか。長野は本州の幅が最も広い内陸部にあり、敵の上陸などの恐れがある海から遠い。山の中で爆弾に耐えられる硬い岩盤だったことなどが理由という。
六十七年前のきょう、太平洋戦争は始まった。もし、三年八カ月に及んだ泥沼の戦いが長引き、松代大本営が実際に使われる事態になっていたら、地上戦でどこまで壊滅的な被害が広がったことか。
地下壕の一部は今、気象庁精密地震観測室として利用されている。硬い岩盤などが観測に適し、核実験監視の観測点にもなっている。包括的核実験禁止条約に基づく国際監視を担う。平和に向けた活動に利用されていることは、せめてもの救いだ。