平成19年1月元旦
一歩踏み出す会
幹事長 藤本 龍夫
盤石の基礎を固めよ!

 我が国は、世界一の債権大国となり、世界一の大金持ちの国となって久しい。
それゆえ、ただいま財務省が、貧乏人ごっこに、うつつをぬかしているが、それを庶民が真に受けているのも、無粋な話だと思う。

財務省の冗談として、日本は世界一の借金国だ、というのがある^^;

それじゃあ日本国債は格下げだ、とムーディーズが本気にすると、いやいや日本は世界一の債権大国で米国のような世界一の債務大国とは格が違うと答えて大笑いする。

これには私も苦笑せざるを得ない^^;

我が国の要職にある者が、まるで、小娘のように赤字国債の発行に気をもんでいるのを見ると微笑ましいが、国債は借金ではないということを明確に認識してもらいたいと思う。

国債は帳簿上は負債勘定に記入することになり、その意味では負債に違いないが、例えば日銀が500兆円分国債を買い入れた後、出先機関である日銀を財務省が吸収合併するところを想像すればよい。

この場合、債権債務が同一人格に帰属することになり、民法の混同の法理によって債権債務は消滅することからも分かるように、国債は借金ではなく、総需要を調節する手段に過ぎないことが理解できるだろう。

それに、政府が持っている金融資産が500兆円あり、実質的には300兆円しか借金がないのだから、それを大げさに考える必要はない。EUの借金の比率と同じくらいだ。

また一国の財産状況は国際収支統計に表れるが、財務省の国債収支統計によれば、2004年末のわが国の対外純資産は185兆7,970億円であり、283兆円の対外負債(2003年末)を抱える米国と比較すると雲泥の差であり、他の主要国と比較しても、1991年末以降13年連続で世界最大の純資産を保有している事が分かる。(日本銀行調査による)。

今年は、政治家がそのことを分かる年であって欲しいと思う。
そのことが分かれば、準備することが多くても財源が抱負なのだから取りかかることができる。

今後、10年以内に米国の覇権が失われて、日本がその覇権を受け継がなければならないと予測する。従って、その準備作業として、まず日本の歴史を深く考察することが、最初に必要だ。なぜなら、日本文明がこれから普及していくだろうが、そのときに間違った認識をしていては、世界の人々を繁栄と幸福に導くことが不可能になるからである。


@  日本の歴史は、およそ今から6000年前頃から始まっている。
縄文前期ころに、初代天皇クニトコタチがトコヨクニを建国した。その建国宣言には、少しでも皆が良くなるよう努力し、その恵みを皆と分かち合い、お互いにその恵みを感謝するという恵民立国思想が謳ってあった。 (ホツマツタエを読み解く、展望社 池田 満 著、参照)
http://www16.0038.net/~hotuma_ikeda-m/


その実践として、まず屋根の作り方を教え、栗の木の栽培方法を教えたという。
当時は穴に住んでいたらしいが屋根がなかった。そこで柱を交差させ、かずらで交差した部分を縛るという技法を教えた。

また当時は冬を越すため、栗の実を秋に採取して蓄えたようだが、量が少なく、多くの者が餓死していたようだ。 これを改善するため考案したのが栗の木の栽培方法であった。

このように、その生まれながらに持つ能力を自分のためだけでなく、他人のために、そして人類全体のために発揮して、それを喜びとし、幸福感を味わえる者をカミとよび、カミを信頼し、カミと共によりよい社会を目指し、共にその恩恵を喜ぶ者をタミと呼んだらしい。 これが我が国の歩んだ道であり、かむながらの道、すなわち神道である。


A  紀元前800年頃に、男性のアマテル神という体格の良い天皇がおられた。
このカミは、それまで陸稲を栽培していたが、それでも冬を越せないで餓死するタミを救おうと水田稲作を普及させた。
こうしてタミを繁栄による幸福実現へと導いたのも、つかの間、70万人にも及ぶ強盗、詐欺、脅迫集団が表れ、これを殲滅することになった。初代天皇クニトコタチの時代をうらやましく思った8代天皇アマテルは、これらのハタレがなぜ生まれたのかを研究し、その内面まで、これを深く分析している。

我が顔を鏡に映し出して、心を見つめ、強盗集団の心を見つめたわけだ。
その結果、我が身に繁栄に導いた自負心が慢心につながることがなかったか、色々と反省することが多かった。
それ故、次の天皇には鏡を受け継がせることになった。
これが三種の神器となったのは、以上の智慧を承継させるためである。
第8代天皇アマテルカミは、その存在を消されて雲の上のアマテラスおおみかみと歴史を書き替えられてしまったが、鏡は残った。

B  次に皇室が危機に陥ったのは蘇我氏が現れた頃だろうと思う。
蘇我氏の振る舞いは、我が国の人々とは異なり、皇室への思いが浅く、天皇を殺す事を躊躇しなかった。
蘇我氏は名前から判別すると初期のキリスト教徒又はユダヤ教徒であったと思われるが、仏教の外套を着ていたように思える。

物部氏が守ろうとしたのは、おそらく我が国の古代文字、つまり「ヲシテ文字」で書かれた歴史書「ホツマツタエ」であったと思われるが、これを焚書して、我が国の歴史を消し去ってしまったのが蘇我氏の一族であろうと思う。
 ところが、その焚書を免れた歴史的文書「ホツマツタエ」が、昭和41年に発見され、その解読が進むにつれて古代の我が国の歴史が明確になってきたのである。

古事記、日本書紀、ホツマツタエの三書を読み比べると、ホツマツタエが原本で、これをコピーしたのが古事記、日本書紀であることが明確である。
そして古事記を著した者が、我が国の歴史を捏造する意図があったことが明確となる。
例えば第八代天皇アマテルを消し去り、実在しない雲の上にある女性の天皇として描いている。当時から4000年も遡る皇室の歴史を消し去って、つい最近、始まった国として描く意図があったのである。

当時の世相は、はくすきのえの戦いで無惨な敗戦を喫し、多くの外国人が押し寄せた時代であった。丁度、大東亜戦争の敗戦後に我が国の歴史を書き替えようとする勢力が国内に蝟集し、悪辣な工作を巡らせていたのと同じ状況であった。

しかし、何とか、我が国の男系の男子の天皇が皇位を受け継ぐことができ、蘇我氏の血縁の者は皇后としてしか皇室に入れなかったのは幸いであった。
伊勢神宮の灯籠にダビデの星を刻印できたのは、蘇我氏の血族が天皇家に入ったことを示すと思われるが、皇位の簒奪はできなかったのである。
そして、キリスト教やユダヤ教の思想は、我が国の神道の力の前に崩れ去り、ただ、儀式や習俗として残るのみとなった。

今日、未だホツマツタエの解読が進まないため、神道の深遠な教えが明らかではないが、物部氏が保管していた古文書の内容が、キリスト教やユダヤ教よりも深く、強靱な内容を秘め、そして、あの広大で底知れない深みを持つ仏教をも変容させる内容を持っていたことは想像するに難くない。

すなわち神道が仏教を仏道に変え、ユダヤ教をユダヤ道に、キリスト教をキリスト道に変えたのである。神道の見えない力は、今も尚、我が国の人々の胸の中で燃え続け、あらゆる道の源となっているのである。柔道しかり武士道しかりである。

人類を幸福に導くには、日本の力が必要であり、その日本は、卑しい奴隷の女が治める国であるとか、当時の中国の勢力を畏れて、間に合わせに造った偽装国家であるなどと、噴飯ものの歴史にとらわれてはならないのは、もちろんのこと、中国人徐福の造った国であるとか、ユダヤの失われた10部族の造った国であるなどは笑止千万である。
さらに、付け加えるならば、未来においてユダヤ教、回教、キリスト教の融和をもたらせるのは、この6000年を超える神道の文明である日本人にしか、なしえないことも想起するべきだろう。

新年を迎えて、このような日本の歴史を揺るぎないものとして認識し、また、近年始まった外国のプロパガンダである戦争責任などという、まやかしの歴史認識を強要されることなく、先人の夢見た人種差別撤廃、植民地解放の理想の元に、明るく人類のためになる未来を実現しなければならないと思う。
以上