「絶対に自民党が負けると言われたのに勝った」と麻生太郎首相が例にあげた総選挙があったのは1967年1月のこと。閣僚や自民党国会議員の相次ぐ不祥事を受け佐藤栄作首相が前年の年の瀬に断行した「黒い霧解散」に伴う選挙だ▲自民党は解散時より1議席、前回比では6議席減らした。しかも、公選法改正で衆院定数が19も増えたのにである。得票率も結党以来初めて5割を切り、オール野党との票差は縮まった。同党はそれ以来一度も得票率を5割の大台に乗せることができないままだ▲のちの保革伯仲時代の前触れとなった選挙なのに、なぜ自民党が「勝った」のか。保守系無所属を加えれば当選者が解散時を上回ったことがある。「黒い霧」という不利な条件下にもかかわらず1減で踏みとどまったという心理的効果もあったろう▲だが、もっと大きな理由は、野党第1党だった社会党が振るわなかったことだ。同党は改憲阻止のための衆院3分の1勢力の獲得を目標に掲げたが、解散時の議席を一つ減らしてしまった。1減は自民党と同じだが、期待が大きかった分、敗北感も大きかった▲佐藤首相はこれをきっかけに長期政権への基盤を固めていく。首相の首席秘書官を務めた楠田実氏は「自民党の底力をみせた選挙」と振り返っている(佐藤政権・二七九七日)。翻って、いまの自民党はどうだろう▲幹事長経験者が「反共と経済成長という結党時の歴史的使命を終えた」と宣告すれば、現職の幹事長代理は「がけっぷち」と言ってはばからない。「底力」が持論の麻生総裁がこれを聞いて黙っているのが腑(ふ)に落ちない。ここはぜひ反論を聞きたいところだ。
毎日新聞 2008年12月7日 東京朝刊
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