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マスコミの戦争責任を考える(2)

【PJ 2006年08月16日】− (1)からのつづき。

政府の情報統制機関の系譜
 明治期から敗戦までの間、数々の言論統制に関する法律が施行されました。マスコミは、これらの法律を駆使して言論を統制してきた政府機関が唯一の悪であり、人々を戦争に駆り立てた、と主張をしてきました。そして、マスコミは軍部独裁の被害者という構図で自身を語ってきました。私の疑問は、マスコミが軍部・言論統制機関に迎合し、両者が一体となって市民を欺いていなかったのかということです。

 政府初の言論統制機関とされる情報委員会は1936(昭和11)年に設立されました。これが後々の悪名高き内閣情報局(1940年)に発展します。情報委員会の設立趣旨はというと、各省庁間の「連絡調整」と独自の情報宣伝活動、国策通信社の同盟通信社(現在の共同通信社と時事通信社の母体)の監督指導にありました。この頃、北一輝を思想的支柱としたナショナリズムの機運が国内で急速に広まりました。これは、天皇を国家の中心であることを強調し、議会政治・資本主義経済・国際協調外交の打破を求める、軍部との結びつきの強い性格のものでした。

 情報委員会はその後の日中戦争勃発以降、1937年に内閣情報部に改組され、その後の1940年に内閣情報局と政府中枢部にある言論統制機関に肥大化していきました。内閣情報局は内閣情報部に外務省情報部、陸軍情報部、海軍省海軍軍事普及部、内務省図書課をすべて統合したものです。企画調査、新聞・出版・放送の指導・取り締まり、対外宣伝、検閲、文化宣伝をそれぞれ行う5部17課で550人を擁する巨大な組織でした。

戦争を美化し、国民精神総動員運動を推進したマスコミ
 情報委員会が設立された翌年の1937年7月、蘆溝橋事件をきっかけに日本は日中戦争に突入しました。前後して、政府は「尊厳ナル我国体ニ対スル観念ヲ徹底」させることを旨とする国民精神総動員運動を仕掛けました。当時の近衛内閣は主要な新聞社・通信社の幹部や記者を集め、この運動への協力を求めました。同盟通信社の岩永祐吉社長がマスコミを代表してこれに応じることを表明しました。さらに、「中央公論」「改造」「日本評論」「文藝春秋」などの出版社や、映画会社も同様に協力を誓いました。

 そして、この運動を実践していく中心となる組織として国民精神総動員中央連盟が設立され、朝日新聞社の緒方竹虎氏、毎日新聞社の高石真五郎氏、同盟通信社の古野伊之助氏が理事に就任しました。戦争を犯してゆく政府にマスコミが積極的に協力を誓ったのです。

 しかし、マスコミが戦争を賛美するのはこのときが始めてではありませんでした。その兆候は明治後期の日露戦争時からありました。戦争に消極的だった政府を煽って戦火を拡大させたのは、マスコミと言われています。戦争後には「神風が吹いた」などと吹聴する傍ら、簡単な自己反省・批判を紙面に掲載しました。マスコミがある出来事や人物を煽ったり、持ち上げたりして、しまいに突き落とすやり方は今も昔も変わりません。

 言論統制機関が現れる以前のマスコミによる戦争賛美の一例を紹介しましょう。国民精神総動員運動が始まる約5年前の1932年2月、上海郊外で敵の鉄条網を突破しようと戦死した兵士を英雄として持ち上げる記事が、朝日新聞や毎日新聞に掲載されました。亡くなった兵士らを朝日は「肉弾三勇士」、毎日は「爆弾三勇士」とそれぞれ命名し、これがきっかけとなり、ラジオ番組や人形浄瑠璃、映画など、戦争を賛美する多くの作品が制作され、商業的な成功を収めました。政府からの要請以前に、マスコミが自発的に戦争を賛美する素地があったことが覗われます。

 ここでは、それ以上に重要な論点があります。それはマスコミが戦争をも、金儲けの道具にしていたことです。この点については後ほど詳しく述べますが、新聞社や雑誌社、映画会社などのマスコミが、軍部にすり寄り、戦争に乗じて莫大な利益を上げていたという点に関しては多くの人々が知っておくべきです。

「小ヒムラー」「日本思想界の独裁者」として戦後スケープゴートされた内閣情報局情報官・鈴木庫三少佐
 戦時中の言論統制を語るに、無くてはならぬ人がいます。この人にスポットライトを当てることで、マスコミと言論統制機関の一筋縄ではいかない関係がよく分かります。それは「小ヒムラー」「日本思想界の独裁者」と呼ばれた内閣情報局情報官・鈴木庫三少佐その人です。戦後1949年に出版された『言論弾圧史』(日本ジャーナリスト連盟編)の一節を紹介しましょう。

 「・・・情報官鈴木庫三少佐らは、(中央公論社の)国策非協力を痛烈に叱責、自由主義的偏向の清算に基づく編集方針の根本的な切り替えを強談した。・・・このとき鈴木少佐は満面に朱をそそぎ、サーベルの柄を掴んで、憤然立ち上がり、『なにをいうか、そういう考えをもっている人間が出版界にまだたくさんいるから、いつまで経っても国民は国策にそつぽを向いているのだ。・・・君らは社内の後輩に向かつても、いつも自由主義的方針を宣伝して居るではないか。隠しても駄目だ、君らの足下の社員からそういう投書が自分の許に来ているのだ。そういう中央公論社は、ただいまからでもぶっつぶしてみせる!』と絶叫しつづけた」。

 このほかにも『日本評論』編集部出身の美作太郎が記した『言論の敗北』(三一新書、1959年)など、鈴木少佐から恫喝されたとされる岩波書店、講談社、実業之日本社などの関係者による鈴木少佐像は言論の独裁者のごとく描かれています。また、1949年4月から毎日新聞に連載された石川達三の『風そよぐ葦』では鈴木少佐を佐々木少佐に置き換え、言論弾圧にあらがったマスコミの姿を描きました。ここでは「軍部=野蛮人・非論理的悪」に対峙する「マスコミ=インテリ・論理的正義」といった単純化されすぎた二項対立の構図がありました。

 しかし、現実は異なります。例えば、大正期以降「反軍的」とされた朝日新聞社でさえ、情報局との関係一つとっても、これほど単純なものではありませんでした。情報局内部で海軍と陸軍の対立があり、朝日はその対立構造を利用して、自らの利益の源泉となる新聞用紙獲得を目的に、陸・海軍それぞれに便宜を図っていました。つまり、陸・海軍の間に入り漁夫の利を得ていたのです。この様子については佐藤卓己著『言論統制』(中公新書、2004年)にある「『紙の戦争』と『趣味の戦争』」の章を参照してください。

 『言論の敗北』や『風そよぐ葦』など鈴木少佐を糾弾した著書の出版時期に注目してください。鈴木少佐の口が閉ざされた後です。言論ファッショの親玉という烙印を押された鈴木少佐は戦後、亡くなるまで熊本・阿蘇山のふもとで、反論の機会が与えられることなく、周縁に追い込まれました。佐藤卓己氏の研究によれば、鈴木少佐は貧しい家庭に生まれた苦労人であり、清貧・勤勉をモットーとしており、ブルジョア的奢侈な生活を送るマスコミや軍幹部を嫌悪していた姿が浮かんできます。たたき上げの鈴木少佐や陸軍兵の出身のほとんどが農民・労働者階級であり、一方の軍将校やマスコミの多くは大卒・ブルジョア階級出身だったことを押さえておかねばなりません。
 
 戦後、言論弾圧を強行する軍部対それに抵抗するマスコミという、極度に単純化された虚構に従って、日本思想界の独裁者、鈴木少佐像がマスコミによって作り上げられたのでした。これこそ、言論ファッショ以外の何ものでもありません。マスコミが描いた軍部・内閣情報局による言論弾圧の記述には懐疑的・批判的にならざるを得ません。【つづく】

■関連情報
引用・参考文献
・有山輝雄著『「民衆」の時代から「大衆」の時代へ−明治末期から大正期のメディア』(有山輝雄・竹山昭子編『メディア史を学ぶ人のために』第4章)、世界思想社、2004年
・飯田泰三著『批判精神の航跡−近代日本精神史の一稜線』筑摩書房、1997年
・有山輝雄著『総動員体制とメディア』(有山輝雄・竹山昭子編『メディア史を学ぶ人のために』第9章)、世界思想社、2004年
・内川芳美著『マス・メディア法政策史研究』有斐閣、1989年
・佐藤卓己著『現代メディア史』岩波書店、1998年
・佐藤卓己著『言論統制−情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』中公新書、2004年
・川上和久著『情報操作のトリック−その歴史と方法』講談社現代新書、1994年
・佐藤卓己著『メディア社会−現代を読み解く視点』岩波新書、2006年
・田村紀雄・林利隆編『新版ジャーナリズムを学ぶ人のために』世界思想社、1999年
・小田光康著『「スポーツジャーナリスト」という仕事』出版文化社、2005年
・美作太郎・藤田親昌・渡辺潔著『言論の敗北−横浜事件の真実』三一新書、1959年
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 小田 光康【 東京都 】
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