2008年05月01日

ぼかりす=音楽著作権システムの「終わりの始まり」?

CloseBox and OpenPodさんで、「ぼかりす」(VocaListener)とその関連技術の話題がとりあげられている。

http://blogs.itmedia.co.jp/closebox/2008/04/post-75fd.html
謎のテクノロジー「ぼかりす」の衝撃

http://blogs.itmedia.co.jp/closebox/2008/04/1-198d.html
すごいのは「ぼかりす」だけじゃない(その1):サビ抽出プレーヤー

http://blogs.itmedia.co.jp/closebox/2008/05/2-8abb.html
すごいのは「ぼかりす」だけじゃない(その2):すべての曲を初音ミクが歌えたりして

さらに、「MIKU_TALK」で有名な「人生は是勉学の事」さんでも、取り上げられている。

http://akira-izumi.cocolog-nifty.com/patent/2008/05/post_e9ef.html
ぼかりす


これらの情報を総合すると、産総研の後藤真孝氏はヤマハとの共同研究で、いかのような技術を開発・実用化しつつあるということが想像できる。

VocalFinder:普通の音楽CDなどの楽曲から、ボーカル成分を抽出する技術。
VocaListener:楽曲のボーカル成分から、VOCALOIDの歌唱情報(VSQファイル)を自動生成する技術。


ちなみに、自分も持っている(でも使いこなせてないが)市販ソフト「Band-in-a-box」では、既に以下のようなことが可能だ。

・普通の音楽CDなどの楽曲から、コード進行を推測・データ化する。
・コード進行にあわせて、伴奏を自動生成する。


後藤氏自身も、これに似たような技術で、楽曲からパートごとの「演奏内容」を抽出するような、さらに進んだ技術(自動耳コピ?)を研究中の模様だ。

そうすると、これらを全部組み合わせると、こんなことができてしまう。

vocalis.gif

つまり、既存の楽曲さえあれば、半自動的に、MIDIによるオリジナル伴奏と初音ミクによるオリジナルの歌唱(しかも非常にリアルな歌い方で)が組み合わされた「その曲」が作れてしまう。

ポイントは、こうやってできた「その曲」は、オリジナル作成の伴奏に合わせて、初音ミクという「楽器」がメロディを奏でている楽曲に生まれ変わっているので、元の楽曲の演奏家・歌手・レコード会社といった「実演家著作隣接権者」のもつ著作隣接権からはフリーの曲になっているということ。

つまり、作曲者と作詞者の承諾さえとれば合法的に公開できる楽曲になっているわけだから、音楽CDや配信曲など、プロの完成楽曲さえあれば(音楽知識・技術が不十分でも)ニコニコ動画やYoutubeに合法的に公開できる、リアルな歌唱の楽曲がいくらでも作れてしまう(JASRAC管理曲であれば)わけだ。
歌っているのがミクだ、ということを言わなければこれは商用利用でも同じことになって、JASRACにだけ規定の詞と曲の使用料を払えばいいことになる。

まあ、実際には現時点ではBIABは「自動」と言い切れるほどの水準ではないし、恐らくぼかりすもVocalFinderもかなりの「調整」を必要とするものだろうとは思うけど、そういったところで必要な「才能」は音楽の才能とは別のもので、作曲はムリでもそういった技術なら勉強すれば身につきそう、という人は多いだろう。

これは、音楽著作権ビジネスにものすごいインパクトを与える可能性がある。

これはつまり、レコード会社がリリースしている曲から、レコード会社を「中抜き」して(レコード会社にお金が落ちないで)その楽曲を再生産できる、ということに他ならない。レコード会社にお金が落ちないということは、そこにつながっている実演家や歌手にもお金が落ちないということを意味している。
そんな再生産を、別途伴奏を作ったり歌を歌いなおしてくれる「音楽のうまい人」を用意する必要もなく、「その辺の素人」ができてしまうようになるわけだ。

もちろんこれは、今でもニコニコなんかでの「歌ってみた」「演奏してみた」「MIDIを伴奏にしてミクに歌わせてみた」といった動画で既に起こっていることではある。
でも、「ぼかりす」が吐き出す(と思われる)VSQファイルのリアリティはもう「たかが合成音声」という域を超えていて、今後VOCALOID2エンジンが改良されてくればそのクオリティはさらに向上してくると思われるし、BIABもしくは類似ソフトの、「楽曲からコード進行を抽出してオリジナルアレンジの伴奏を作る」という機能も、これからどんどん能力アップしてくるだろう。

そのとき、音楽著作権ビジネスにはどんなことが起こるのだろうか。

最悪のシナリオは、これらの新技術を開発・公開することそのものに圧力がかかり、技術革新自体が途絶えてしまうこと。日本は資源のない国なんだから、情報立国だとか本気で考えてるんだとしたら、そういう馬鹿な展開になることは避けてほしいものだ。

次のありうるシナリオとしては、補償金制度の導入だろうか。
つまり、BIABの「コード抽出機能」、ぼかりすといった「既存楽曲から音楽データを抽出することを主たる機能とするソフトウェア」から、補償金を取ってそれを実演家著作隣接権者に配分するというやり方だ。場合によっては「初音ミク」のような歌唱ソフトにも対象が広がる可能性もあるけど。
これは、まああるかもしれない話だけど、技術は停滞すると思う。
こういうソフトをアマチュアで作っている人もいっぱいいるわけで、そういったアマチュアの情熱が技術革新の根底を支えているという事実は間違いなくある。それらが全部、補償金を払わないからといって訴訟リスクにさらされるとなると、これはそんな「情熱」を萎縮させるほうに働いてしまうのは間違いない。

やっぱりこれも、進んでいくべき方向は、「共存共栄」なんだろう。
伴奏をオリジナルに変えられて、歌手をミクに変えられた後の曲で満足してしまう人の領域からは、元曲の実演家著作隣接権者が権利を主張することは諦める。逆に、そうやって再生産された曲は「プロモーション」と割り切り、それを聴いて「オリジナルを手に入れたい」と感じる人を相手に商売をする。そういう仕組みをうまく構築して、オリジナル曲そのものの違法コピーを減らしていく働きかけをやっていったほうが、最終的にはWin−Winの関係になれる気がする。

・・・なんか話が難しくなってしまった・・・。
自分は著作権に詳しいわけではないので、間違ってることを書いてるかも。もしそうだとしたら、指摘いただければ嬉しいです。


最後に、CloseBox and OpenPodさんでも紹介されていた、後藤氏のインタビュー記事を。

http://staff.aist.go.jp/m.goto/IMG/DenkeiShinbun20071119.jpg


追記:さらに別の展開もでてきているようだ。

http://akita-neru.at.webry.info/200805/article_2.html
防火ロイド「亞北ネル」:「ぼかりす」以上の衝撃!?またまた神調教が!!

個人的には「職人の神調教」よりも「コンピュータの神調教」のほうが興味はある。
いずれにしても、この展開から、例の動画「PROLOGUE」が、初音ミクを何らかの形で調整したものである可能性は非常に高まったといえる。

※ITMediaでも紹介されていた


posted by だんちゃん at 20:36| Comment(8) | TrackBack(2) | CGM・マッシュアップ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
抽出した歌唱パラメータの権利が元の歌手に帰属するという方向で落ち着くんじゃないかと思います。
音そのものではありませんが、そのパラメータは歌手が作ったものですし。

現状、歌唱パラメータというものが制度上定義されていないので混乱はするでしょうけど。
Posted by 本スレから at 2008年05月02日 17:59
「本スレから」さん、コメントありがとうございます。

一般に、実演家著作隣接権では、まさに自分の演奏そのものについてのみ保護されていて、例えば「ものまね」する人に対して権利を主張することはできないと言われていますね。

「ぼかりす」は、元曲の歌い方を「推測」するソフトらしいので、これは(例えではなく)かなり正確な意味で「デジタルものまね」だと言えます。
だとすると、その「ものまねデータ」には著作隣接権は及ばないことになるのではないかな、と思います。

また、「ぼかりす」が、単なるものまねソフトではなく、ある種の「学習・進化・適応」までを含むものだとすると、もうこれは、「別の歌唱人格」に近づいていくと思われ、現在の著作隣接権では到底保護できないものになっていくように思われますね。
Posted by だんちゃん at 2008年05月03日 00:19
「ものまね」と言っても芸人の物まねと違いますからね。
そっくりさんが歌ったパラメータと本物が歌ったパラメータはまた違ったものになるでしょう。
声の揺れ方などその人特有のクセも含めてトレースするわけですから、歌い方のコピーと言える。

今はデジタルデータに変換された演奏も保護されていますけど、当初はどうだったんでしょうね?
歌唱パラメータのトレースもそんなものだと思いますよ。
歌い方をパラメータに変換するなんてこれまで無かっただけですから。
扱いはこれから決めることになるだろうけど、誰が作ったものかを考えれば帰属者も自明じゃないですか?

歌唱が綺麗な人はボイトレをしているそうですし、そういった成果が全く保護されない世界が健全な創作活動を支えていけるとは思えないのです。
Posted by 本スレから at 2008年05月03日 23:06
私は、「ぼかりす」は「芸人のものまね」とか「コピーバンドの演奏」と本質的に同じだ、と思っています。

「オリジナル歌手の歌唱」と「そっくりさんが歌う歌唱」が違うのと同じように、「初音ミクが(ぼかりすの助けを借りて)そっくりに歌う歌唱」も、オリジナル歌手の歌唱とはある意味では「似ても似つかない歌」です(そもそも、声が全然違う)。

また、トレースといっても、人が声を出す出し方と、VOCALOIDのパラメータは対応していないので、コンピュータは「解析」してパラメータを「推測」しているに過ぎません。ですからそれはやはり「ものまね」と同じ次元の話なんじゃないかなあ、と思うわけです。

実際に技術が公表されてみないと厳格な議論はできませんが、ぼかりすが声のパラメータを「推測」して吐き出すという動作は、CD音源をデジタルコピーすることよりも、CD音源を耳コピしてよく似たMIDIファイルを作ることのほうにむしろ似ていると思っています。特に、この「耳コピ」をコンピュータがやるケースを考えると、「ぼかりす」はその「自動耳コピ」の一部の機能でしかないことになります。

記事でも触れていますが、ぼかりすが自由に使える世界というのは、著作隣接権が保護されない世界だというわけではないと思います。
そもそも、ぼかりすによる「ものまね」が、本当に歌のうまい歌手を駆逐する水準になるとはとても思われません。
ただ、中途半端な歌手やアマチュアの歌い手さんには脅威になるかもしれません。

でもそれは、まさにこういうブログなどの登場によって、情報発信やソフトウェア開発の分野では既に起こっていることだと認識しています。
Posted by だんちゃん at 2008年05月04日 00:28
今まで星の数だけいたプロへの志願者がCD業界の営業不振や若者のTV離れなどにより減る可能性が出ました。
またDTMと初音ミクがあってニコニコ動画にアップできる今、はたして本当にリスクがあるプロに転進する事が良いのか検討がつかなくなってきました。
ぼかりす、BIABだけでなく、フリーでないが自由に使える曲と詩が十分そろっていると
音楽という物がかなり革命的に変化すると思います。それこそ意にそぐわない著作権団体に移管するのを拒むケースが増えてだろうとおもいます。
音楽そのものは発展するのに音楽業界は縮小する最悪のパターンです。
それを業界として避けてほしいのですが、著作権保護を目的とした個人の締め付けがきつくなるようではそれも無理だと思いました。
締め付けがきついと消費者どうしで音楽を楽しむシステムが構築されやすいのにまだ気づいていないのでしょうか。そうなったら業界は儲ける市場を減らすことになるでしょう。
Posted by 12m at 2008年05月06日 00:55
>私は、「ぼかりす」は「芸人のものまね」とか「コピーバンドの演奏」と本質的に同じだ、と思っています。

それなら自力でコピーすればいい、という話になるのでは。
声自体はVOCALOIDのものを利用できるわけですから、ぼかりすを通して自分で歌ったパラメータを入力すれば良いはずです。
他人の歌唱データを借りる必要がどこにありますか。
満足な品質を得られないから他人の歌唱データを借りようとするのでしょう?

そもそも上手な歌い手がいなければ成立しない品質であるにもかかわらず、トレースしたパラメータを保護する価値がないと仰るのでしょうか。
その作品の完成させるために歌い手は必要無いものなのですか。
Posted by 本スレから at 2008年05月06日 03:57
自分で歌ったものから抽出したほうが楽しいと思う
微調整をエディタでやればいい
それっぽくできると思うよ

いったん抽出してしまえば男声→女声変換もできるはず

好きなように歌いたいけど、女性ボーカルの音は出せないからなぁ
まちどおしいぜ!
Posted by ソースは自前で at 2008年05月06日 13:10
議論が自律してきていると思いますので、その流れに乗る形で短くレスします。

12mさん、
いま音楽業界は非常に難しい岐路に立たされているんだろうと思います。これまでと同じサイズ、同じ権益を維持することは多分できないでしょう。既得権者がそれにこだわることで、結果として業界が崩壊するというシナリオは確かに最悪だと思います。

本スレからさん、
人間がやることとコンピュータがやることとの間に、厳格な線を引くことは難しいのではないでしょうか。
ここで書いているのは法律論の議論なので、その議論のなかですくいきれない「価値」があるのかどうか、あるとすればそれをどう保護するのかということは、また別の議論になると思います。

ソースは自前でさん、
私も自分で歌ってミクに「ぼかりす」させてみたいと思います。楽しみですね!
Posted by だんちゃん at 2008年05月07日 00:09
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すごいのは「ぼかりす」だけじゃない(その2):すべての曲を初音ミクが歌えたりして
Excerpt:  前回の「サビ抽出プレーヤー」に次いで、「ぼかりす」作者と目されている産業技術総
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Tracked: 2008-05-01 21:59

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