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まるで坂をころがるように、働く現場が危うくなってきた。
「あなたにはもう仕事がない」
職場でこう告げられる人たちが、日を追うごとに増えている。
製造業では数百人から千人規模の人減らしが相次ぐ。来春までに、派遣社員や期間工といった非正社員3万人以上が失業する。ただごとではない。
世界経済が混迷する中、リストラの嵐は90年代の不況期より足早だ。
不安定な立場で働く非正社員が、いまや働く人の3分の1にまで膨らんでいることが背景にある。その人たちが安易な「派遣切り」「雇い止め」に見舞われている。
会社の寮に住む非正社員らは、仕事を打ち切られると同時に寮からも出るよう求められる。でも、新たな働き口のあてはない。
「これでは年を越せない」「ホームレスにしないで」と、訴えは切実である。職を失った人たちの明日からの暮らしが何より心配だ。
それだけでなく正社員からも「退職を迫られた」という声が出始めた。手をこまぬいてはいられない。
働き手の暮らしが揺らげば、消費は伸びず、景気は悪化する。そしてまた倒産や失業が増えていくという悪循環に陥る。社会全体の不安も募る。
企業はいかに生き残りに必死であろうと、雇用を守るぎりぎりの努力をしてほしい。やむなく人を減らす場合でも、再就職を手助けし、次の仕事が見つかるまで社員寮に住むことを認めるぐらいの配慮をぜひしてもらいたい。
深刻化する事態に、与野党は対策を打ち出し始めた。真剣に議論してほしい。ただ肝心なのはスピードだ。
まさにいま職を失い、途方に暮れている人がいる。まず緊急にすべきことを洗い出し、年内にもできる限りの手を打つべきだ。2次補正予算案の国会提出さえ先送りするようでは、なにをか言わんやだ。
雇用対策という狭い分野だけでは、緊急事態に対応できない。
たとえば、家を失った人が住める部屋を用意する。当面の生活費を貸す。そんな生活支援は待ったなしだ。生活保護など福祉との連携も欠かせない。ホームレスの自立を支える自治体の制度も積極的に活用したい。中小企業対策も必要になるだろう。
特効薬がないからこそ、いろいろな角度からの知恵を絞りたい。
緊急の取り組みとともに、働き方そのものにも目を向けねばならない。
非正社員が増えるきっかけになった労働者派遣法は、国会に出された改正案で十分なのか。非正社員の権利や暮らしを守るしくみは弱すぎないか。
不況の坂がどれだけ続き、失業者がどれだけ増えるのか、まだ誰にもわからないのだ。
地球温暖化を防ぐため、京都議定書に続く2013年以降の枠組みをどんな内容にするか――。192カ国が参加する国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)の締約国会議(COP14)がポーランドで開かれている。
世界的な経済危機のせいで、「温暖化防止どころではない」という空気が漂うなかでの会議である。UNFCCCのデブア事務局長は開幕にあたり、「温暖化防止をいかに経済の回復につなげるかに目を向けよう」と各国の代表団に発想の転換を求めた。
ここで不況を理由に温室効果ガス削減の歩みを鈍らせてしまうと、地球規模の災厄が避けられなくなる。そんな危機感を世界が共有し、低炭素ビジネスを活発にさせれば景気回復にも効果があるという発想で、来年末の合意へ向け議論を加速させたい。
合意への道は平らではない。どんな長期的な削減目標を世界で共有するか。中国やインドなど新興国の協力をどう取りつけるか。各国の利害が複雑に絡み合う難問ばかりだ。
残された時間は1年しかない。今回の会議で各国の主張をもとに論点を整理し、合意への道筋をつけておかないと間に合わなくなる。
ところが、会議の序盤から、先進国と新興国・発展途上国の鋭い対立が早くもあらわになっている。
たとえば、世界が共有するべき長期的な削減目標について、日本は「50年までに世界全体の排出量を半減する」とした北海道洞爺湖サミットの合意を柱にすえるよう提案した。米国や欧州連合(EU)も、これに同調する姿勢を見せている。
だが、痛みを共有するよう求められた途上国側は、「先進国が20年までの中期削減目標を示すのが先だ」と強く反発している。ここはまず、先進国側が率先して削減する覚悟を示すことが、説得の糸口となろう。
会議終盤には閣僚級会合がある。途上国への資金援助や省エネ技術の移転など、さまざまな課題を通じて互いに歩み寄る努力をするべきだ。
追い風も吹いている。世界最大の温室効果ガス排出国である米国で来月、温暖化防止に熱心なオバマ新政権がいよいよ誕生することである。
米国の代表団は、京都議定書に背を向け続けたブッシュ政権が送り込んでいるものの、オバマ氏は現地へ入る米議会関係者を通じて情報収集する方針だ。「死に体のブッシュ政権では話にならない」と議論を手控えるのではなく、「オバマの米国」をにらんで建設的に議論してほしい。
温暖化防止に熱心な欧州と、新政権発足を控えた米国がどう連携して、途上国との距離を縮めるか。洞爺湖サミットの延長線ともいえる交渉であり、日本の環境外交も改めて試される。