「裁判員制度」の何が問題なのか?2008/06/20

桜プロジェクト
チャンネル桜の人気番組「桜プロジェクト」をテキストにおこしました。(SO-TV視聴は月額3,150円です。)
チャンネル桜(http://www.ch-sakura.jp/
SO-TV(http://www.so-tv.jp/

桜プロジェクト(2008年6月18日号)より
「裁判員制度」の何が問題なのか?元判事・弁護士井上薫氏に聞く
(2008年6月13日収録[00:38:25-1:08:55])

高森・・・高森明勅氏(日本文化総合研究所代表)
芳賀・・・芳賀優子氏(アナウンサー)
井上・・・井上薫氏(元判事・弁護士)

--- 以下番組を書き出し引用 ---
※文中のサブタイトルは私が適当に付けたものです。

■挨拶

芳賀:それではゲストコーナーです。今日は元判事・弁護士の井上薫先生に起こし頂きまして裁判員制度の問題点などについてじっくりとお話を伺いたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。
井上:井上です。宜しくお願いします。
芳賀:まず、御著書を紹介させて頂きます。新潮新書から出ております「つぶせ!裁判員制度」というタイトルで裁判員制度の問題点を書かれています。
高森:ズバリと書かれております。
芳賀:WILLの7月号でも「光市母子殺人事件」に触れまして、裁判員制度が始まる前にどうすべきか述べられています。皆さん是非お読み下さい。
高森:お忙しいところ今日はどうもありがとうございます。井上先生は前にもゲストコーナーにお越し頂いた事があります。裁判官のご経験を活かして司法の現状の問題点について鋭く切り込む御著書を次々と発表され、また様々な場所でもご発言されております。今日は裁判員制度に絞ってお話を伺いたいと思います。宜しくお願い致します。
井上・芳賀:宜しくお願いします。

■裁判員制度の目的と経緯

高森:幾つか論点があると思いますが、裁判員制度の概要は既に番組冒頭でご紹介した通りですので、これを推進して来た側の論理と言いますか、その代表的な物と致しまして最高裁等で出しているパンフレットの中に、こういった説明がなされておりまして

『Q1.裁判員制度はなぜ導入されるのですか?
A.国民のみなさんが裁判に参加することによって、国民のみなさんの視点、感覚が、裁判の内容に反映されることになります。(略)』


高森:これは結構なことですよね?
井上:その目的は私も結構だと思います。
高森:それを裁判員制度でやろうと言うことが、必ずしも結びつくのかどうかと言う辺りを今日はお話を伺う論点の一つなのでしょうね。
井上:あまり国民の感覚から離れた裁判は良くないです。法律に基づく裁判を義務づけられていますが、あまりに離れてはいけない。その為に、なるべく国民の感覚を取り入れた裁判にしようという考えは良いと思うのです。しかし、それを実行する手段が問題なのです。そのために法律を全く知らない素人さんを裁判所の構成メンバーに入れようという方法が間違いだと申し上げたいのです。
高森:要するに国民の感覚を入れることをは大切だけど、判決を下す側に素人を座らせる方法は不味いというお話ですね。私も国民の一人として、こういう制度が何時の間にか出来てしまったと感じます。1年を切ってしまったタイミングでメディアも徐々に取り上げて来ていますが、一体どういう経緯で誰が求めてこういう制度が出来ちゃったのかと思うのが正直な感覚だと思うのですが、経緯について如何でしょうか。
井上:元々は弁護士会の一部で陪審員制を導入すべきだという意見が古くからありました。
高森:アメリカの陪審員制度のような物ですね。
井上:そうです。具体的には実現は当分無理だろうと思われていたのですが、小渕内閣の時に司法改革を目指した審議会が作られました。その審議の中でこういう形での「国民の司法参加」というテーマが取り上げられまして、何時の間にか具体化しちゃったということです。
裁判員法が出来た当時、私は現職の裁判官でしたけど情報は殆ど無くて、出来た当時も「本当か?」と、裁判官仲間で会うと宴会ではいつも「本当にやるのか?」「素人に出来るのか?」という話が出て、「出来るわけが無い」のニュアンスで皆さん話し合っていました。
高森:では、現職のプロの裁判官にも純分な情報は伝わっていなかったのですね。審議会で準備を進めて政府も踏み切っちゃったみたいな流れでしょうか。
井上:ですので国民全体から見ると、極一部の意見を聞いただけで殆どの国民は制度自体も知らないし、「裁判員制度って聞いた事はあるけど何をやるの?」「どうして作ったの?」とか「法律の素人が裁判をやって良いの?」と、今でも大半の国民はそう思っていると思います。
高森:そうですね。国民を巻き込んだ制度でありながら、国民から「自分たちを判決を下す側に回させてくれ!それが我々の要求なのだ」という声が全く聞こえてませんよね。
井上:今までの司法改革は放送三者、つまり「裁判官」「検事」「弁護士」だけの改革で用は足りていたので、国民皆が賛成しなくても実行できたのです。しかし今回の裁判員制度は国民全員を動員するというのがポイントですから、国民全体の心からの賛成がなければ上手くいかないのです。
高森:にも関わらず、国民の知らないところで制度が決まってしまい、情報も未だに周知徹底されているとは言えないですね。ジワジワと情報が広がってくれば来るほど、国民の側では逆に「嫌だよ」という拒絶反応が広がっているのが現実ではないでしょうか。
井上:元々国民の側から是非作ってもらいたいと要望があって出来た制度ではありません。それでマスコミを使って、あるいは広告宣伝費を使って公費で宣伝したのは良いですが、知名度その他国民が裁判員制度を知れば知るほど逆にやる気が無くなっちゃう。7、8割の国民は、あまりやる気がないという状態であります。根本的に、これが国民主権の国で本当に行われようとしていることなのかと疑問です。

■裁判員へのペナルティ

高森:様々な強制・拘束・守秘義務があり、情報を漏らした場合は重いペナルティが課せられると言うことで正に国民不在の形です。国民の視点や感覚という謳い文句とは裏腹な自体が進んでいるのではないかと思います。裁判員制度導入のプロセスそのものが、国民の感覚とか視点から程遠い印象を持ってしまいます。
井上:今ちょっと仰ったペナルティについてですが、裁判員が秘密を漏らした場合は懲役刑もあります。しかもその秘密を漏らしてはいけないという義務は死ぬまで続きます。ついうっかり家族その他に喋ったら懲役が待っていますと言うわけで、やはり普通の人にとって刑務所に入るなどは重大なことで、それだけで国民の拒否反応が出てしまいます。
高森:有無を言わさず裁判員に召したてておいて、情報を漏らしたら懲役だと言うのは考えて見たら随分な法律ですね。
芳賀:乱暴ですよね。
井上:情報を漏らすと言いますが、つい世間話や茶飲み話で話してしまうのは人間の性じゃないかと思うのです。
高森:別に意図的にリークすると言うわけではなくて、色々な話題の中でポロッと出てくると。
井上:今まで裁判官になる人は志願でなっていますので、その辺は弁えて覚悟の上でなっているわけですが、やはり誰でもかれでもこれから為らざるを得ないと言う場合、そのような義務を負わせるのは無理だと思います。
高森:本人が希望して裁判員になるわけじゃなくて、君がなるんだよと候補が決まり、結局なってしまう。そして義務を負わされペナルティが待っているということですからね。

■裁判員に法律の知識は必要か

芳賀:裁判員に選ばれる可能性のある側として心配なのは、「本当に法律の知識が無くても判決を下して良いの?」「下せるの?」という不安があると思うんですよね。
井上:アンケートを取るとそう言う心配が非常に多いのです。結論を申しますと、裁判は法律を知らなくても出来るんですよ。皆さんちょっと誤解があるのですが裁判はできるのです。裁判とは何かと言いますと、例えば死刑にするとか、無罪にするとか、そういう結論のことを「裁判した」と言うのです。だから結論を決めるだけなら山勘でもサイの目を転がしても結論はでるわけです。ですから裁判しろと言われれば、それは誰でも出来るのです。でも、その結論は法律に基づいたものにしなさいと言われても、それは法律を知らない人には出来ないわけです。
高森:その辺について先ほどのパンフレットには、こういう説明がなされているのですね。

『Q6.裁判員は法律のことを知らなくても大丈夫ですか?
A.(略)みなさんが、日常生活におけるいろいろな情報に基づいて、ある事実があったかなかったかを判断していることと基本的に同じであり、特に法律知識は必要ありません。(略)』


高森:だから大丈夫ですよという説明なのですけども。
井上:これは間違いと言いますか、パンフレットを作られた最高裁・法務省・日弁連の方々には、ちょっと失礼ですがハッキリ申しまして「嘘」ですね。
高森・芳賀:(笑)
井上:事実認定と言いましても裁判で行う事実認定は日常生活とは違うのです。例えば先日の秋葉原で無差別殺人事件がありましたが、皆さんがその事件を何で知ったかと言えば、テレビや新聞の報道だと思います。現場に居合わせて見た人以外は皆そうですよね。その新聞を見て「こんな酷い事件があったのか」と皆思いますよね。事実認定しているわけです。
 ところが裁判所に行って裁判員になった場合は、そのような事実認定の仕方がは御法度なのです。つまり、刑事訴訟法317条に「事実の認定は証拠による」と条文があり、証拠というのは裁判所で取り調べ済みのものだけなのです。だから例えば新聞情報から有罪か無罪かを決めてはいけないのです。

■事実認定と報道規制

高森:なるほど。新聞やテレビで見た情報は証拠ではないと言うことですね。
井上:そうです。それで事実認定してはいけないという特殊な制約がある仕事なのです。
高森:しかし一般の人達は、どうしてもテレビを見ますし新聞も見ます。それで影響を受けるなと言われても特別なトレーニングを受けているわけではないので、ある種の報道が成されれば「こいつが悪いな」とか思いますし、ましてや裁判員になっていれば益々熱心に週刊誌から何から読んだりということが起こるのではないかと思うのですが。
井上:その通りで、自分が裁判員に選ばれたと知れば、その事件の情報を自ら集めると思います。それで大体やったかどうか心に決めて法廷に行くと思います。でもそれは駄目なやり方なのです。結局の所、裁判員にマスコミの影響を受けるなと要求しても無理なので、マスコミの方を縛ろうと最高裁がしているのです。
芳賀:と言うことは、報道規制が掛かるということですか。
井上:そういうことなのです。最高裁は報道機関に対して今まで通り自由に報道すれば裁判員が洗脳されるので駄目だと。例えば自白をしたこと、自白の内容、容疑者の弁解が不自然であること、生い立ち、前科、人間関係、こういうことは一切報道しては駄目だと言っているのです。
高森:今回の秋葉原の事件でも、そういうのが全部出ていますよね。
井上:今新聞を見れば全部出ています。それは今だから良いけど最高裁の要求する通りに新聞を書いたら何も書け無くなるので、国民は何も知らないことになってしまうのです。
高森:本末転倒ですね。要するに裁判員に余談を与えてはいけないからマスコミ全部に網を張って情報を出させない様にすると言うことで、実際に裁判員が判断を下すのは重大な事件ですから、重大な事件はマスコミに報道規制をかけようとしているわけですね。
井上:だから事件の第一報から異常な網が掛かってしまって、国民は殆ど知らない状態におかれるわけです。本当に本末転倒なのです。マスコミに影響されて判決しちゃうような基礎知識の無い人を重要な裁判というポストにつけること自体間違っているのです。
高森・芳賀:そうですよね。
井上:常識的に考えて私の言う通りだと思います。
高森:裁判員制度でトレーニングの無い素人を判決の主体にするために、情報に惑わされない様にマスコミを抑えるとは恐るべきことが今起ころうとしているのですね。
芳賀:もしこのまま進んだら1年後には殺人事件とか、強盗致死とかそういうニュースは一切流れなくなる可能性があると…。
高森:来年の5月には、今のままですと実施されると言うことですから、これに向けてマスコミの報道規制が進みつつあるということですね。
芳賀:これはでも問題点として声を挙げないと…
高森:大変なことじゃないでしょうか。
井上:今、最高裁の要請を受けて新聞協会などは自主規制の指針を作っています。ですからこのままの路線を突き進めば国民の知る権利は無いですね。
高森:もう自主規制について新聞協会とか抗議していないのでしょうか。
井上:抗議すると言うよりは、むしろ素直に従っている状態です。適正な裁判のためと大義名分を言われると反論する言葉も無いのかも知れませんが、もう少し勉強されると、マスコミに影響されて適正な裁判ができない様な人を裁判を言う重要なポストにつけるという裁判員制度自体に根本的な問題があるということが分かると思います。
高森:そうすると、新聞協会の側がまだ不勉強ですね。
井上:失礼ながらそういう面があると思いますよ。
高森:それで新聞協会でガイドラインを出せば他のメディア、テレビなどもそれに準じたものを、当然新聞よりもテレビの方が影響力が強いですから、そちらもガチガチに規制が掛かるのでしょうね。
井上:そうですね。同じだと思います。

■裁判員の憂鬱

芳賀:あと、裁判員になったらちょっと嫌だなと思うのが、拘束日数の事もあるのでしょうけども、判決を下すまでに証拠を見て判断して判決を下さなければならないってことで、例えば殺人事件であれば、見たくない物まで見なきゃいけないということも出てくるわけですよね。
井上:例えば死体の写真とかそういうことですよね。それは見なくては仕方ないのです。やはり殺人事件と一口に言っても、どういう殺され方をしたかで刑の重さも大分違いますからね。だからもう…バラバラに殺人しちゃったとか、パターンが色々とあるわけです。

ですから死体の写真を見なければ判決は書けないのですが、見ると(生理的に)気持ち悪い訳ですよ。ごく普通の天寿を全うされた様な死体であっても死体は死体ですから生理的に厳しいです。ましてや顔が潰れていたり、死体解剖の途中であるとか、医者の方は慣れているかも知れませんが、普通の方はビックリして気分が悪くなったりで見たくないと思うのは当然です。
芳賀:でもそれを理由に裁判員を拒否できないのですよね。
井上:それは駄目ですね。認められません。女性などは本当に審理中に気持ち悪くなってしまうかも知れません。
芳賀:本当に問題点を探れば探るほど沢山出てくるのが、この裁判員制度のような気がします。

■陪審員制度との比較

高森:そういった中で、さっきも先生のお話に出て来ましたけどアメリカの陪審員制度ってありますね。これが正常に機能しているということで、日本でも今回のような裁判員制度を導入しても正常に機能できるのではないかという議論もあります。こういった議論に対して先生のお考えは如何でしょうか。
井上:歴史も違うし国民の考え方も全く違うのです。アメリカの陪審と言っても、元はイギリスにあります。要するに国王などの権力者が任命した裁判官が裁くと国民の権利を侵害しがちであるという歴史があったので、自分たち仲間の代表=陪審=によって裁かれたいという要求があり、それでこそ初めて人民の権利が守られるのだといった確信が国民全般にあることで制度が成り立っているのです。ですから陪審員になるのが負担だから制度を止めようなどとは言わないわけです。
高森:日本の様に7割、8割が嫌だよという数字では絶対に有り得ないわけですね。
井上:そうです。日本の場合は、国民的要請など全くなく作っているわけですから、今でも7、8割がやる気がないと言う状態ですから前提が全く違うのです。アメリカでやっているから日本でもという様な西洋かぶれ見たいな発想は駄目ですよ。
高森:アメリカの陪審員制度は、民衆・国民の側から切実な要求として突きつけられましたが、日本の場合は、お上から押し付けられている見たいな感じで全く逆の構図ですよね。国際比較から弁護するのも中々難しいと言うことで、まずは議論の枠組み自体が成り立たないのですね。

■根本的な一番の問題点

高森:先ほど裁判自体は出来るというお話でした。それがじゃあ法律に基づいたものになるのかという御指摘頂きましたけど、裁判員制度の根本的な一番重要な問題点をご紹介頂けますでしょうか。
井上:それは「法律に基づく裁判が出来なくなってしまう」に尽きると思います。
 先ほど事実認定についても法律の知識が無いと上手くいかないと述べました。しかし最高裁はそうは言ってなくて「裁判官が説明してくれるから大丈夫」と言ってるわけです。最高裁には失礼なのですが、ちょっと嘘臭いと…「嘘」なのです。何故かと言うと、「裁判員は職権を行使する際、独立している」と言う条文があるのです。これは裁判官の独立と同じで裁判員法にそういう条文があるのです。ですから裁判員は裁判官の説明を聞いて「あの説明は非常識だから俺は従わない」ということが通るわけです。裁判官の説明があるから大丈夫というのは一切無理です。
 事実認定の他にも、裁判員の仕事として判断することが2種類ありまして、一つは「法令の適用」でこれは法律の条文に当てはめると言う作業ですが、これも法律のホの字も知らない人にやらせるのは土台無理な話です。
 もう一つは有罪の場合に「刑の重さを決める」作業で、これも山勘で決めて良いのかと言えばそうではないわけです。刑事の勉強をすると「保護法益」という少し難しい言葉があって、例えば窃盗罪は人の財産を守る、殺人罪は人の命を守っている、放火の場合は「公共の危険」を守っているのです。火事で家が燃えて可哀想だから財産的損害を守っているという考えでは間違いなのです。そういう保護法益とは何かというのを法律の基礎でやるのですが、そういう知識が無いと判断を誤ってしまいます。
高森:基礎と言われましても基礎を殆ど知りませんよね。
井上:「事実認定」「法令の適用」「刑の重さを決める」のも法律の知識が沢山必要です。ですから法律の知識が無くても大丈夫と言うのは完全な間違いです。裁判官が説明してくれるから大丈夫と言うのも間違いです。裁判員は裁判官の家来ではありません。同じ一票を持っていると言うことを押さえてもらいたいです。
芳賀:説明して導いてもらったら裁判員になる必要が無いですよね。
井上:そうなんです。裁判官の言う通りにやるなら裁判員を入れる必要が無いです。そんなことは常識が分かると思うのです。
高森・芳賀:仰る通りですね(笑)
高森:裁判官の言う通りにやれば大丈夫だというのは裁判員制度そのものを否定する論理ですね。
井上:ちょっと裁判員を馬鹿にしてますよね。そのニュアンスがね。裁判官が言うとおりにやれば良いなどと小学校1年生の教室で先生が言ったら生徒がハーイと言うような、そんな制度ならやらない方が良いです。

■裁判員制度による分かり易さ

芳賀:あと、裁判員側からではなくて被告側から見た裁判員制度による変わり方として、裁判が分かり易くなるのだという説明を推進派がしていますが実際はどうなのでしょうか。
井上:裁判員が法廷で判断するのであれば分かり易くしなければ駄目です。ですが法廷の審理を分かり易くしようとするなら、今のやりかたでも充分できるわけです。専門家以外分からないような単語を使わないとか、あまり早口で喋らないとか改善する余地は一杯あるわけですよ。それは別に裁判員制度と連動しないです。
芳賀:では、難解な法律用語を使わなくても言葉をもう少し簡単にすれば人を変える必要は無いということですね。
井上:そうです。私が裁判官の現役の時、いつも検事に「被告人は耳で聞いただけで判断出来ないと意味が無いから理解できないような言葉は使わないでくれ」と言ってたのですが、ところが格調高くやりたいとか言って直してくれなかったのです。そういう現実があるのです。直そうと思えば、今の制度でも充分判り易くできます。
高森:そこでメリットとして今出されているのは、言うなれば「鶏頭を裂くに牛刀を以ってす」見たいな今の制度のままでも手直しで幾らでも出来ることをわざわざ裁判員制度と言う法律に基づく裁判と言う、裁判の根幹を犠牲にする様な制度を導入することで何とか前進させようということですよね。
井上:目的は良いとしても手段があまりにも無謀で、マイナス面について充分検討された暁に出来た制度ではないですね。

■被告から見た裁判員制度

高森:さっきの被告の立場に立ってという話ですが、被告として考えるとどんなに分かり易い裁判をして頂いても肝心の判決が適正に法律に準拠していなければ、よほど迷惑な話ですよね。
井上:やはり法律に基づいて裁かれるならハッキリ言って仕様がないわけです。罪を犯したわけですし。ですが法律と関係なく、とんでもない刑を科せられるとなれば話は別で、被告人の立場になれば大迷惑です。新聞情報などによれば、裁判員制度の問題点というと託児所があった方が良いとか、国民が裁判員になる場合だけの見方であって被告人に成り代わって考えると言うことは誰もしないわけです。だから非常に一方的な議論になってしまい、そのしわ寄せは全て被告人のところに行っている様に感じます。
高森:仰る通りですね。やりたくない一般国民をどうやって…甘言を弄して…裁判員に引き込むかと言うことに汲々として、例えば拘束は3日位で大丈夫なんだよと、判決が下りるんだよと、だからそんなに拘束されないと言う話ですが、判決を受ける側からすれば3日程度で判決を下されてしまうと逆に納得いかないのではと思います。
井上:納得いくいかないもそうなのですが、実際検察側は配下に警察組織を持っていますから電話一本で色々な証拠を集められますし、何しろ強制力があります。令状に基づいて強制的な捜査ができます。ですから十分な証拠を集めてから起訴するわけです。
 ところが弁護人の方は、起訴された後に例えば国選弁護人が付いてボチボチ記録を見て本人にあって、それから弁護活動を始めるわけですけど、アリバイの証拠を一つ集めるにも弁護人は民間人で強制力がないですから簡単に集まらないわけです。今弁護士やってますので、よくよく思うんですよ。そうなると証拠集めに時間が必要でそう簡単にササッと終えられたら結局時間短縮の効果は何かと言えば、弁護権が非常に危うくなるということです。
高森:圧倒的に検察有利になりますよね。組織と強制権力を持っている側が有利になると言うことですね。
井上:そういう意味でも、ちょっと公平な議論になってないのです。早ければ良いという一面もありますが、ある程度時間をかける必要もあるということです。
高森:今までは確かに一部、被害者の側が余りにも等閑(なおざり)にされて、加害者の側がむしろ手厚く扱われていたという不満も国民の中にあったと思うんですけど、それが一挙に逆の方向にぶれてしまいかねないですね。
井上:そうですね。たまたま裁判員制の施行に併せて被害者の意見陳述、被害者が求刑する見たいなことも出来るようになりまして被害者を保護すると、今まで本当に被害者は蚊帳の外で裁判の期日も知らせて貰えないと言う状態だったのを改めて被害者の保護を厚くするとしたのは良いことですが、バランスがちょっと今度は被告人の方がおかしくなりまして、そういう十分なアリバイの証拠集めさえ困難になってしまうと冤罪なども増えるのではないかと思います。

■被害者と裁判員

高森:法廷に被害者が来て切々と訴えるのを法律の素人である裁判員が聞いてしまうと、法律に基づくというよりは情緒・感情に流されて重い量刑に傾くということも起こりかねませんよね。
井上:感情に左右されるのはごく自然だと思います。やはり百聞は一見にしかずで、調書よりも目の前に被害者が現れて涙ながらに訴えれば人間心が動きます。ですから、今仰った通りになると思います。

■つぶせ!裁判員制度

高森:この制度まで1年を切りましたが何所まで準備が出来るのでしょう。メディアの報道でも、皆さん嫌でしょうけど受け入れましょうと言う話ですが本当に実施しても良いのかという感想を持ってしまいます。
井上:法律ができたのだから仕方ないという様なことでやるには、あまりにも重大です。裁判員制度は国家百年の計なのです。目先の都合や新聞情報などで左右されては駄目なのです。根本的に考え直すべきであって少なくともマスコミの皆さんは、いわれなき報道規制を黙って受けて入れていたら報道機関じゃないですよ。
高森:そうですね。国民の知る権利を守れと声高に主張し続けているはずですが、いきなり自主規制のガイドライン作りに着手している話を伺うと、本当に知る権利を守る気があるのかと問いたくなります。
芳賀:マスコミも国会議員の方もそうなのでしょうが、この裁判員制度に反対するとか問題点を上げるような雰囲気がタブー視されている気がするのですが先生どうでしょうか。
井上:あまり問題点を的確に書いた様な本も無かったですし資料も無かったのです。だから国会議員の皆さんも問題点をご存じない方が多いのではないでしょうか。今からでも遅くはありませんので勉強されて考え直した方が良いと思います。
高森:まずはマスコミ自身が勉強しなければなりませんね。
井上・芳賀:はい、その通りです(笑)
高森:そしてマスコミが自分たちが大変な制度に荷担し、国民の知る権利を犠牲にした上でそういう制度を成り立たせようとしており、国会議員も新しく今回の制度を廃止する制度をまとめて頂いて、今裁判所が改築したりしている様ですが、言うなれば全部無駄になるような法律制定に取りかかって頂かないと時間も無い事ですから、その為には先生の著書を読んで頂いて。
芳賀:新潮新書の定価680円ですので是非皆さん書店でお求め下さい。
高森:「あなたは死刑判決を下せますか?」というのが裁判員制度最大の隘路でしょうね。一般の市民が死刑判決を下す場面でどうなるのかと言うことで、今日は貴重なお話どうもありがとうございました。
井上・芳賀:ありがとうございました。
--- 引用終わり ---


本編も少し書き出します。(2008年6月18日本編[1:10:27-1:12:46])

--- 以下番組を書き出し引用 ---
最高裁判所が国民の意識調査を今年の1月から2月にかけて行っております。
ttp://www.saibanin.courts.go.jp/topics/08_04_01_isiki_tyousa.html

『「裁判員制度に関する意識調査」結果 (平成20年4月1日) 最高裁判所
    調査期間:平成20年1月7日~2月4日
    調査対象:全国1万500人(20歳以上)
・裁判員制度について知っている人は94.5パーセントに達する。
・「参加したい」「参加してもよい」という人のほか、「義務なら参加せざるを得ない」という人まで含めると、20代~60代の約65パーセントの人が参加意向を示している。
・裁判員制度について知っている事項の数が多いほど、裁判に参加する場合の心配や支障が低く、参加意向も高い。
・裁判員制度についての情報を得たのは、圧倒的にテレビ、新聞を通じてのことが多い。』


『20代~60代の約65パーセントの人が参加意向を示している。』と言うことなのですが、実は70歳代まで含めると65パーセントと言う数字が確保できない為に、70歳代以上を削っているのです。しかも「参加意向」という漠然とした表現ですが、その中身は次の様になっています。

『裁判員裁判への参加意向
・参加したい … 4.4%
・参加してもよい … 11.1%
・あまり参加したくないが義務なら参加せざるを得ない … 44.8%
・義務であっても参加したくない … 37.6%
・わからない … 2.0%
・無回答 … 0.1%』


実は「参加したい」と言う人は僅か4.4%しかいません。「参加してもよい」と両方足しても15.5%しか参加しても良いと言う人はいないのです。ところが最高裁判所は、「あまり参加したくないが義務なら参加せざるを得ない」などと言うとんでもない選択肢を出してきたのです。普通に考えてこんな選択はありえないでしょう。ここまでを全て足して約65%です。そして「義務であっても」などと選択し辛い書き方をしています。

普通ならこういう選択肢は「参加したい」「参加してもよい」「あまり参加したくない」「参加したくない」の様にするべきです。YESの数字を高くしようとする意向が見え見えですね。そして「65%」を一人歩きさせようという非常に姑息なことを最高裁判所がやって良いのでしょうか。
--- 引用終わり ---

約30分のお話を全て書き出したので長くなってしまいましたが、高森氏が大事なところを反復する形で発言されていますので、裁判員制度の問題点が分かりやすくまとまっている内容だと思います。これまであまり詳しく見ていませんでしたけど、これを期に少し調べて見ようと思いました。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://patriotism.asablo.jp/blog/2008/06/20/3586227/tb